撃攘の盾… 肆
ビーストモード
ウルオロシアナから発射された最初のミサイル飛来から3時間後。
千歳202飛行隊は千歳基地へ戻り、必要な整備と補給、修理を終えたF15 二十機と、新たに203飛行隊のF35二十機で、今や最前線となる稚内基地からそう遠くない稚内空港へと向かった。
有事の際には民間空港は航空基地と化すのであった。
よって弾薬庫も備えている状態になっている。
三沢基地302飛行隊のF3三機は稚内基地で燃料と弾薬補給と整備を終えて、ステルス故に機体内に収まるミサイルの他に、ステルスを無視した翼下のハードポイントにもアウトレンジ長距離空対空ミサイル4基と短距離ミサイル2基を装備して、次なる脅威の盾として待機していた。
これはF35においても同じミサイル装備のビーストモードを施していた。
ステルス効果と機敏性は劣るが攻撃力は格段に上がっていた。
三沢302飛行隊長、加藤と斉藤、大崎はスクランブル待機室でテレビを見ていた。
ズレた反戦意識と愛国心による反戦
総理大臣の記者会見と自衛隊各基地の映像が流れていた。
画面が変わり東京でプラカードを持つ反戦デモを映していた。
自衛隊に対する侮辱の言葉や蔑む言葉が書かれているものが大半だった。
『またか…』
加藤は小さく呟いた。
斉藤も大崎も何も言わなかったが、大崎はイラついたように頭をかきむしり、立ち上がって窓から空を見上げた。
斉藤はゆっくり立ち上がり、大崎の横に立った。
『不満があろうが、それをぶつける場所が違うだろ! 文句言うなら自分勝手な言い分で攻めてきたあの国に言うもんだろ!』
大崎の行き場の無い怒りと哀しみの混ざった声が加藤の耳に入った。
加藤も立ち上がり、大崎と斉藤の横にいき空を見上げた。
隊長の加藤が来たことで、大崎と斉藤は姿勢を正した。
窓から見る夕暮れの近付く空に、千歳から飛び立った202飛行隊F15 20機が稚内基地への着陸体制に入っていた。
『いいから。今はリラックスしてろ。
…斉藤、大崎、二人は何のために自衛隊に入ったんだ?』
加藤は静かな口調で二人に問いかけた。
『自分は日本を守り国民を守り、家族を守るためです』
斉藤が応えた。
『自分も同じです』
大崎も応えた。
『そうか。二人は同期だったな…。
俺もお前達と同じだ。
俺達は強い志と決意を持って自衛隊に入った。
自衛隊に入隊した時点で、俺達は国民の盾となり、国の盾となり、家族を守る事に専念するだけだ。
そして揺るぎ無い決意と誓いを持った俺達は矛と盾になる。
自衛隊を毛嫌いする者は、嫌いな食べ物を食べたくないのと同じだと思え。
俺達を批判する言葉に惑わされるな。
俺達はただ強い志と決意の盾になりきるだけだ。
ほら、見てみろよ。
俺達のことを分かってくれてる人だっているんだぜ』
加藤は窓に背中を向けて、何となくテレビを眺めていた。
反戦デモの映像が流れている中で、反戦デモグループと揉み合う別のグループが自衛隊を侮辱し蔑視する言葉を書いたプラカードをむしり取るように奪い、両手で捻り潰す映像が流れていた。
『あまり見ない光景ですね』
大崎が呟いた。
『だよな…。きっとこの有事の事をちゃんと分かってる人達なんだろうな。
俺もあの人達を見て実戦の恐怖に勝てそうだよ。
自衛隊は無駄な存在とまでいう輩がいるが…
災害の時の避難用具も家や工場や何処にでもある消火器が無かったらいざという時どうなる?
