【あなたのなくしたものをさがします】第3話〜店主視点
「キキ!」
「へいへい。ちょいと待っとくれよ、クロさん」
カウンターの奥の部屋。お客さんの来る店の裏にある休憩室で、おいらは白リスのクロさんにせっつかれる。
クロさんが最近ハマってる米菓を所望してんだが、相変わらずよく食うよな。片手サイズの缶箱から取り出してやる。
「はいよ、クロさん。近所のマダムが持ってきてくれた高級煎餅なんだ。味わって……って、ああ!?」
大人の俺にゃ一口サイズの、お上品な個包装を二つ取って手渡そうとすりゃ、むしろ缶箱の方を奪ってどっか行っちまいやがった!? 飢えた鼠かよ!?
「まあ、仕方ねえか」
ぼやきつつ、せっかくだからって手にした一つの封を開けようとした。その時店の方から、ふと人の気配を感じる。
「やれやれ、最近ちっとばかし多いんじゃねえか? こりゃ連中に頑張ってもらわねえと、仕事が無駄に増えちまうな」
ここの店の売りは暇な事なんだがねえ。米菓を置いて店へ出りゃ、やっぱりいなすったか。
半ば吐きかけたため息を、グッと堪えたおいらってば、偉くないかい? 窓に一人映るおいらは、明らかに面倒臭そうな顔だ。
一応、カウンターに立つ時にゃ、少しばかり引き締めたんだが、このお嬢さんに気づかれちまったのかね? 滅茶苦茶、小うるさく噛みつかれた。
天気は良いんだが、窓の外は木枯らしが侘しい木々の木の葉を揺らしてる。
更に店へ襲来した半袖姿のお嬢さんのせいで、部屋が薄ら寒い。そもそも、お嬢さんの見た目からして寒いんだよな。半袖だぜ?
「ある人の心を探して欲しいの」
奥の休憩室で暖を取りてえな、なんて心ここにあらずで聞き流してりゃ、まさかの他人の心を探せってか。
もっと探さなきゃいけない物があるだろうが……。まあそれに気づいてりゃ、こんな店に現れるはずもねえか。
お嬢さんみたいな年季の入ったタイプにゃ、ままある感情の爆発をいなしつつ、話を進めていく。やっぱり肝心な物を色々忘れてら。こりゃ、ちょいと難儀だねえ。
それに……。
「そうなる前、泊まりに来た親友、いいえ、あの女が怪しいお呪いを私に掛けたの! きっとそれよ! そのせいで彼は私への愛情を失ったんだわ! だから夫の心を探して!」
お嬢さんの感情のアップダウンが激しいのは、まあこん仕事を生業にしてんだ。慣れっこさ。
だけど呪いってのが、ちょいと引っかかった。お嬢さんがしてたペンダントが、お嬢さんを守る良い働きしてたから、今のところ問題ねえとは思うんだが……。
一応、今後出てくる予定のお嬢さんの後輩の為に、成果報酬はペンダントを指定したけどな。
さてさて前金にかこつけて、忘れ物の為にお嬢さんにゃ働いてもらいますか。墓掃除で丸く収まってくれんなら、それが一番だが……無理だろうな。
握手って言って特別な力をこめてやったお嬢さんの手は、ひんやりしてっけど小さくて可愛らしいかった。もちろん、やましい感情なんかねえよ。単なる感想だ。
お嬢さんみたいな者専用の掃除道具を取りに休憩室に戻りゃ、クロさんが待ち構えてた。
「キキ!」
「なんだい、クロさん。ついてってくれんのかい?」
「キキ!」
「まあ確かに、大分危うい感じのお嬢さんだからねえ」
「キキ!」
「そんじゃあ、よろしくお願いしますよ、先輩」
「キキキ!」
最後のは任せろって事……っぽいよな?
ぶっちゃけクロさんのキキキキ語は、おいらにゃさっぱり理解できねえんだよ。いっつも適当。勘てやつだが、はたから聞いてっと会話が成立したように見えるらしい。不思議さね。
そうしてお嬢さんはクロさんと行っちまった。
一応は、うら若きお嬢さんだ。ムッツリ発言はまずかったかね? 随分怒らしちまったみてえだが……ま、いいか。
「さてさて、案内のプロフェッショナルなクロさんに任せときゃ安心だ。おいらはクロさんがいない内に珈琲でも淹れますか。クロさん珈琲の匂いが嫌いだから、気を使うんだよなぁ」
とぼやきつつ、奥の休憩室に置きっぱなしにしてた個包装の煎餅を……。
「ありゃ!? ねえじゃねえか……クロさん……」
結局全部美味しく食っちまってやがったか。
「食い意地張ったリスだ」
仕方ねえ。あんまり甘いのは得意じゃねえんだが、近所のマダムがくれた焼き菓子でも食うか。
珈琲にゃ、やっぱお供は欲しいだろう?
クロさんのは、もちろん残してやらねえよ。貰ったとこは見られてねえんだ。全部食っときゃバレねえだろ。
しっかし後日、それがどうしてかバレちまうんだよなあ。部屋の換気だってちゃんとしといたんだぜ?
でもって怒ったクロさんに俺の頭を噛じられる羽目になるんだが、それはまた別の話さ。
…………あーあ、世知辛い世の中だ。