【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第9話〜暁嵐side
「何なのだ……あれは。確かまだ十四歳と聞き及んでいたが……」
この帝国の皇帝である俺、王暁嵐は闇夜に一人取り残され、呆然と呟く。
今、小娘から聞かされた話全てに、つっこみどころしかない。途方に暮れそうだ。
まだ年端もいかぬ小娘が、個人資産から持参金? ただの伯家の令嬢ではなかったのか? 確か小娘の父親が治める領の収入は、ここ十年、随分右肩上がりだと記憶しているが……。
いや、それよりも女官がいない? 案内したのは宮女? それも破落戸のようだったと?
そもそも宮女は海向こうの隣国で言うところの、ただの侍女。帝国じゃ、高貴妃に次いで身分の高い貴妃と、言葉を直接交わす立場にすらないんだが?
その上、下働き専用で平民の下女よりも、更に下。むしろ破落戸並みに分を弁えないって、そんな宮女が働いてたのか!?
下級宮女でも生家は子爵位以上、礼節を学んだ者しか採用してないって聞いてたぞ!?
小娘の生家は後宮の貴妃の中では一番爵位が低い。それでも貴妃として入宮したんだろう?
わざわざ小娘を貴妃に据えるからってので、あの腹黒い親友が丞相の特権使っただろう? せっかく高貴妃と貴妃二人を合わせた三夫人体制に減らしてあったのに、四夫人体制に戻したんじゃなかったか?
幼馴染でもある腹黒の、やたら強い推薦だったし、裏があるのは間違いない。だが俺は親友を信用しているからこそ、許可はした。
夜の渡りは絶対しないと宣言してあったがな。
大体、小娘が先に送った調度品やら服を紛失? 貴妃の私物が紛失なんぞ、本来ならあって良いはずがない。それはもう盗難扱いで罰すべき案件だ。
しかもことあるごとにあの貴妃、後宮の主の不始末だと暗にほのめかしおって!
後宮の主は俺だけじゃない。皇妃である俺の最愛の妻もそうだ。絶対解っていて言いおっただろう!
だがどれだせ小娘に怒りが沸いても、それなりの立場だ。証拠を揃えた上で物申すなら、下手な責めもできん。話が本当ならば、俺達夫婦の責任となる。
そもそも丞相と契約? あの腹黒、何を企んでおる。まさかの共謀か? 俺に勝機が見んだろうが。
表向きだけならともかく、裏向きって何だ? もうそれ、令嬢の域を越えて闇組織でも運営……いや、さすがにないか。
小娘の父親なら知っておる。のほほんとした性格だ。あの父親の元で十四年生きただけの令嬢では無理だ。
…………無理、だよな?
というかあの小娘。見間違いでなければ、すぐそこの朽ちかけた物入れに入ったぞ?
まさかとは思うが、昔そこで首を釣ったと噂される下女の幽霊ではなかろうな? 足も影もついていたのは、真っ先に確認したが。
……ついてた、よな?
実在の生身の人間だったとしても、ヤバイのが後宮に入ってきたんじゃなかろうか……。
そもそも首の皮とはいえ、髪ごと斬ってしまった。小娘とはいえ下に落ちた銀髪が、俺の中の罪悪感を刺激している。小娘は全然動じてなかったけど、俺の方がびびったわ。
動くなよ。何を考えておる。危ないだろう。あのまま剣を引かなかったら、普通に首が切れて、血を噴いたかもしれないだろう。
「むしろ切れるように足を進めてきたような……」
まさかの自殺志願者か?
『つまらぬ事で捨てる命は私も含めて誰一人、持ち合わせておらぬは世の道理でございましょう?』
『怯んで剣を離すくらいなら、初めからちゃちな脅しなどなさいませぬよう』
ふむ、死ぬ気は全く無さそうだ。
という事は……まさか小娘は自分の無礼な言動の追求を逃れる為か?
既に俺が直接的に罰を与えた、もしくは先に暴力を振るったとすれば、年齢的にも相殺される。寧ろ俺が非難される状況にしかならない。
考え過ぎか? どっちだよ?
ため息を吐き、なんとはなしに月を仰ぎ見る。
強く纏った覇気に物ともせず、最後に見せたあの風格。
月明かりに照らされて妖艶に微笑む様は、まさに夜の主のようだった。着ていた服が黒衣だったからかもしれないが。堂々としながら、それでいて色香を醸し出し……いや、そこはまあいい。
我に返ったのは、小娘の空気にのまれて呆然と立ち尽くす俺を、振り返りもせずに立ち去った後。
それにしてもあの微笑み……どこかで見た……どこだったか……。駄目だ、思い出せない。
丞相から小娘の入宮話を告げられた時は、国中に轟く皇帝の数打ち妃が一人増えるだけだと考えた。またいつものように、どうとでもなる令嬢だとしか思わなかった己を、今は少しばかり悔いている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?