備えあれば憂い無しという言葉のように、火災には消防、災害にはレスキュー、事件には警察、有事には自衛隊。
必要なときに必要な人材、道具が無ければ指を咥えて自分の家が燃えるのを見て、災害で潰れた家からも出られずに、ミサイルが飛んでくれば落ちる場所を見て逃げることしかできなくなるのにな…。
そういう人は、自分の身に起こって初めて分かるのかも知れんな…』
加藤はそう言いながら右手の拳を左手で撫でていた。
『隊長も怖かったのですか?』
斉藤が恐縮しながら加藤の顔を見た。
『あぁ…。俺だって実戦は始めてだからな。F15が堕ちたのを見たときは口の中カラカラだったよ。
でもやっぱり訓練は大事だと思った。
回避行動とか考えるより体が先に動いてる感じだったよ。
二人も訓練は怠るなよ』
加藤は、そう言いながらテレビの前の椅子に座った。
テレビ画面には、徐々に混雑が始まりだした北海道の空港や港が映し出されていた。
そして、ウルオロシアナ連邦政府は、空母が攻撃されて炎上したことで、更なる強力な攻撃も行うとして、日本にいる自国の法人、民間人に北海道から避難するように呼び掛けた。
しかし、日本で暮らすウルオロシアナ国民は自国の軍隊が日本を攻撃していることに憤りを隠せなかった。
前回のウルオロシアナ政府の一方的な理由のウグリャーノ侵略でウルオロシアナは悪とされ、完全な侵略もできずにウグリャーノの数々の都市を破壊し、犠牲になった大勢の自国の軍人とウグリャーノで犠牲になったウグリャーノの大勢の軍人と民間人達の命は何のための犠牲だったのか。
大統領が代わっても本質は変わらないのか…、と多くのウルオロシアナ国民は思うのだった。
日本で暮らすウルオロシアナ国民は嘆き哀しんだ。
それは自国にいる戦争に反対するウルオロシアナ国民も嘆いていた。
中には政府を憎む者もいた。
そんな中、日本の北海道、稚内に住む一部のウルオロシアナ人の若い夫婦が反戦を掲げて、これ以上の攻撃を止めさせようと日本にいるウルオロシアナ人に『人間の盾を作り、母国も日本も守ろう』と呼び掛けた。
これ以上悪になってほしくない自国への想いと、核をちらつかせる滅亡への道、同じ過ちを繰り返そうとしている政府への訴え、死をも覚悟で人間の盾になろうというものだった。
その若い夫婦の決意は、日本の自衛隊と変わらない自国への愛国心から来るものであった。
幸いなことに、北海道にはウルオロシアナ人が2万人ほどいた。
中でも稚内や根室にはたくさんのウルオロシアナ人がいた。
しかし、若い夫婦の呼び掛けに集まる人は居なかった。
それでも若い夫婦は反戦を呼び掛け、日本のテレビ取材を見つけては自国へと反戦のメッセージを送るのだった。
夜間交戦突入
夜の帳が落りてすっかり暗くなった稚内基地と稚内空港に、弾道ミサイル飛来のアラートが鳴り響いた。
晩御飯を食べていたパイロット達は、食事も途中で急いで準備を整えミーティングルームへと集まった。
二等空佐、伊上編隊長率いる千歳基地202飛行隊
F15パイロット20名。
二等空佐、小林編隊長率いる千歳基地203飛行隊
F35パイロット20名、新たに電子戦機1機。
三沢基地からは二等空佐の加藤率いる302飛行隊
F3 7機増援で、F3は10機となった。
応急修理を終えたウルオロシアナ空母艦隊は、搭載可能な航空機を呼び寄せた。最大搭載機45機のSu33を載せて再びオホーツク海から北海道へ向けて進みながら、戦闘機の発艦準備を整えつつあった。
日本の早期警戒機のレーダーとイージス艦「はぐろ」のレーダーには最初に映った2機のミサイルから、3機4機5機と増え合計6機の弾道ミサイルがレーダーに赤い点として映っていた。
続く…