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失った一秒は永遠に取り戻せない

 さて、野郎のための野郎マガジンを作ったのに、野郎向けの記事をあげないわけにはいかない。

 さてさて、このタイトルのようなこと、実際に実感した事ってある?
 ほら、今もどんどん時は流れてこの一秒も過去になっていく。
 普通に生活していると、なかなか実感が湧かないよね。 俺も全然まったくわからなかった。あの時までは・・・

 昔、一度だけ自転車の耐久レースに出たことがある。
 ロードレーサーってレース用の自転車でガシガシトレーニングしていた時期があって、別にレースなんて考えてなかったけれど、行きつけの自転車屋の親父が、「来月筑波で耐久あるから出ればー?」とか言うんでその気になっちまったんだな。

 で、そのレースっていうのが筑波サーキットを六時間、何人かのチームで交代しながら走る耐久レース。
 初めての経験だからスタートするまではそれがどんなものなのか、なんとなく知ってはいても実際にはまるっきりわかっていなかった。

 
 一緒にチームを組んで交代で走る相棒と、サポートしてくれる友達数人とで筑波サーキットに乗り込んだ。さて、全ての準備が整ってスタート前のアナウンスがあり、総勢120チームのライダーがスターティンググリッドに並び、チーム(とはいっても、うちのチームは二人きり。他のチームはほとんどが3人以上。)一番手の俺もスタートラインに並んだ。
 徐々に緊張が高まり、アドレナリンが体内を回っていく。

スタート!

 自転車だから、爆音も無く静かに全員が走り出す。
 ゆるい坂を登って右に切れるヘアピンを曲がり、次のヘアピンまで長くゆるい坂を集団で下る。ふとメーターを見ると45キロも出ている!
 普段、練習で頑張ってもせいぜい34キロくらいしか出ないのに、いくらゆるく下っているとはいえ「なんじゃこりゃ?」
考える間もなく、左のヘアピン。前後のタイアがズルズルとアウトに滑る。
「ぐは! 自転車でドリフトしてるぞ!」
 何台かが連なる列車(自転車は空気抵抗の影響が大きいので、要するにスリップストリームがずらっと繋がる)に紛れてひたすらに漕ぐ。裏のストレートは向かい風だ。うっかりたまに列車の先頭になると死にそうになる。

  3周で約20分。そこでピットインして交代。これが俺達の作戦とも言えない作戦だった。
 ヘトヘトになってピットに滑り込むと相棒が待っていたのだが、計測用のセンサー(これをハンドルに付ける事によって、各チームのタイムと周回数を記録している)を渡すと、もたもたと取り付け、走り出しもナメクジのように遅く感じる。
(俺が必死で削って来た一秒が目の前で失われていく!)
「早く早く!」
 ようやく彼はスタートしていった。
 俺はこの時、生まれて初めて一秒の重さを知った。

 レースは誰よりも速い者が勝者だ。
 一秒でも速くゴールをくぐったヤツが勝者だ。
 例え上位には入れなくても、レースを走る以上、自分の限界で走ろうと決めてスタートした。
 だから一秒一秒が何よりも大切だという事をその時識ったのだ。
 相棒がピットに戻ってくると顔が変わっていた。
 彼もまた、一秒の重さを識ったのだった。
 言葉は必要なかった。
 その後、彼が裏のストレートで足が攣って戻るのが1分ほど遅れたら、順位は10位も下がった。 六時間の中のたったの一分だぜ。

 それからも3周走っては交代して、ひたすら6時間走る。20分と少しで交代になるが、だんだん休んでも体力が戻らなくなってくる。補給食にバナナを勧められて無理に食ったが、裏のストレートで吐いた。

 ヘトヘトになりながら、それでも自分たちの限界で走り続け、6時間を前にピットが閉鎖されると、ラストライダーは最後の力を振り絞って走る。当然俺がラストだった。不思議なもんで、これで終わりだと思うと、まだ力が出るんだね。ペースを上げてガシガシ漕いだ。

 そして6時間が過ぎ、最後にクールダウンの周回に入ると、薄暗くなったサーキットにたくさんの赤いテールランプが光っていた。なんだか気分はもう、ルマン24時間を走りきったような感じそんな感じ。ゆっくりと走ってピットに戻るとみんなが労ってくれる。もうヘトヘトで死ぬ。

 順位は五十位かそこらだった。

 年齢と二人きりで走ったことを考えれば悪くないのかもしれないし、とにかく走りきった実感はあった。必死で1秒でも速く走った。

 表彰台は遥か遠くだったが、この時のためにモエシャンドンのシャンパンを持ってきていた。栓を抜いてサポートしてくれたみんなと乾杯した。

 そのあと帰りに焼肉屋に寄って、俺と相棒で焼肉十人前とどんぶり飯2杯づつ食った。  

 その後数年、ほとんどレーシングバイクには乗らなかった。なんか燃え尽きちまったんだと思う。何年かしてまた乗るようになったけど、もう速く走らなくても良いと思うようになった。少しゆっくり自転車で旅をするようになって、ただ走ることよりその方が豊かだってことにも気がついた。
 しかしそれ以来、たまに日常でも一秒の重さを思い出す。

 一度くらい、なにかのレースに出てみるのもいいぞ。


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