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妹‥18【連載小説】クライムサスペンス 終

ハードボイルド  クライム・サスペンス


再開

神栄商事の事件解決後、新年を迎えて10日が過ぎた週末。

スナック「鈴の音」の壊れた店のリフォームは順調に終わり、琴音は事件以来、初めてのスナック「鈴の音」開店のため、佐久間由美と二人で開店準備をしていた。


『お店元通りになったね、ママ』

由美はタオルで手を拭きながら琴音を見た。

『由美ちゃん、ありがとね。あなただけでも残ってくれて嬉しいよ』

琴音は由美に笑顔を向けたが、その笑顔には寂しさが滲んでいるのを感じる由美。

『あの事件で女の子達辞めちゃいましたからね…。アタシも寂しいです』

『仕方ないわよね…。あんな事件があったんだもん…。由美ちゃん、少しの間アタシと二人だけど頑張ってね。新しい女のコ募集するから』

『はい、任せてママ』

琴音の言葉に由美は笑顔で応えた。

『由美ちゃん、亮介君はどうなるのかな…』

琴音の問い掛けに由美の顔が曇る。

回想

神栄商事との抗争が終わり、神栄商事の連中が居なくなった倉庫内で、亮介は新田興行の兼子に神栄商事の吉田から弁償代として須藤と一緒に巻き上げた800万と、神栄商事の神埼の金200万、合計1000万の金が入ったバッグを兼子に渡した。

亮介は兼子に、須藤を遠藤医院に連れて行ってほしいと頼んだ。

そして須藤は怪我の悪化で亡くなったと武藤刑事に伝える、と亮介は兼子に言った。

死んでも尚、須藤に罪を着せたくはない、という亮介の想いに、兼子は頷いた。

そして、神栄商事の倉庫内で一人になった佐久間亮介は、倉庫を出てラブホテル街でタクシーを呼び、ネカフェへ行きシャワーを浴びて服の汚れを落とせるだけ落として朝までネカフェで睡眠をとり、午前中にはチェックアウトでネカフェを出た。

亮介は、神奈川県警  所轄の武藤刑事にこれから出頭すると電話をかけ、タクシーを呼び警察へ出頭した。

しかし、その後の報道では警察によるギャングたちへの銃の避け流しで売り捌いた、警察の汚職事件に焦点を置き、大きな事件として報道して、須藤と亮介の名前が公に出てくることはなかった。

