極貧詩 334 旅立ち⑲
「別れの木造橋」はすぐそこに近づいている
ヤッちゃんと俺、ヤッちゃんとシゲちゃん、シゲちゃんと俺
お互いの心の思いをしっかり伝えることができただろうか
まだまだ言い足りないことがたくさんあるような気がしている
言葉にはできないことがまだたくさんあるような気がしている
貧乏三羽烏の9年間を振り返ってみると本当に「楽しかった」
ヤッちゃんが突然大声を上げる
「おい!大事なことを忘れてるど!」
俺とシゲちゃんはその声に驚く
「ヤッちゃん、どうしたんだい?」
「何を忘れてるっちゅうんだや?」
ヤッちゃんは応えるより先に今来た道を逆に歩きだしている
「用務員のおじさんに挨拶してねえだんべな!」
「ああ、そうか、そうだよな!」
「なんてこった、大事な人を忘れるところだったいな!」
「ほら、早く行くべえ!」
「わかった、母ちゃんたちに言っとかなくちゃ!」
シゲちゃん大声で母ちゃんたちに言う
「もう少し待ってて!用務員のおじさんに挨拶してくらあ!」
母ちゃんたちは相変わらず楽しそうに笑いながらおしゃべりを楽しんでいる「うん、わかった、待ってるから焦らなくていいで!」
陰に日向に俺たちのことを見守ってくれた用務員のおじさん
いつかの話の中で「貧乏4銃士」を結成したおじさんと俺達
何も挨拶もしないでここを旅立ったら絶対深く後悔していただろう
用務員室をノックする
ひょっこりとおじさんが顔を出す
思わず俺たちの顔がクシャクシャになる
おじさんは満面の笑みを浮かべて俺たちを見る
「おう、お前らかいな、卒業おめでとさん!」
「いい卒業式だったかいな?」
「よく頑張ったな、ほんとによく頑張った!」
「わちきも嬉しいぞ、ウレノスイゾーだ」
「おじさん、ウレノスイゾーって何?」
「すんごく嬉しいってことでござるよ」
「いろいろと我慢することも多かったと思うけどよく頑張ったなあ」
「行き帰りにお前達の元気な様子を見ていつも安心していたんだぞ」
「お前達には貧乏何するものぞっちゅうオーラがあったぞ」
「ヤッちゃん、親を助けるために家に残るってのはホントに偉い、ホントにアンタはエライ!」
「しかも3学期の後半は人が違ったように頑張ったっちゅうじゃねえか」
「すげえ、すげえ、俺はそういうおめえが大好きだぞ!」
「村一番の百姓になれよ!
「シゲちゃん、おめえも就職が決まった後はまるで別人になったよなあ」
「東京の工場の社長さんはいい工員を雇ったもんだいなあ」
「親思い、兄弟思いのおめえはどこへ行ったって絶対成功するぞ!」
「成功間違いなし!」
「イッちゃん、おめえは我が中学校の歴史を作ったんだぞ、俺は本当に誇りに思うぞよ!」
「あの高校に一番で入えるなんてな、なまじの努力じゃなかったんべなあ」
「苦労続きだったおめえの母ちゃんもさぞかし嬉しかったんべなあ」
「俺にゃあ勉強のこたあよくわかんねえけど、天狗になっちゃあだめだぞ、これからも必死で努力すべし、よろしいかな?」
ヤッちゃん、シゲちゃん、俺の順に涙腺が崩壊する
おじさんの眼からも大粒の熱いものが一筋二筋
貧乏をよくわかってくれて俺たち3人を「愛して」くれた
おじさんがいてくれて本当に良かった、そして助かった
「おじさん俺たち母ちゃんが待ってるからもう行かなくちゃ」
「そうか、そうか、また遊びに来いよ」
「おじさんと会えて本当に良かったよ」
「そりゃあ、俺も同じだ、おめえたちが大好きだったよ」
「いつまでも元気でいてくれよな、ずっとこの学校にいてくれよな」
「できりゃあ、絶対そうしたいよ、またあうべえな!」
「うん、絶対遊びに来るよ、じゃあねおじさん、いざさらばでがんす」
「よしよし、お三人さん、達者でな、頑張るんだぞ!」
「さようなら、おじさん、また会う日まで、本当にありがとう」
別れがたい気持ちを振り切って、また坂道を下り始める
振り向くととおじさんが両手を大きく振っている
俺たち3人もそれに応えて飛び上がりながら両手を大きく振る
とそこに、何と担任の先生が並んで立っている
そして俺たち3人に向かって「戻って来い」というように手招きしている