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妻と、冬銀河(4410文字)
夜中に目が覚めた。
隣を見ると、妻がいない。
西の窓の方向からガサゴソ音がして、
「どしたの?」
と尋ねてみると、
「月」
と妻が応えた。
時計を確かめると1時半。
起きて、妻のそばに行ってみる。
「ほら」
言われて眺めると、半分くらいに欠けた月――。
高度が低くて黄色く見える。
妻は、お気に入りの単眼鏡を手にしていた。
小さな望遠鏡みたいに見えるかわいいやつ。
「う、――さむっ!」
タンクトップで寝ていた僕は震えた。
「私のこれ、貸したげるよ。私、下にたくさん着てるから」
と言って妻は、着ていたパーカーを脱いで手渡してくれた。
着てみて驚いた。
「なにこれ、めっちゃあったかじゃん!」
「ペンドルトンのボアパーカーだよ。去年の冬に買ったやつ」
「いいなあ。僕のはないの?」
「ないよ」
――目がすっかり覚めてしまったので、一緒に月を眺めることにした。
ごつい箱の中から、ミザールの大型双眼鏡を引っ張り出した。
![](https://assets.st-note.com/img/1733896243-kWo0UyFhtYLClVsOGT3BSDe5.jpg?width=1200)
口径80ミリ、倍率11倍。ズシリと重たい。
三脚を開いて、セットして、双つの眼を月に向けた。
「んー。いいね。クレーターがしんと静まりかえってる」
![](https://assets.st-note.com/img/1733898307-PnWwzIOTN0EtGd1iCDAgch58.jpg?width=1200)
「いいね、いいね♪」
妻も手持ちの単眼で、同じ月を見ていた。
![](https://assets.st-note.com/img/1733892479-DxRc7sSiIZuKW1MPXUpYamgz.jpg?width=1200)
「なんか、すっごくシーイングがいいんじゃない? 今夜」
と言うと、
「しーいんぐ?」
と妻が訊ねた。
「大気の具合い」と端的に応えて、「なんかテキトーな星、見てみて」とリクエストした。
「見た」と妻。
「キラキラ瞬いてる?」
「瞬いてない――」
「でしょ。恒星がチカチカ瞬いてないってことは大気に揺らぎがないってことなんだよ」
と上から目線で教えてやった。それから思い付きで言ってみた。
「挑戦してみる? アンドロメダ」
「みる!」
と妻が同意した。
タブレットで検索した星図を調べた。
「今夜のこの時間――、月がここじゃん」と指差した。
「うんうん」
「で、そのまんま北のほうにこう見ていって――、ちょい上がったとこ――、このオレンジの星が分岐点だね。このオレンジをまずはさがしてみよう!」
「わーかった」と妻は応えて、お気に入りの単眼鏡を夜空に向けた。
「隊長! ありました!」
と、すぐに妻。見つけるのが上手い。
よっこらしょと双眼鏡を向けてみる。
重たい双眼鏡を振り回すのは大変だ。星さがしの最初の一歩は小さな単眼に任せて正解なのだ。
「――あ、これだね。月とほぼ同じ高さにあるオレンジの星。――アンドロメダ座の星だよ」
「へえ」
「――で、これを目印に、右に少しだけいったとこに――、いったかな? ん、これ、白い星があるでしょ?」
「あるある」と単眼で見詰めているのであろう妻が言った。
「で、その白い星から、またおんなじくらい右にいったあたりに――、あるはず」
「なにが?」
「アンドロメダ大星雲」
「あ!」と妻。「なんかぼんやりした星――?」
双眼鏡で確認しながら僕も思う。(確かに、ぼんやりした星にしか見えないなあ)