それは…須藤と亮介の情報により大スクープをモノにした新聞社の加藤と伊丹による、できる限りの配慮だった。

そして、警察署で会った佐久間由美に、兄の亮介に対し、事件解決への協力と大スクープを得られたことで、できる限りのバックアップをする、と新聞社の加藤は約束した。

ニュースを見る限り、加藤は由美への約束を守っていたのである。

慕情

『事件の解決に協力?』

琴音は由美に聞き返した。

『はい、警察署で会った新聞社の方がそう言ってました』

『事件の協力か…須藤さんらしいね…。そっか‥‥』

琴音は須藤のことを思い浮かべた。

『由美ちゃん、開店までまだ時間あるから休んでていいよ』

『はい』

由美の明るい返事を聞いた琴音はカウンターの中にある椅子に座って一息ついた。


一通りの準備を終えて、琴音は須藤専用のグラスと大きめのコースターを二つ取り出した。

一つのコースターの上に、指でつまんだ塩をパラパラと撒いて円を描いた。

グラスの飲み口を、半分に切ったグレープフルーツでなぞり、逆さまにして塩が散りばめられたコースターの上にグラスの飲み口を着けて置いた。

そしてもう一つのコースターをグラスの横に置いた。

伏せたグラスを持ち上げ、琴音は飲み口を上にしてもう一つのコースターに乗せた。

グラスの縁に適度な塩が付いていた。

それが須藤の好みの塩の量だった。

琴音はグラスに氷をいれ、ウォッカを注ぎグレープフルーツジュースで割った。

須藤がこの店でいつも飲んでいたソルティードッグをカウンターの端に置いた。

そこは須藤がいつも座っていた場所だった。

もう須藤が手にすることのないグラスを見つめる琴音の瞳は、見るみる潤み出した。

泣いたところで須藤が現れることは無いと分かってはいるが、泣かずにはいられない琴音。

カウンターに溢れ落ちた涙の雫に、琴音は須藤の面影を映すと溢れてくる感情を抑えられなくなった。

嗚咽を漏らす琴音の様子を見ていた由美が、琴音の気持ちを察して、優しく琴音を抱き締めた。

琴音は堪えきれず堰を切ったように泣き出した。

想心

この日の午前中の事…。

新田興業に新聞社の加藤真二から電話が入った。

既に年末に遺骨となっている須藤の事で話があるということだった。

新田興業の社長、新田竜二は快く承諾した。

そうして○○新聞社の加藤真二は、新田興業に出向いた。

『新田さん、今日、こうしてお邪魔したのは須藤克己の葬儀参列の承諾を頂きたいこと。それから須藤の眠る場所…俺に任せて頂きたい…というお願いに参りました』

身内のいない須藤の告別式は組をあげて行う予定でいた。

正月を挟んだため葬儀を遅らせることとなってしまった。

『加藤さん、葬儀参列は此方からもお願いしたい。しかし、あいつの眠る場所を任せろとは…どういう事ですかな?』

新田は穏やかな口調で加藤を見た。

加藤は15年前の須藤と自分の妹の事を新田に話した。

『須藤の中には、15年経った今まで俺の死んだ妹の事を忘れられずにいました。
 今回の事件に須藤が足を突っ込んだのも、佐久間由美の拉致事件が切っ掛けでもありました。須藤は由美という女性を俺の妹であり、須藤の婚約者でもあった裕子の二の舞にしたくない、と言っていました。
 須藤は…何れは俺の義理の弟になる筈でした』

『あぁ…なるほど‥あの時の事か…』

新田もその時の須藤のことはよく覚えていた。

『加藤さん、あんたの気持ちは分かった。兼子、お前は竜神会の時から須藤と一緒にいた兄弟分だ。お前はどうしたい?』

相席していた兼子は浮かない顔をしていた。

『どうした、兼子。不満か?』

新田はそう言って兼子の言葉を待った。

『すいません、加藤さんの気持ちは嬉しいですが、一言言わせてもらいます。
加藤さん、須藤の兄貴を何処で眠らせるんですか?もしかしたら裕子さんの傍でしょうか…』

『はい、そのつもりですが…よく分かりましたね』

『それじゃあ、琴音姐さんの気持ちはどうなるんでしょう…。俺は裕子さんのこともよく知っています。兄貴からよく聞いてましたから…。琴音姐さんの気持ちも俺は聞きたいです』

兼子はそう言って新田の顔を見た。

『そうか…。うん…。兼子、琴音さんの店が直って今夜から営業すると連絡が来た。俺は野暮用で行けないからお前行ってくれるか?琴音さんの気持ちを聞いてきてくれ。それからでも構わないかな?加藤さん』

『そうですね。その方が自分としても気持ちの整理がつきます』

『加藤さん、俺達の義理を通させてくれて申し訳ないです』

新田が加藤に頭を下げた。

それを見た兼子も慌てて加藤に頭を下げた。

『いえ、こちらこそ一方的に気持ちを伝えてしまった事、お詫びします。では、今夜「鈴の音」で‥』

加藤はもう一度頭を下げた。

朗報

琴音は感情のまま泣いて落ち着いたのか、気を取り直して涙で落ちた化粧を整えていた。

その時、由美のスマホの着信音が鳴った。

ディスプレイに表示された名前を見て外に出て着信ボタンを押した。

『もし~、美紀ちゃん何で辞めちゃったのよ』

「ごめんね~、ちょっと怖くなっちゃって…。由美ちゃん、いま何処?」

『お店だぞ~。お店も直ったし今日から営業開始だよ。ママと二人だけだけど…』

「そっか~、実はさ…お店に戻りたいな~って思ってるの。彩ちゃんも加奈ちゃんも妙ちゃんも今一緒。皆でママに謝りに行こうかと思ってるとこ。あの吉田って奴も死んだでしょ?」

