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【連載小説】敵 (雪舞心計14)ハラン×トアハ×ハク


南都紅宮 

 御簾を隔てて、トアハは南都紅宮の群臣たちの応酬を見ながら思った。

 まるで巫蠱のようだ、と。

 一つの壺に集めた毒虫たちは互いを喰い合い、弱肉強食の摂理のなか、一番強いものが生き残る。

 先代宮主が亡くなり、求心力を失った南都紅宮では、有力豪族や貴族が跋扈していた。

 トアハは終わらない群臣たちの言い争いに背を向け、千夏宮まで引き返す。

 千夏宮では、ハランが優雅にハクの琵琶に耳を傾けていた。

 トアハは木簡に書き記しておいた宮中に蔓延る有力氏族の名前を列挙していった。

「宮中での派閥は大きく三つ。甥御のタサラ公子の父君である駙馬の一族と、宮主さまのご内室さまの一族が互いに勢力を争っています」

「ん?」

 ハランは変な顔をした。ハクはいとこの女宮主を見た。

「ハランにお嫁さんがいるのですか」

 お嫁さん、というなんとも可愛らしい響きにどこか殺伐としていた部屋の空気が和む。

 まぁ、なんというか。そういう設定なんですよ、とトアハはにごす。宮主は男性と周囲に思わせておいた方が都合が良い。
 ソムン氏族出身の公子は賢い少年だった。
 すぐに合点がいったようである。
 架空の男性宮主は本物の宮主を隠す影武者だ。

(側室は、カモフラージュってことか)

「それで言ったら私も側室だが」
「ミシルの一族です」

 ハランは側室選抜の会場だった冠衣坊にいた娘を思い出す。
 ハランは無視していたが、娘の背後にいた親族たちの目のギラつき具合の方がすごかった。

 先代宮主が亡くなり、ハランの姉を嫁にもらっていた駙馬の一族は我が世の春だと思っていたのに、宮主に擁立されたのは、彼の妻でも子でもなかった。

 ハランに差し向けられた刺客はおおかたこの男かその妻のさしがねだろうとトアハは思う。

 彼と彼の妻は、本物の宮主が誰なのかを知る数少ない者たちだからだ。

 彼らに代わって台頭したのが、娘を側室に入内させたミシルの一族だ。

「それで、三つ目の派閥というのは?」
「南都盟主か」

 ハランの反応に、ええ、とトアハはうなづいた。

 ナムグン氏の門弟たちを束ねているのはトアハだったが、南都盟主はナムグン氏門弟を含めた南都の軍部を掌握していた。

「ミシルの一族と駙馬の一族を互いに争うように仕向け、自らの影響力を強めています」

 ハランがつけ加える。

「宮主のすげ替えもいとわないほどに」
「ええ」
「もしかして、ハランの父上を亡き者にしたのは」

 ハクにトアハがうなづいた。

「そうです。あの方は野心家だ。宮主だろうが貴族だろうが、傀儡にして駒のように扱おうとする。しかし盟主は直接手を下しません。証拠がないんです。だが、似ていませんか、この状況」

 トアハはハクを見ていた。
 ハクが息をするのを忘れる。
 トアハの言いたいことがわかったからだ。

 北海氷宮主は、ソル氏族とソムン氏族を争わせ、滅門に追い込み、影響力を強めた。北海氷宮主は手を直接下していない。ソル氏族を使い、挙句見放した。

 ハランの目が暗く底光りする。

「南都盟主と北海氷宮主がつながっている?」

「わかりません。が、直接、手を下さず、証拠を残さず、相手を意のままに操り、殺せるもの、もしくは人、組織...色々考えられますが、そういったものを両者は持っているのかもしれない」

 ハクは言葉を継ぐ時、唇が震えた。

「ずっと不思議だったんだ。ソル氏族がそれほど強いなら、どうして北の宮主さまの意のままになったのだろう、と」

 まるで北海氷宮主の手のひらの上で踊るようにソル氏族はソムン氏を襲い、ソムン氏もまたソル氏族を蹴散らした。

 カジンもハランもハクの生存を公表していない。世間ではソムン氏の子息は未だ行方不明のままだ。
 ハクははっとしてハランを見た。

 証拠を残さず、相手を意のままに操り、殺せるもの。そんなものが南都盟主の手のなかにあって、先代宮主が暗殺されたなら、ハランの身だって危ない。

 しかし、ハランの父である先代宮主の死の真相が、北の二大氏族の悲劇の秘密を暴き、ハランとハクが生き残る、突破口になるかもしれない。

 南都盟主を討ちとることができれば、三つ巴の宮内の主導権を勝ち取ることができる。

 さらに、北の宮主とのつながりを暴ければ北の政局もひっくり返る。

 ハランは天井を仰いだ。

「四方、敵ばかりだ」

「…..」

 駙馬の一族は、ハランに毒と刺客を差し向け、彼女の代わりに下女のウルが殺された。
 ミシルの一族も、ハランが側室として立ったことで、これからどう出るかわからない。
 そして、北の脅威、北海氷宮。

 ハクが琵琶の弦に爪をひっかけながら口を開く。

「あの、盟主さまが次に動くとしたら、どう出るんでしょうか」

「脱北者やら、人さらいやら、北からの流れ者も増えていますからね。北に南都を好き勝手されるのは、南都盟主にとって都合が悪い。下手をしたら、戦になるかも」

 やってられない、とハランは吐き捨てる。

「戦で功を立てても、手柄は師兄たちではなく盟主のものになってしまう。
 だが北も、こちらが間者を泳がせているうちは、向こうも仕掛けてこないはずだ」

「戦、ですか⁉︎それに間者?」

 絶句するハクのとなりで、トアハはハランが参内する前に脅した間者を思い出す。ハランが南都に入る前には北は南の宮主暗殺の情報を掴んでいたというのだから、間者はまだ別にいるはずだった。

(せめて、間者が誰なのか突きとめることができれば)

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