忘れっぽい私や誰かのための短い読書 7
(…)何とかこんな風でなく、大ぜいの人と会ったり、賑やかに酒を呑んだり談笑したりするのは、一週一ぺんと決っていて、あとの日は静かにすごせないものか。今日はあんまり大ぜいの人に会って、人に当てられて、夜一人になってからも、まだ頭の中に人間がうようよしていて、打合せをしたりカクテルを呑んだり冗談を言ったりフレンチ・カンカンを躍ったりしている。こんな状態が仕事によくないことははっきりわかっているのに、私はさりとて賑やかな場所から全く離れていることもできない。都会の児の宿命だ。
音楽は頭をかきみだす。ああ、甘い、抵抗のない音楽、世間普通の人が休息のためにきくような音楽ほどそうだ。適度の快楽、適度の面白さ、適度の社交、こういうものはみんな私には劇薬のように思われる。その適度さの積み重なりが猛毒なのである。
私の友人で一年三百六十五日、毎晩それぞれ変った女友達を連れて、ナイトクラブ通いをしている男がいた。ナイトクラブから勲章をもらっていもいい男だが、今でもそういう生活をつづけているにちがいない。この男は、「適度な快楽」の中毒症状を呈していたというべきで、こんなものは本当の快楽でも何でもない。
そうかと云ってヒステリックに都塵を避けて逃げ出す、あの「自然への逃避」というやつも、あんまり私の趣味に合わぬ。「山はいいなあ」とか「高原はいいなあ」とかしじゅう言っているあの抒情的な男たち!
三島由紀夫 裸体と衣裳
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