『あー、美紀ちゃん、あのくそ野郎の名前出さないで、今、必死に忘れようとしてリハビリ中なんだから…』

「ごめんごめん、二度と口にしない。それでさぁ…アタシ達辞めちゃってママ怒ってる?」

『怒ってるような雰囲気は無いけど、戻るなら早い方がいいよ。ママ新しい女の子募集するって言ってたから…』

由美のスマホから美紀と加奈、彩の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

『由美ちゃん、助けて。ママに謝りたい。ママと由美ちゃんが一番怖い思いしてたのに、アタシ達が逃げてどうするって、三人で話したの。ママが許してくれれば戻りたい』

美紀は半泣きしてるような声で由美に助けを乞うのだった。

『分かった。ママに話してみる。また電話する』

由美は店内に戻り、琴音の傍に駆け寄った。

『ママ?ちょっとお話があるんですけど…』

由美はもじもじしながら琴音に話しかけた。

『なぁに?』

琴音はもじもじする由美を見て笑った。

『あの~、もし、もしもですよ?美紀ちゃん達がお店に戻りたいって言ったら…ママどう思いますか?』

そう言って由美は傍にあったカラオケマイクを琴音の前にインタビューするように差し出した。

『ははぁ~…いま外に出ていったのはその事ね』

琴音はニヤッと笑って見せた。

『う~ん…どうしようかな…』

琴音は悪戯っぽく笑って見せた。

『え~、ママお願いします。三人ともママに謝りたいって言ってました。ママとアタシが怖い思いしたのにアタシ達が逃げてどうするって言ってました』

『えっ、皆戻ってくるんだ』

琴音は正直嬉しかった。

『逃げたくなる気持ちは分かるけどね。ただ、こういうときは、けじめとして本人達から直接聞きたいな。だからお店に来るときの洋服を持ってお店に来るように言っておいて』

『わぁー、ママありがとう。早速三人に伝えます』

そう言って由美は外に飛び出して美紀に電話をかけた。

それから30分後、由美は店の入り口に「鈴の音」と書かれた小さなネオン看板を出して灯りを点した。

10分ほどで常連客が二人入ってきた。

『いらっしゃいませー』

由美の明るい声が店内に響いた。

それから数分後、兼子が舎弟三人を連れて店に入ってきた。

兼子を始め舎弟三人は、何時もとは感じの違うカジュアルな格好だった。

『いらっしゃい。なんか皆さん雰囲気変わった?』

琴音が四人におしぼりを渡しながら言った。

『えぇ、これからここに来るときは柄の悪い格好はしないようにしようと思って』

そう言って、兼子は照れ臭そうに琴音を見た。

『来てくれてありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね』

琴音は兼子達に満面の笑みを見せた。

その後もポツポツと客が訪れた。

その中には新聞社の加藤と伊丹、刑事の武藤も来店していた。

それぞれが琴音と由美に話したいことがあったのだが、店内の席は8割ほど埋まっていて、忙しく動き回る琴音と由美に話しかけるタイミングを失っていた。

そんなとき、美紀、加奈、彩の三人が店に入ってきた。

店内はざわざわしていたが、三人の女の子が入ってきたことで、ざわつきが一段上がった。

美紀、加奈、彩の三人は揃って琴音の傍に行き、頭を下げた。

こうして鈴の音は以前の姿を取り戻した。

女の子三人が来たことで、琴音はカウンターの中に入った。

兼子は舎弟三人をボックス席に残し、カウンター席に腰かけた。

加藤と武藤もカウンター席に腰かけた。

『皆さん、何かお話がありそうですね』

琴音は事件に関わっていた顔ぶれで察した。

『俺は由美さんに話があって来ました。仕事の延長では無いです』

武藤は頭を掻きながら言った。

『俺とこちらの加藤さんはママに話があって来ました』

『あら、良い話かしら?もう少し待ってくださいね。由美ちゃん、ちょっと…』

『はーい』

琴音に呼ばれて由美がカウンターに入った。

『刑事さんがお話があるって』

琴音は小声で由美に耳打ちした。

『あ、はい…』

由美の顔が一瞬曇った。

『いらっしゃいませ。お話って何のことですか?』

由美は、カウンターに座る武藤の前に着いた。

『そんな不安な顔しないでください。良い知らせですから』

武藤は穏やかな口調で言った。

『良い知らせ?ですか?』

『忙しそうなので手短に話します。あなたのお兄さん、来週には釈放されます』

『本当ですか!』

由美の顔が一瞬で笑顔になった。

『はい。最初の事件で被害届を出した人物が行方不明でして…。お兄さんは、最初の事件で訴えられていましたから、その届け出をした人が行方不明でどうにもならない状態なのです。
 だから来週には証拠不十分で釈放になります。お兄さんと須藤さんのお陰で最近成り上がってきた悪党達を捕まえる事もできましたから…。
 この事はここだけの話にしておいてくださいね。私の言いたいことはそれだけです。レモンサワー貰えますか?』

