極貧詩 336 旅立ち㉑
ヤッちゃん、シゲちゃん、俺、3人はまだ中学校の校庭にいる
母親たちは「別れの木造橋」でおしゃべりに興じている
先生が俺たち3人に一人ずつ「はなむけの言葉」を贈ってくれる
まずはヤッちゃん、感激の態で顔が紅潮している
次に先生はシゲちゃんの顔を「穴が開くほど」じっと見る
シゲちゃんは緊張しているのか直立不動の姿勢でいる
先生がしばらくの沈黙の後ゆっくり話し出す
「お前も今日まで俺の息子だからシゲって呼ばせてもらうぞ」
「3学期のお前は目を見張るような成長ぶりだったなあ」
「先生と一緒に東京の工場の社長さんのところに行ってからガラッと変わったよなあ」
「実はその社長さんから9月ごろ求人依頼があってな」
「誰か真面目な子を一人紹介してくれって言うんだ」
「苦労をしている我慢強い子が欲しいって言うんだ」
「それならシゲ、お前しかいないって思ったんだよ」
「やっぱり俺の目に狂いはなかったよ」
「お前ん家の父ちゃんも母ちゃんも人一倍苦労してるもんな」
「お前はその父ちゃん母ちゃんを支えながら、弟たちの世話をよく見ていたよなあ、特にすぐ下の弟の世話はお前が一番よく見てたよな」
「社長さんにもそのことを話したらぜひ会いたい、是非連れてきてくれって言うんだ」
「大正解だったよ、社長さんお前と面談した後本当に大喜びだったよ、本当にいい子を連れてきてくれたってな」
「良かったな、先生も本当にうれしかったよ」
「その後のお前の成長ぶりには目を見張るものがあったよ」
「今のお前なら絶対大丈夫だ、確信してるよ」
「時々社長さんからも連絡があってな、お前のことを気にして聞いてくることがあってな」
「保証します、大丈夫ですって言っておいたぞ」
「やるべき時にちゃんとやれる人間は絶対成功できるからな」
「今年は俺がお前の担任で、今までもいろいろな生徒を見てきたけど、こんなにも大きく変わったのはお前が一番だったんじゃないかな」
「就職が決まった時お前のお父さんお母さんが一緒にあいさつに来てな、本当に喜んでたんだぞ、”あいつにはずっと苦労をかけっ放しだったけど本当に良かったです”ってな」
「先生もついホロッとしちゃったよ」
「もうすぐ東京だな、仕事が始まるんだな、頑張れよ!」
「定時制高校にも行くってことで、大変だろうけど今のお前なら絶対やり切れるぞ!」
「シゲ、ガッツだ!」
「これからの人生絶対明るいぞ、早く仕事を覚えてみんなにかわいがってもらえよ!」
「時々社長さんがお前の様子を知らせてくれるって言うんで楽しみにしているよ」
「シゲ、頑張るんだぞ!元気で行って来い!人生を変えて来い!」
先生の目は先ほどからウルウルしている
シゲちゃんも恥ずかしげもなく大粒の涙をこぼしている
すぐそばで先生の思いのたけを聞くことができて俺も嬉しさで胸がいっぱいになる
用務員のおじさんもヤッちゃんも「うん、うん」と頷いている
感激も冷めやらないうちに「イチ、さあお前はどうだ?」と先生が嘗め回すように俺を見る
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