書籍化・WEB版【稀代の悪女、三度目の人生で……】(一章)55〜ミハイルside

「リュンヌォンブル商会にDクラスが関わったのは良かったのかもしれないな」

 幸運のシュシュの売上げは教会に、普通のシュシュの売上げは各塩害地域の孤児院に寄付した。それも学園の名を出して。

 だから一年生の学園祭で残った補助金を二年生になった時の補助金に当初の半額ではなく、全額を上乗せする事が許可された理由の一つだろう。

 これまでのDクラスには見られなかった行動だが、やり手の商会が関わった事で、それこそ戦わずして富を得られる方法を学んだのかもしれない。

「どういう事だ?」

 この王子はそれが気に入らなかったみたいだが。

 妹のクラスに上乗するはずの補助金を二年生の学年全体で分配しようとして、生徒会長と学園長に来期の予算案を強制的に修正された。

 俺も知らなかったが、生徒会長と学園長が事前に書類で了承を伝えているとまでは王子も知らなかったらしい。書類で言質を取っておくとか、今思えば商売人らしいぬかりの無さだ。

 修正してくれてむしろ良かった。予算を公表してからでは大問題になっていた。

 なのにその後、何故か入学もしていない義妹と各学年の四公の令息令嬢を引き連れ、妹を呼び出して憂さ晴らしをしようとしたと聞いた時には焦った。

 うちの妹に何してくれていると怒りも沸いた。

 結局は妹に庭の真ん中で爆笑されるという珍事となった顛末には正直呆れたが。

 その光景を見ていた学生達に話を聞いた俺は、帰宅直後に何故か大絶叫して浴室へ直行した義妹が落ち着くのを待って、厳重注意した。

 義妹は王子が姉に会いに行こうと言うからついて行っただけだと主張していた。その時はそれを見ていた他の学生達との証言の食い違いは指摘せず、一旦胸に留めるのみとした。

「お陰で例年のDクラスでは考えられない売上げが出ただろう」

 全く違う受け答えをしておく。流石にこの本心は伝えるわけにはいかない。

「確かに。しかし月影の件が無くともあの学園祭で販売されたシュシュ全てにあれ程の付加価値がつくとは誰も予想していなかっただろうな」

 ふぅ、と憂うような顔になったのは異母妹の件を思い出したからだろうか。

 数ヶ月前、王妃の娘であり異母妹の、まだ幼い王女の茶会があった。

 そこで主役の王女が不自然なまでに何度もカップを手から滑り落としたが、そのお茶には致死量の毒が混入していた。

もし何度も手を滑らせていなければ、今頃は亡くなっていただろう。

 その際に王女は幸運のシュシュを身に着けていたらしいが、出席していた聖獣の祝福を受けたある幼い四公の公女がそのシュシュを指してある発言をした。

『その髪飾りがあったから聖獣の眷族が助けたのよ。王女様、良かったわね』

 この一言であの学園祭で売られた幸運のシュシュはもちろん、ついでとばかりに普通のシュシュもその価値は跳ね上がった。

 幸運のシュシュはともかく、普通のシュシュはある闇ルートで早々に高額取り引きされた形跡があったらしい。

 もちろん王女の毒殺未遂事件だから箝口令は敷かれたが、その場にいたのはまだ未熟で幼い子供ばかりだ。結局犯人も見つからず、少しずつこの話は広まっている。

 この王子が愁い顔なのは、半分だけとはいえ血の繋がった妹を心配しているからだろう。同母、異母に限らず兄弟仲は良くも悪くもない。だが特に年の離れた王族唯一の末の王女だけは、王子達が皆可愛いがっている節が見受けられる。

 義妹が妹の部屋から出てくるのを見かけたのもこの事件からしばらくしてだった。

 とにかくこの一件でシュシュの認知度と月影の知名度は急上昇した。

「月影の事はまあ良いとして、学園用の服は公爵家で購入したからじゃないのか?」
「そう思っていたが、この報告書を読む限り、恐らく違う。邸では父上や私の承知していない事が起こっている」

 王子の言葉に物思いから覚醒する。

 邸内での帳簿は今年に入って確認した。だが妹に充てられた金額や使用金額がこの報告書と釣り合っていない。流石にそこまではこの王子に教えられないが。

「この報告書の内容はあり得ない。だが王家の影が虚偽申告をする方が余程非現実的だ。母や義妹のシエナ、それから邸の使用人達に問題があると言わざるをえない」

 この報告書に目を通して、義妹のシエナへの疑惑が確信へと変わってしまった。

 母に続いて義妹まで。それに正直どちらも嫌がらせの域は軽く超えている。一体二人は妹に何の恨みがあるのだろうか。

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