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#26 紅白の藤井風くん最高☆

こんにちは、いかがお過ごしですか?

遅くなりましたが、今更ながらに年末の紅白の藤井風君の事を書きたいと思います。

あちこちに記事が上がっているようですが、影響を受けないために読んではいませんが、どうしてもタイトルは目にしてしまうので、どうやら、
「評価爆上がり」なようですね。


そりゃそうでしょう。
そりゃ~そうでしょう。


しかしその気持ちと反対に、
「しまった。気が付く人が増えた。またチケットが取れなくなる。」
と、NHKさんが推している藤井風くんの存在に、数多の人が気づいてしまったよ・・困った困ったというのが、正直な感想です。
もう、愛よりエゴ優先な思考回路の自分を認めざるを得ません。(笑)


もとよりNHKさんは、藤井風くん推しだな、と感じることが多い。
以前書いたこちらの記事。

登れ!と書いてある。
登るのか?
登るんだろうな?じゃない、
「登れ!」
(NHKは応援しているぞ!!)
ともとれるタイトルよ。(笑)。


この時は藤井風くんの全編英語詞の楽曲制作の裏側を映し出していてくれていたけれど、その後大成功に終わったAsiaTourを受けて、風君はまた何か一皮むけたようなオーラを放っていたね。
バイブス感じる大好きなNYの街、いつものバンドメンバーさんたちも一緒だったし、ダッチ監督に、MVで共演した少年くんや、あの見覚えのあるアルバム。全てが風くんという一人の人を物語っていた。


盟友


仲間に入れて端っこで良いから


AsiaTour後にどこにいるのかと思っていたけれど、一旦日本の実家に帰ってアルバムを持ってNYへ行ったのでは?と想像すると楽しい。
本当はどうか知らないけれど、風君はお正月を共に過ごせないご両親の事を考えて、一旦顔を見せに帰ったはず。いや、もしかして東京で会ってたり、いや、これからお正月休みなのでは?なんて妄想が働く。


スーツバリ似合う

いや、そんなことより、あのタイミングのビルに反射した朝日よ。
何なんw?(笑)
どんなタイミングよ。
何なんwよ。
後光さしてるよ、夏からずっと。


と言いたいところだけれど、
あぁいう、真の自分で、真心で、真っすぐに神と繋がっている人には、普通の人では考えられないような奇跡的なことが、さも当たり前のように起きるようになっている。人智をを超えた叡智が降り注ぐようになっているんだ。


そして、普通の人なら、それがさも当たり前だと捉えるけれど、そうじゃない。風君のような人は、きちんとその大きくて小さな奇跡によろこび、神や宇宙や見えないすべての力の後押しを賛美し感謝し、僕の力ではないという謙虚な姿勢が、また奇跡を呼ぶ。もちろん彼は人として、ベストを尽くしているんだけれど、それが自然体で力が抜けており、神が入り込むスペースが彼の中にいつでもあるというところが、味噌なんだな。


と私は思う。


紅白観た?風君観た?と友達にLINEしたら、
「音が悪かったね~。残念~」と言っていたが、
「いや~。NY摩天楼をバックに、チェスターコートの風君が観れただけでも感謝やで~」と返信した。


音は確かに小さかったが、私は、風くんに引き込まれていて、全然気にならなかった。どちらかというときっとvaundy君たちと紅白の楽屋でわちゃわちゃしてるとばっかり思っていたのがNYだったことに呆気にとられていて、「え?え?NY?????。えー!」となっていたのだ。
その瞬間に彼は今年はきっと創り上げた全編英語詞のアルバムを引っ提げて全米デビューを果たし、NYの人々を魅了する映像だけが頭の中に思い浮かんだ。


今年は彼には会えないかもしれない。
でも、彼が彼の望む世界へ行くなら、私はそれを追いかけていける人にならないといけない。
Asiatourは、予算はねじり出せばひねり出せたのに、何かが私を尻込みさせた。
「そんな海外まで推し活出来るような身分じゃない。」とか、
「娘の結婚式に予算備えておかないといけないし・・」
「海外一人で行ったことないし。」
「海外ツアーに日本人が大挙して押し寄せるのを風君は喜ぶのか?」
なんて疑問が生まれ、行動できなかった。


しかし、その後、行きたい気持ちを抑えたストレスからか、無駄な代理出費して海外行った方が安かったような買い物をしていた。
いや、きっと服のほうが、普段の生活のほうが大切だったのかもしれないが、悔恨は残る。


在りたい私の姿と、行けなかった行かなかった事実、それが現実。
ありのままの私の姿。
それが実力。



怖かった。
勇気が出なかった。
英語も話せないし・・と、言い訳はいくらでも出てくる。
だけど、今年はそれを、より思い浮かべる理想の自分の姿に、現実の自分を近づける。


そうしないと。
明日死ぬかもしれないんだから。
素直に今を生きないと。
この世は祭りだから。
楽しまないと。

怖いなら誰かに助けを求めればよかったんだ。
自分自身に遠慮なんてしないでよかったんだ。
自分を楽しませるのはまず自分。
そう、私は、私を愛していく。
そして、満ちていく。
そうするとさらに、手放すことは容易になり、
軽くなり、生きやすく、満ち満ちていくのだ。


今、こぶしの中に握りしめている何かを手放そう。
明日も良い日だ。
ありがとうございました。

鋭い瞳の奥にある、手放す覚悟と意志

愛しか感じられない。










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