カラダを意識する
すっかりご無沙汰したnote。
毎日のように更新している方たちには、脱帽です。
年女というお年頃になると、なにかしらあるものです。
昨年末から、ストレスが私史上、ピークになったため、今年にかけて時々、集中力がなくなってしまい、コレに向かう気力が失せていました。
さて、そのストレスについては、おいおい書いていくとして、前回の続き。
3.暴食の毎日
出産し、育児に追われていた私。
2人の子供を保育園に預け、フルタイムで看護師として働いていました。
今振り返れば、看護師でありながら、なんという食生活だったのだろう、とあきれてしまいます(´;ω;`)ウゥゥ
朝は、子供らと夫の食事を与え、自分の食事は超早食い。
適当に自分の身支度を整え、いざ、保育園へ。
子供たちにバイバイして、いざ職場へ。
当時は、車で通勤していたので、いくらか楽でした。
フルタイムの仕事を終え、保育園へ直行。
残業もできず、18時までにはお迎えに。
さっさと帰宅して、夕食の準備。子供たちはおなかをすかせているので、なにかしら食べさせて、夕食までつなぎます。
自分のことは、二の次、三の次という感じでしたね。
当然ながら、食事も、早食いの大食い状態。
だって、そのあとに洗濯や、子供たちのお風呂入れや寝かしつけが待っているのですから。
当時は、悲惨でした。乾いた洗濯物をたたむ暇も惜しくて、仏間に乾いた洗濯物をぶん投げて、山積み。
週末、夫とせっせとそれらをたたんでいました。
だから、1週間分の下着や服がないと、着るものが間に合わなかった。
そんな状態が続き、上の子が小学校入学時期となりました。
毎日が、ばたばた状態だったため、息子にはあまりかまってあげられなかったこと、これは今でも私の心に汚点として残っています。
週末は、そんな子供たちと一緒に、外食三昧。
自分の家事の手抜きとストレス発散。そして、子供たちと楽しく過ごしたい。そんな気持ちで、外食していたと思います。
4.つけがでてきた
私が、老健施設で看護師長として、働き始めてからのこと。
自宅から職場が、車で10分と近かったこともあり、残業してもすぐ帰れる、と残業が続く日々。
実際に忙しかったため、定時で帰れることはなかったですね。
そのころ、息子たちは中学生と小学生。私は、48歳くらいだったかな。
出来合いの食事や、外食、調理は散々なものでした。
自分自身も、朝はおにぎり1個だけ、とか。
昼は、職場の食堂で食べていました。
老健に勤務し始めて、1年弱くらいのころです。
昼食前くらいの時間になると、突然立っていられなくなり、動悸がしました。
空腹感もあったため、低血糖みたいだな、と思っていました。
当時、持病などなかった私は、もちろん薬など飲んでいません。
糖尿病の方が服用する、血糖降下剤による低血糖など、生命にかかわるようなことはありません。
ですが、おかしい・・・
職場には、簡易の血糖測定器があったため、自分で測定しました。
すると、LOW(測定不可)でした!!!
えっ!? 超低血糖ってことか! と。
同僚の看護師に血圧やら測ってもらい、休憩室で休みました。
食事したくても、出来ない状態に。
実は、血糖値がLOWになる前にも、昼食中に、動悸がすることは何回かありました。しかし、ここまで、立てなくなったのは初めてだったため、それ以後、時々血糖値を測定していました。
「絶対おかしい!」と思った私は、以前勤務していた、糖尿病専門病院時代にお世話になった、看護部長に電話しました。
当時、一緒に働いていた医師が、開業しているので、行ってみたらと紹介され、早速行きました。この低血糖は、なんだ!?と。
早速、75g糖負荷試験の検査をし、
「反応性低血糖(機能性低血糖)だね。」と。
『機能性低血糖症とは、精神症状や自律神経症状を伴う血糖調節異常のことです。 機能性低血糖症の症状はとても多様です。 思考力の低下や記憶力の低下も多く見られる症状の一つです。 機能性低血糖症の背景には、糖質の過剰摂取、食物繊維の不足による腸内環境の悪化などが原因と考えられています。』
(ひめのともみクリニックHPより抜粋)
http://www.himeno-clinic.com/index.html
あ~、なんておバカな私なのだろう。
あんな無茶な食生活していたら、体も壊れるよね。。。
反応性低血糖と診断された私は、医師から「炭水化物を控えて」と言われ、以後、私の糖質制限生活が始まるのでした。
今から約12年前ですね。
当時は、今ほど糖質制限なんて言葉は流行っていませんでしたが、糖質制限提唱者の江部康二先生のブログを頼りに、必死で勉強していました。
3食の食事内容の記載と、糖質量チェック。そして、食後の血糖値測定。当時は、まじめにレコーデイングし、何を食べたら血糖値が上がり、また下がるのかを記録していたんです。
当時から、カロリーは全く関係ないという、江部先生のブログには目からうろこ。
ひたすら、糖質量を把握するべく、食材について自らの体を張って、学んでいきました。
そうして、早10年強・・・
世の中は、すっかり糖質制限、糖質オフという言葉が定着してきました。
私が始めたころは、仲間なんていなかったから、周囲には何言ってるの?みたいな顔されていました。
それから、さらに年を重ね、私の体も、考え方も変化を遂げていきました。
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