【かくしおに】第9話

「とにかくママが当主になってすぐ、神継名義の事業や資産はできる限り売却したって」
「ねえ、もしかして売却したお金は……」
「私達の難病治療薬の開発で、全部消えたって」
「……蓮歌さん、予知してたりして」
「……否定できない。夢で身につけてたあの飾り守りもママが作ってくれた物よ。かくしおにのルールを夢に見て思い出せたのも、全部ママが守ってくれたんだって、私は確信してるから」
「だよね。えっと、それで何で名字を変えれたの? 日本の法律だと名字って、なかなか変えられないんじゃなかった?」
「ああ、神継の資産をほぼゼロにした後、ママの父親の奥さん。ママにとっては継母になるのかな? ママの戸籍はややこしいんだけど、継母がママを包丁で刺したの」
「ホント、最低。でもまあ、裕福に過ごしてたのに資産を血の繋がらない子供に売り払われたら……」
「ママは法律で認められてる遺留分だけは、先に継母と伯父さんに渡してたの。神継はママに社会的に抹殺されても、それなりに資産はあったわ。慎ましく暮せば、働かなくてもやっていけるくらいあったはずよ」
「もう! ホント神継の人間、最低じゃない!?」
「うん、私も最低だと思う。ただ、その殺害未遂事件があったから、ママは法律的に神継の名字を手放して、曾お祖父ちゃんの方の鬼逆を名字にできたんだよ」
「なるほどね。ていうかシーカの伯父さんも伯父さんでド屑じゃない!? 異母妹の蓮歌さんが死んだからって、姪のシーカを呪ってカクシオニをしたって事じゃん!」
「うん、ヨハンは完全に私の巻きこみ事故だと思う。あの時、ついてきてもらわずに、一人で会いに行けば良かった……」

 そう、かくしおにで廃墟に呼ばれる数ヶ月前。私は仕事で日本に来ていたヨハンと一緒に、母を殺したかもしれない母の異母兄に会いに行った。

 未だに捕まらない犯人を、どうしても見つけたかった。だから母の戸籍や、母との記憶を頼りに当時の新聞を調べて……。

 父と天馬はこれまで、私の犯人探しを止めた事はない。いつも諦観したような目で、私の進捗報告を聞いてくれた。

 けど、神継家の最後の一人である伯父に会いに行ったと知られた時は、反応が違った。

 私も何となくなんだけど、神継家に関わるのだけは二人に止められるような気がしたから、あえて報告してなかったんだけど……。

「ちょっ、シーカ!? シーカは悪くないでしょ!?」

 私が申し訳なげな顔をして黙りこんだからか、画面越しのヨハンが焦ってる。

 そう、バラしたのはヨハン。ヨハンが天馬に、天馬から父に話が伝わった。

 温厚で滅多な事では怒らない父が、珍しく「何してるんだ!」て語気も荒く叱ったのよね。

 今にして思えば、父は既に実家と縁を切っているとはいえ、元々は神継家の分家の出。これは戸籍謄本を漁っていた時に気づいたわ。

 母と父が会話していた時の薄っすらとした記憶から、母を火事から救うまでは伯父とも友人関係だったんじゃないかな。

 きっと神継家の人間が何かしらの呪いに携わる家系なのも、伯父の気色悪い粘着質な性格も、父は知ってたんだと思う。

「シーカ! ねえ、聞いてる!?」
「ふふふ、そうね、悪いのは伯父さんよね」

 もの凄く焦ってフォローしようとしているヨハンに、思わず苦笑する。

「そうだよ! でももう、蓮歌さんを殺した犯人探しで危ない人に関わるのは……」
「安心して。もうしないわ」

 嘘よ。これからも犯人を探し続けるわ。

 ただ、もう大切な誰かを危険に曝す事はしないでおこうと固く誓う。

「え、ホント!?」
「うん。ママにも止められたから」
「蓮歌さんが? え、いつ!?」
「秘密!」
「えー……」

 そう言って不服そうなヨハンを無視して話を締め括る。

 最後にした母との僅かな時間は、何となく独り占めしたかった。

 代わりに、巻きこんだお詫びも兼ねて、ヨハンからお願いされた母直伝の組紐で作った飾りを贈っておいたわ。私は左利きだから逆編みになったけど、そんな事ヨハンにはわからないはず。

 ヨハンは中身が乙女だから、夢で私が腰に着けてた飾りに興味があったのね。とっても喜んだお礼のメールがその後来た。

 でも本当のところは、あの廃墟のかくれんぼ悪夢が怖かったんじゃないかな。

 ただ、私のお守りを作ってくれた母と違って、私自身はあの鬼以外、長い闘病中の病院ですら幽霊なんて見たこと一度もない。きっとレイ感なんだけど……ま、いっか。

  ※※ヨハンとのリモート数日後※※

「○○県○○市の高等学校跡地で、男性の腐乱死体が発見されました。遺体は死後数日経っており、激しく損傷していることから警察は事件事故の両方……」


  ※※更にそれから数日後※※

「先日発見された遺体は、都内在住の神継俊哉かみつぐとしやさんと判明……」

 母の異母兄の名前は俊哉。

 あの悪夢の数ヶ月前。母の死について関わりを調べに、ヨハンと会いに行った人。

 母とそっくりな顔立ちの、私の顔を見るなり憎悪に歪んだ睨みを利かせて怒鳴り散らして追い返した。

 真っ白な髪の、くたびれた雰囲気の男。

 母を誰よりも憎悪し、廃墟に招かれてすぐの時。母のお守りがホワリと温かくなるまで、中学生くらいの男の子に見えてた十三人目。

『いい、詩香。かくしおにはね、まん丸お月様になる満月の夜、十二人の魂を人食い鬼に餌として捧げるんだ。その為に、あらかじめ十二人にマーキングする』

 私とヨハンは伯父に追い返されたあの日。マーキングされたのかもしれない。

――完――

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