極貧詩 335 旅立ち⑳
「別れの木造橋」への距離は近くて遠い
感涙の卒業式が終わり、中学校の校庭は閑散としている
用務員のおじさんとの最後の挨拶のやり取りにまた涙
今まで我慢していた涙は今日一気に流し切ったかのようだ
今度は用務員のおじさんと一緒に立っている担任の先生
「こっちへ戻って来い」の手招きに自然に体が動く
貧乏三羽烏に最後に伝えたいことでもあるのかと疑心暗鬼
先生はまっすぐ3人を見据えている
さらにせわしく手招きをして「早く来い」と催促している
ヤッちゃんが最初に口を開く
「先生、本当にありがとうございました。3年間何にもできない馬鹿ですみませんでした」
「おう、ヤス、ヤスって呼ばせてもらうぞ。ここにいる限りはお前は俺の息子だからな」
「先生…できの悪い息子ですみませんでした」
「何言ってるんだ、ヤス。おまえの根性は俺が一番認めているぞ。一番遠いところから毎日ここまで走って来たよな。遅刻も早退も一回もなかった。何と皆勤賞に輝いたじゃないか」
「はい、俺学校が好きだったんです。クラスじゃあお荷物だったかも知れませんが、学校はすごく面白かったです」
「そうか、そうか、病気がちの親父さんをよく支えて頑張って来たよな。それは先生方全員が褒めていたよ。”えらい奴だ”ってね」
「はい、ばあちゃんと母ちゃんが大変だったんで少しでも役に立ちたかったんです」
「うん、そうか、お前はそれだけで合格だよ。それは誰にでもめったにできることじゃないからな。」
「弟も妹もまだ小さくて俺がやらないとだめだったんです」
「あのな、中学1年の時の入学式に、お前のおばあちゃんが一緒に来ただろう?」
「はい、あの時は母ちゃんが抜けられない用事があったんです」
「うん、それはわかってるよ。おばあちゃんが職員室に来てな、先生方に丁寧に頭を下げてちゃんとあいさつしてな。”うちの孫は頭はダメだけど、体は人一倍丈夫なんで,何か学校の役に立たせてください”なんて言ったんだよ。ふつうそんなこと言わないぞ。先生は何てえらいおばあちゃんだろうと思ったよ」
「そうですか、そんなことおばあちゃん一言も言わなかったですよ」
「お前ん家はきっと仲良し家族で明るい家庭なんだろうなと思ったよ」
「はい、俺は俺の家族が大好きです」
「それに、掃除や学校行事なんか率先してやってくれたよな、他の先生方に何か頼まれると嫌な顔一つしないで黙々とやってくれたもんな」
「俺、授業だとからっきしダメだけど他の事だったらできたから」
「だけどお前は、3学期ごろから人が変わったようになったじゃないか。授業はちゃんと集中して聞くし、ノートもしっかりとるし。まさにお前は勉強でも健全な心を確立したんだな」
「そりゃあよくわかりませんけど、一つでもわかると面白くなったんです」
「お前は家に残って農業をするってことだよな。今のお前だったら絶対うまくいくぞ。先生も陰ながら応援しているからな、何か相談事でもあったら遠慮なく先生のところに来いよ」
「はい、先生、ありがとうございます。家族のために、村のために一生懸命頑張ります」
「うん、いいなあ、その意気だ、お前、本当に成長したなあ。先生こんなうれしいことはないぞ」
「先生、本当にありがとうございました。最後に先生とこんな風に話ができて本当に良かったです」
ヤッちゃんの目からはまた涙が一筋、二筋。
こんな感激のうれし涙なら何度流してもいい。
先生はほほえみながら目を充血させていた。
俺もシゲちゃんも感激のあまりそこにただ立ち尽くしていた。
そして先生から「おい、シゲ!」とシゲちゃんにお鉢が回って来た。