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【小説】「卵十個パック、ふたつ分の魂」

タナカは「あー、カップヌードル食べようかな」と不必要にでかい声で発声し、「あー、ふたり分のお湯でもわかしてみようかな」とあたしのことをチラ見した。


「そんなんで機嫌なおすと思ってんのか、お前」って。


言いたくなるのをグッとこらえて口を結ぶと、鼻からため息だったものがもれた。あなたのしたことは、お湯を注ぐだけで許されるわけがないんですよ、おわかりでしょうか?と思いつつ、「勝手にしなよ」と短く応える。タナカは憎たらしい相手にしてはかわいい顔でニコニコしていた。顔はいいんだけどな、このひと。いや、だまされないぞ。あたしはルッキズムには屈しないです、ええ。


「ちょっと出かけてきます」
家を出て、深呼吸をする。


 近所のスーパーは、ちょうどお昼を食べてる時間のせいか、人が少なかった。買い物かごに好きなものを入れる。ごま油も、オイスターソースも、きれそうだったことを思い出しながら。で、その上に卵の10個パックを置いた。いつもより50円も安い。1人でこんなに食べられる自信はない。けど、安いしな。けど、食べらんないな。けど、安いしな。

 の、ループを3回繰り返してから、かごに入れた。


 帰り道、卵を使う料理について想いをめぐらす。


 細かく刻んだゆで卵ときゅうりのサンド、マッシュルームとチーズのオムレツ、オムライス、親子丼、大根おろしを添えただし巻き卵。あ、天津飯は好きじゃないからなし。

 空気が湿っぽい。雨でも降るんだろうかと思って、上を見上げると、淡い水色の空を雑に塗りたくるように、千切れた雲が浮かんでいた。なんでケンカしたのか、もう思い出したくもないし、正直どうでもいい。別にあたしの周りにタナカがいなくても幸せに暮らすことはできる。失うものを考えたけど、調味料や食材を使いきる能力ぐらいしか思いつかなかった。むしろ、ここ二、三日はなるべく見ないようにしているせいか、タナカがいない日のほうが視界が広く感じるくらいだ。深く息を吸って吐く。めいいっぱい膨らませた肺が萎む。


 家に着くと、すこしだけ包装の剥がされたカップ麺が二つ置いてあった。食べなかったんだろうか。それともスネていることのアピールとか、おなか減ったアピール?

 ふん、と思ってふすまを開けても誰もいなかった。さっきまで、お腹が空いていて、なんか美味いものでも作って見せつけるように食べてやろうかと思っていたのに、相手がいなくなると、途端にやる気が失せた。すこし食べたいって言ってくれて、そのあと、美味しいって言ってくれたら許してあげてもいいと思っていたのに、チャンスを失ったな。かわいそうなやつめ。

 手だけ洗って、冷蔵庫に買ったものを入れてからコートを脱いでコタツに入る。温い。眠い。


 目が覚めると夕方だった。


 美味しそうな匂いがする。机の上には、ラップのかけられたきゅうりと卵のサンドがあった。横には小さなオムライスと親子丼。オムライスの上の卵は、たぶん、チーズとマッシュルームのオムレツだ。挽きたての黒胡椒の匂いがする。


「あのさ、おれも卵買っちゃった。だって安いんだもん」

タナカはだし巻き卵を置きながら言った。大根おろしが添えてある。

「食べてもらえませんか?命は大事だし。」

「なんの話?」

「卵の話。卵一個に命は一つ。十個パックなら十個の魂だしさ、ふたパックなら二十個の魂。俺、命は大事にするから」

タナカは目をうるうるさせて、「一緒に食べてくれませんか」って言った。

「命のために」

 あたしは、何も言わずにタナカを見る。まだ許す気はさらさらない。でも、命は大事だ。仲直りしたい。許したくない。仲直りしたい。でも許したくない。

静かな、箸の音しか聞こえなさそうな本当に静かな夜だった。

あたしのおなかが鳴った。

20220315

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