氷が溶けるなんて思わなかった
僕には尻尾がある。
家族やごく親しい間柄の人しか知らないが尻尾が生えている。
尾骨のあたりからぴょろんと豚の尻尾みたいに毛のないやつだ。
赤ん坊の頃はほとんど生えてなかったそうだが、小学校に入るくらいから目立ってきて、今や15センチほどもある。
ドラゴンボールの孫悟空みたいなふさふさしたやつならもう少し可愛いのに。
長時間座っていると尻尾が潰されて痛くなってくるので、30分と座っていられない。
学校でもオフィスでもすぐに席を立つので落ち着きのないやつだと思われていたと思う。
銭湯やプールでは意外とバレなかった。
そもそも皆んなでそういうところに行くのは避けていたので、一人でさっと入るようにしていたからだ。
とはいえ、尻尾が生えていて役に立つようなことなんて何もない。
こんな尻尾、切ってしまおうと何度思ったことか。
自分で切るなんて怖くてできないし、病院に行って騒ぎになるのも困る。
しかし事件は起きた。
風呂上がりに裸でフラフラしていたら、突風で勢いよく閉まったドアに尻尾が挟まれ千切れてしまったのだ。
切れた直後はさほど痛くなかった。
スパンときれいにいったからかもしれない。
しばらくすると激痛と共に眩暈がしてきた。
どうにもこうにも平衡が定まらない。
まっすぐ立っていられないのだ。
どうやら、尻尾がないとそうなってしまうらしい。
役目を持っていたのだ。
ぼくは、ぬか床用の白いタッパーに冷凍庫の氷を敷き詰め、そこにちぎれた尻尾を入れた。
フラッフラになりながら、お尻にバスタオルを巻きその上から無理やりズボンを履いて病院に向かうことにした。
血のついた両手でタッパーを抱え、足取りのおぼつかない僕を乗せてくれるタクシーは居なかった。
やっとの思いで着いた病院でも相手にしてもらえなかった。
何件の病院を周っただろう。
今度こそ、絶対に診てもらうんだ!
静止する受付係に食い下がった。
「これを見てください!」
タッパーを開けると、ぶよぶよにふやけた尻尾が浮かんでいた。
こりゃもう無理だな。
氷が溶けるなんて思わなかった。
ぷわんとぬか床の匂いがした。