日常と非日常
梅雨明けて、久しぶりに大型ホームセンターに行ったけど、
相変わらず、「感染予防のために😷」「従業員と皆様の安全のために」と
放送している。
それを黙って応じているのはその時見かけた年齢層の高めの人達であったが、私は日よけのマフラーを巻いて万一の応戦に備えるだけで、
何も起こらない。
人の目を気にしてやってる人が多いというアンケート結果を見たことがあるが、高校生以下登下校でしているのも、同じ理由だろう。
「人目」がそんなに多くの人を恐怖させるのはなぜだろう。
ときおり、俺はルールを守っている誠実な人だオーラをまとって
さっそうと歩いている男性を見ると、
滑稽なピエロ役にしか見えない。
まあ、😷をしていない私が何を思おうと😷ビトには届かないし、
どうでもいいことだけど、
現在圧倒的に大多数は、サイレントマジョリティなのだろうか。
もしかしたら、じっと「その時」を待っているのかもしれない。
本当は、今は戦時中だと認識し、裏も表も情勢を把握した上で、
😷をしてお上に従っているふりをしているのかもしれない。
トランプ氏がいう、Silent Majority はこの人達のことなのか。
あの人達から見ると、私なぞどっちつかずのマイノリティなのだろうか。
それならそうであればいいのだが。
東北を目指して旅した。
車で下道だけ、しかも宿泊施設なし。
仙台→海見てから→喜多方(ラーメンのみ)→会津若松を経て、
日光と向かったが、
やはり、軽貨物車の長時間運転はきつい。
いくらクッションなどで工夫をしてもだめだった。
実は2回めである程度覚悟していたけど、結果は同じだった。
う〜〜ん、次回はないかなあ・・・
旅は非日常であるかもしれないが、
私にとって日常であるように感じるまで、
いろいろ試してみたい。
今回の旅の道連れ(^^)
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