「これ? これが大星雲??」
「そう、だね。たぶん、そう――」
辺りを探索してみるが――、ん、間違いない。オレンジの星を起点に星をたどって――、これ、これがアンドロメダ大星雲だ。
集光率の高い80ミリ口径でも渦巻きは見えない――。中心部の光芒がぼわっと輝いているのが見えるだけだ。でも――、
「これがアンドロメダ大星雲だ!」
![](https://assets.st-note.com/img/1733892585-5o3W2nRTkrEQfIaHyDJZmdlh.png)
双眼鏡の手前に妻を招く。
「ほえー、これなんだねえ――」と妻。「私ので見たより明るく見えるね!」
「ん。230万光年くらい隣にある銀河――」
「230万光年?」
「そう。光の速さで230万年くらい掛かる距離――」
「――それがお隣さん?」
「そう」
ぐぅー。音が鳴った。
宇宙のスケールを考えたら、なんか、お腹が減った。
「少し休憩しよう」と言って、部屋の電気を点けた。
――あつあつの稲庭ふううどんを食べて、あんこも食べた。
「悪いことしてるみたいね?」と妻。
「だね」と応えた。
そんな夜があってもいい。
noteをチェックして、まゆ♪さんからのコメントに返信を書かせていただいた。『遅い時間にすみません。今、アンドロメダを見ました。これから木星とオリオン座です――』とかなんとか。
ちゃんと歯磨きをして、それからまた電気を消して――、散策の後半を開始した。
――星図を見ながら言う。「そろそろ木星が降りてくるはず」
ベランダのひさしに蹴られてその上は見えない。
「あれじゃない? 木星」と単眼鏡を覗きながら妻。
肉眼でもすぐにわかるはずの木星だから、今はまだ見えていないはず――。
「オレンジっぽいよ。瞬いてないよ」と妻が重ねた。
妻のスコープを借りて僕も見てみた。
確かにオレンジ――、でも。瞬いていないのは今夜のシーイングが特別にいいからだ。これは惑星じゃなくて恒星――。
星図と照らし合わせると――、牡牛座の星で間違いなさそうだ。
「アルデバランだね、たぶん」と星図を指差しながら伝えた。「もうちょっと経つと、アルデバランのオレンジの上のほうに、もっと明るいオレンジの星が見えてくるはず。それが木星。でもって、そっから左にずーっといくと――、同じ高さあたりにリゲルが白っぽく見えてくる――」
「リゲル?」
「オリオン座のつづみの右下のカドっこ」
「つづみ?」
「つづみぼしって言うんだよ、オリオン座は、別名で」
星図で説明をした。「これと、これと、これと、これ――、この4つの星を結んだ形がつづみみたいだからつづみぼし」
「つづみぼしっていうか――」と妻。「スマホぼしみたいね?」
![](https://assets.st-note.com/img/1733897055-gufAYcPQxHFU2RpWJkmZlMLB.png)
(https://forbesjapan.com/articles/detail/69808)
「だね」と応えつつさらに説明を続けた。「つづみの、この真ん中のすぼまってるとこに、横向きの星が、1、2、3――。ね? これがつづみの帯に見えるでしょ。で、その3つ星の帯から下に下がったオヘソの部分――、ここ、縦に3つくらい、点、点、点ってあるよね、ん、そう、その真ん中の点――、これをよく見ると、モヤモヤって見えてくるかもしれない――。それがオリオン大星雲――」
「大星雲!」
「さっきのアンドロメダの仲間だよ」
「見たい!」
というわけで木星が降りてくるのを待つことにした。
単眼鏡をぶんぶん振り回して空を見ている妻――。
僕も双眼鏡で、夜空を眺めながら待つことにした――ら! そ、し、た、ら!