『はい!』

由美は明るい声で返事をしてレモンサワーを作り始めた。

そして由美は琴音に武藤に言われたことを耳打ちした。

琴音も大喜びで由美を抱き締めた。



それから、客の出入りが落ち着いてきたとき、兼子はカウンター席で琴音に声をかけた。

『ママ…ちょっといいかな…』

『はい、この洗い物終わったらお話聞かせてください』

『分かりました』

兼子と加藤は琴音の洗い物が終わるのを待った。

紅涙

『はい、終わり。お待たせしました』

『お疲れ様です。あの…こちら◯◯新聞社の加藤さんと伊丹さんです』

兼子は加藤を琴音に紹介した。

『琴音です。えーと、ここは始めてですよね?』

『加藤です。こちらの店は初めてです』
『伊丹です。自分も初めてです』

加藤と伊丹は、そう言って名刺を取り出し琴音の前に差し出した。

琴音は両手で名刺を受け取り加藤を見た。

『加藤真二さん…良いお名前ですね。伊丹さん、ゆっくりしていってください』

琴音はその場を繕った。

『ありがとうございます。実は、今日お伺いしたのは須藤克己さんの事でお話がありまして…』

琴音の思っていたことだった。
兼子が居ることでそれは何となく察していた。
絶対泣けない、泣かない、と気持ちを奮い立たせる琴音。

『須藤さんの事と申しますと?』

『はい、私には15年前、須藤さんと婚約関係であった裕子という妹がいました。その妹は自殺して亡くなりました。それ以来、須藤さんは妹の命日には毎年欠かさず妹の墓に花を手向け手を合わせてくれていたんです…』

琴音には始めて聞く須藤の事だった。

『そうでしたか…』

琴音はそれだけ言って黙った。

『妹が生きていれば、須藤さんは私の義理の弟になる筈でした。今回、須藤さんが亡くなって身寄りが無いことを知りまして、うちの墓の横に須藤さんの墓を建てようと思っていますが…琴音さんの意見を聞きたいと思いまして…』

琴音は加藤の話に戸惑いを見せた。

『私がどうこう言える立場ではありませんけど、須藤さんの心にずっと…ずっといた人の傍に居られるなら…須藤さんも嬉しいのではないのでしょうか…』

そう言って琴音は堪えきれず、大粒の涙を溢した。

『やだ…アタシ何で泣いてるんだろう…ごめんなさいね、お見苦しいところをお見せしちゃって…』

『もしかしたら、須藤さんのお墓とか考えていました?』

加藤がその場を取り繕うとした。

『考えていなかったと言えば嘘になります。須藤さんに身寄りがないのは知っていましたから…。ただ、もうあの人が居ないんだっていう想いが強くて…。
 何処のお墓なのですか?私もお参りしたいです。私もずっとあの人のこと思っていたいから…。このソルティードッグ…あの人のために作ったんです』

琴音は、兼子が座る一つ空けたカウンターの端に新しく作り直したソルティードッグを兼子と加藤に見せた。

『これ、兄貴のだったんだ…』

兼子がポツリと呟いた。

『ママ?お兄ちゃんが出てきたら、みんなで須藤さんのお墓参りしましょうよ。四十九日ももうすぐだし…ねっ?武藤さんも兼子さんも加藤さんも、お店の女の子みんなで須藤さんに会いに行こう…アタシ須藤さんに会いたい…』

話を聞いていた由美は、涙を溢しながらも健気に笑顔を見せていた。

『そうだね…みんなで須藤さんに会いに行こう。須藤さんと亮介君はみんなのヒーローだもんね』

琴音の言葉に武藤、加藤も伊丹も兼子も頷いた。

そのすぐ後に、店内にカラオケが流れ始めた。

その時、カウンターの端に置かれたソルティードッグが注がれたグラスの氷が動いたのを、琴音は穏やかに静まって行く気持ちで見ていた。。



あとがき

ハードボイルド クライム・サスペンス【妹‥】
楽しんでいただけたでしたでしょうか?

皆様のスキに支えられながら、無事に最終回を迎えられました♪

ありがとうございました😊


事件の発端、その事件を解決していくにつれてせめぎ合い混じり合う心。暴力的に描きながら垣間見る男達の心情をスピード感のあるストーリーにしてみました。その中に絡む女の情。
佐久間亮介と妹の由美に関わる人物の心と臨場感を出せるように書いてみました。

須藤さんと亮介はヒーローだ♪

私自身気付かない誤字脱字もあったかもしれません。読みにくいところもあったかもしれませんが、そういったところに気を付けて、これからも色々なお話を書いていこうと思います♪

皆様、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

            
 安桜芙美乃


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