崖の先端で私は震えた 「落ちたら死ぬヤツです無理です」 ヒラサワさんは溜息をついた 「こんな崖は幾つも越えてきた、どうだ?私は死んだか?」 私は土下座して懇願する 「許してください、落ちたら死ぬ崖にしか見えません」 恐怖で全身をガタガタ震わせ岩に額を擦り付けた。 暫時「許す」の声を待ったがヒラサワさんの歩く気配、先端へ向かうのを見て咄嗟に脚へ縋り付き押し退け、崖の先端へ躍り出た。 強い空気抵抗を感じ身体が軽くなる。私を見上げるヒラサワさんが視界に入る。 「やったな」 囁きが
70年前に建てられたという古い邸宅。私を招いた友人はトラブルで足止めを食らっているらしい。執事が煎れた紅茶の香りを楽しみながら、友人の到着を待つことにした。 壁に絵が掛かっている。肖像画か、誰のだろうか。 近づいてまじまじと見る。端正な顔の若い男性だ。きらびやかな、どこかの民族衣装にも見える出で立ちに、きりりとした眉が人柄をおもわせる。 ――どこかの国の王子だろうか。 人々からの信頼が厚く、また彼もそれに応える使命を負っている。だが成熟しきらない、未熟さも持ち合わせるような。
「Welcome」 と書かれた玄関マット。趣味では無いが知人よりの賜り物なので致し方なく靴の泥落とし用として玄関ポーチに設置されているもの。 常に足蹴にして泥をこすり付けてはいるものの、偶に気が向けば水やりのついでにホースを向けて汚れを洗い流すくらいはやる。 Uターン通勤から帰って(帰って?)玄関マットがチラと視界に入る。そろそろ洗うか、そのうちな。 カラスが煩く鳴き出した。天気が崩れるのか。見上げるとどんよりした雲が駆け足で登場した。 足元でホコリがクルクルと渦を巻きふわ
EGGじゃなくてFGG。 解釈や考察ではなく私の感情の移り変わり。 オリジナルのFGGを初めて聴いた時、ああ、これは平沢さんの涙だ。あまり情緒に偏らない平沢さんの涙の歌だ。今まで苦しい事辛いこといっぱいあったもんね?泣きたいこともいっぱいあったよね?うんうん。 などと一人納得。 Switched on lotusのFGGを聴いて確信する。ほら、やっぱり。平沢さん、曲で泣いてるよ。 今なら過去のワタシにこう突っ込みます。 「それってあなたの感想ですよね?!」 もちろん、楽曲を
枯れゆく苗木よ 浴びなよ 光を 生まれたての陽光を とはいえ太陽は 50億年も前からあり なんなら地上から顔を出すように生まれるなんてヒトの浅はかな主観であり 生まれるならばその日 一日の生活とも言えるか 浴びなよ朝日を 一日の始まりの光を 苗木はカサカサと枯れゆくとも
ヒラサワが、ふたり?! 「よく見ろ。あいつが私に見えるか?」 黒髪に黒いロングコート。こちらは白髪だが黒いロングコートという装いは同じ。だがあちらは黒いサングラスをかけている。 「バカンスでもないのにサングラスまるで…伏せろ!」 声に驚き咄嗟に伏せる。白髪のヒラサワがマントを拡げると同時にけたたましい銃声が轟く。薄目で伺うと黒沢がコートに隠してたと思しきマシンガンを撃っている。 白沢はクルクルと舞うようにマントを操り、または羽のようにバサッバサッと煽ってはクルリと回転し弾を避
(閲覧注意です。) 心地よいドビュッシー曲が流れ柔らかい陽の光が暖かい。 が、少々ドビュッシーの音量が大きいので苦情を貰わないうちに、ボリュームを下げようとする。だがしかし。 ここはどこだ? 床に寝転がってたせいか節々が痛む。それに身体が冷えてアタマも回らない。ガラステーブルの上でスマホが振動するのを見つけ咄嗟に出ようとするが、見たことないスマホ。 ビデオ通話だ。 「おい、いつまで寝てるんだ?オマエ、誰だ?」 イライラした声の私の顔がスマホの画面の中にある。咄嗟に私はこう、
声も音も、会場を埋め尽くす聴衆が沸き立つその中空を、真っ暗い空間が吸い取っていくのを見つめていた。 知る人ぞ知る音楽家ヒラサワ。 ライブの板の上、ダラダラと流れる汗がスッ、と冷える。 聴衆もメンバーもスタッフも、誰一人気づかない。ヒラサワ一人だけが見えていた。 宙に浮かぶ幽霊船。大勢の亡者どもが身を乗り出しステージ上のヒラサワを見ていた。 ――怖くはない、アレも客だ。落ち着け、いつもどおりにヤるだけだ。―― 自身に言い聞かせると亡者は姿を変え、見知った人の姿を現す。今生で
小鳥の囀りと柔らかな白い光で意識が発動する。目覚ましは鳴らないが自然な覚醒を察知して、寝台がゆっくりと起き上がる。 この高揚とともに起床するのは何度目だろうか。階段から改造したエスカレータで下階に降りて大鏡で全身を映す。 初めて見た時に抱いた感想は「なんだ、まるでからくり人形じゃないか!」であった。落胆したのではない、予想外の異形に歓喜したのだ。 毎朝全身の状態を確認する。これが「今」の自分の姿なのだと。 「カッコイイ」と内心うっとりと見蕩れる。 稀代の音楽家、ヒラサワ。
A SHOOTING STAR 気になる。気にしなければ済むものだが。さっきからフッ、フッ、と黒いものがモニターの端から出たり引っ込んだりする。気にして見ていると何も現れない。気の所為かと作業に戻るとやはり視界の端になにか蠢くものが見える、気がする。 ヒラサワは電子機器を駆使して音を奏でる音楽家だ。今日も新たな音楽を生み出そうと朝から音を奏で、重ね、揺らし響かせる。絵画のように音を映し出すモニターの背面からなにか生き物のようなものがチラチラ見える気がしていた。 目の疲れか