「なんじゃこりゃ!??」
と思わず往年の松田優作のような声が出てしまった。
「どしたの?」と妻。
「ごちゃごちゃ星だ!」
「ごちゃごちゃ?」
すごく綺麗だった。
「たぶん――」と言いながら星図の、星雲星団名の表示をオンにした。
「やっぱり――、プレアデス星団だ!」
「ぷれあ……」
「すばるだよ!」
「谷村新司の――?」
「そうそう。わぁーれはーゆくぅ――♪の、あの昴」
「見せて!」
双眼鏡の手前を譲る。
![](https://assets.st-note.com/img/1733892666-mJEwsxIZnqQgRz14ly3TvXV7.png)
「うわぁ!」と妻。「かわいい!」
確かに。瞬きがまったくなく、夜空にピタリと貼り付いて見えるその姿――、狭い範囲にきっちりくっついていてかわいい。
「があちゃんたちみたいね!」
妻が言っているのは、我が家のあひるのぬいぐるみたちのこと。
「あひるぼしと名付けようぜ!」
「1、2、3、4――、って上に4つ、5、6、7――、の下と合わせて、おっきいのが7つ、そのまわりにもまだキラキラいっぱい――!」
妻は、すばるが、いたく気に入ったようだ。
「清少納言も言ってたよね。星はすばる――って」
「清少納言って誰だっけ?」と妻。
「冬はつとめて、の人」
「おつとめの人?」
「――むかしの人だよ」
だなんて言いながら僕は星図を見ていたのだが、プレアデス星団の左上にも星団があるらしい――。ヒアデス星団――?
単眼鏡を覗いている妻に言ってみる。「あのさ、さっきのアルデバラン――」
「オレンジの?」
「そうそう」
「木星のニセモノの?」
「――ん、いや、まあ、そう、そのオレンジの星」
「うん。今見えてる」
「その周りにさ――」
「あ!」と妻。
「見える?」
「見えてきた、見えてきた! よく見たら見えてきた! なにこれ?? いっぱいだね! すごい! すばるより広いね! 広い範囲に宝石箱ひっくり返したみたいに星が――、たくさんたくさん!」
「ヒアデス星団って――」言いながら僕は双眼鏡を向ける。「言うらしい――、わお!」
![](https://assets.st-note.com/img/1733897714-qDuoicRVlPtrvTHBpnFJMYN8.png?width=1200)
(https://forbesjapan.com/articles/detail/66052?read_more=1)
すごい眺めだった。瞬いてもいない無数の星ぼしが、広い範囲に、だけど密に散っているのが見えた。
「双眼鏡で見てみなよ」
妻が接眼レンズにかじりつくようにして――。そして、「わあぁぁ! なにこれ! すーっごいね!」
僕も生まれて初めて見た。
すばるはかわいらしくもむつまじく、こちらは誇らしくもゴージャスに密集しているのであった。
なんて綺麗な夜なんだろう。
「私が月を見たから――、そのお陰だね、だね!」
確かにそうだ。「鼻がきくね!」
――そのあと木星が降りてきて、それを頼りに僕らは、星図で予習していたつづみぼしのヘソ、オリオン大星雲も楽しんだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1733892727-i5W40aSnNDITV7eEldxL8mQg.png)
アンドロメダ大星雲よりも明るく見えたけど、花びらみたいな独特のガス形状までは、双眼鏡でもやはりはっきりとは見えなかった。タバコの煙みたいにぼんやりと、曖昧な感じで大星雲はたゆとうていた。
「もいちど私はすばるが見たいよ」と妻が言い、双眼鏡を覗き、「ふぅ」と言い、単眼鏡を覗き「あぁ」と言った。
時刻は5時。実に3時間半の星空散歩であった。
「寝よう。そんで、寝坊しよう」と僕が言い、「目覚まし切るね」と妻が応えた。
なんて自由なんだ、僕らってば!
「星見たら元気出た」と妻。
「そりゃよかった」と僕。
ボアパーカーを脱ぎ、タンクトップになって、があちゃんが焼きイモみたいにあったかになってる羽毛布団の中へ――。
があちゃんを引き寄せ、リモコンでまた部屋を暗くして、「おやすみ」と言った。
「楽しかったね」と妻が言った。
おしまい。
※2024年12月14日の深夜3時から5時頃、月がすばるを隠す食のイベントが観望できるのだそうです。
https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/13309_ph241214
方位は西北西。晴れたら是非見る所存です!
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![あひろ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/156988056/profile_6b5b917e522b31c2d7b5ba42a0456f2c.jpg?width=600&crop=1:1,smart)