【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第20話
「ありがとう存じます。丞相、お聞きになりましたか。正式に今、後宮の主がお一人より、契約不履行の旨を頂きましたよ」
皇貴妃に素直にお礼を伝えてから、丞相へとにこやかに話しかけます。
「ええ。違約金はそこの破落戸の家紋より支払わせましょう」
「何を?!」
まあ、こちらこそ何を? 皇貴妃は一体、何に驚いたのでしょう?
陛下は既におわかりのご様子。ならば無言で覇気を漏らし、剣呑な目を私に向けずとも良いのに。
昨夜の陛下は、契約書の存在を知らぬ存ぜぬでした。しかし書類にはしっかりと陛下の署名と印が押されてありましたよ。きっと一夜明け、思い出されたのでしょう。
皇貴妃は何の事かまで知らないまでも、陛下の様子から察した模様。小さなため息を吐きました。
丞相には本来、後宮の人材管理や資金管理の権限はありません。ですが……まあ上手くやったのでしょうね。
腹黒い殿方はこういう時、素敵に見えるものです。ほくそ笑んだ姿も麗しいですよ。
破落戸はとても憎々しげに私を見やりますが、お門違いでは? しかし……。
「その者だけと?」
「「「?!」」」
破落戸はもちろん、後宮の主二人の後ろに控えた方々もざわつき始めました。
責任者のお二人は……何とも冷たい視線を私に向けましたね。静観するようですが。
「その者の他に、本来ディーシャ貴妃につくはずだった者達がいるでしょう。全員からそれぞれ一年分の俸禄を貴女個人に支払わせ、後宮より追放処分とします」
「ご随意に」
「お、あんたのせいで!」
今、お前と言いかけましたか? 言い直したところで、どちらも同じようなものでは? そもそも怒りの矛先が、かなり見当違いです。
「貴妃に無礼を働き、職務放棄を先にしたのは貴女方。そして処分の判断は、この後宮の責任者である陛下と皇貴妃がされるのでは? 私は貴女の雇用や使用に関する証文は、確認しておりません。つまり貴女の帰属先は、私ではないという事です」
話を区切り、帰属先と思しき陛下と皇貴妃を見やります。
「間違っておりましたか?」
「「……」」
夫婦そろって無言ですね。この帝国は法治国家の体を取っております。なので雇用や使用、資産の譲渡には証文等の書類が必ず必要となります。
そちらの責任者二人は、わかっているから黙っていたのでしょうか? それとも証文云々を慣例によってすっ飛ばして過ごされてきたのでしょうか?
どちらでも私には関係ございませんが。
「この悪妃がっ」
逆上したのか破落戸が私へと突進し、手を振り上げます。
思わず袖で顔ではなく、口元を隠します。だって、うっかり笑みを溢してしまいましたもの。稼ぎ時です!!
……と、思いましたのに……衝撃は何も来ず……。
「何をする?」
「あ…ぁ……ぉ、お許し……」
それもそのはず。陛下が振り上げた破落戸の腕を掴んでおります。
「まあ、残念ですこと」
「稼ぎ時を逃しましたね」
「全くです」
私と丞相は更なる契約不履行の不発と冷静に判断すれば、陛下と目が合いました。陛下は破落戸の対応で、私の正面にいらしてましたからね。
「そなたら……」
「左様ですね。損失を補填する良き機会でしたのに。ですがこの調子ならばいずれ取り返せるかもしれませんね」
「貴妃……顔を傷つけられそうになったのよ?」
呆れた様子の陛下とは違い、皇貴妃は眉を顰めておられます。その表情は私を純粋に心配してのお顔なのか、それとも止めた陛下に思うところをお持ちになったのか。
まあそれも、どちらでも私には関係ございません。
「左様ですね。ですが丞相が以前仰られたように、この顔は後宮においては並以下の可愛らしさ。どうぞお気になさらず。それよりも私にとって優先すべきは、損失補填ですから」
「何と……」
皇貴妃の、顔が命とする女子の常識を否定され、鼻白んだ様子を見た陛下。睨みを更に利かせるのが鬱陶し……いえ、話題を変えましょう。
「それで、この離宮の敷地は後宮の物。しかしそれ以外の物は、私が貴妃である間は私の物。この場でどのような利益があろうと、敷地をどう使おうと全ては私に帰属する。で、よろしいですか?」
「ええ。廃宮の扱いを取りやめ、復宮しても、資産価値は一切無しとします。故に、これを壊すも修繕するも、全てディーシャ貴妃が個人資産でされるならば、ご随意に。ただし貴妃でなくなった場合には、この土地の建築物は後宮へと帰属されますので、ご注意を」
「ふふふ、損失ばかりですね」
「ふん、ならば建てねばよかろう」
丞相の説明に微笑んで不服を申し上げれば、陛下が横やりを入れてきました。
「それもようございますね」
もちろん微笑んで肯定します。なのに何故か、お気に召さないご様子……解せません。
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