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天使の仕事…【短編小説】



序章

私はオリンポス十二神に支える天使。

名前はエヴリル。

歳は天界の数えで16歳。

でも、二千年近く天界にいる。

そして、ようやく私は天使になれたの。まだ見習いだけどね。

私は毎日ペガサスと共に月にいる。そして地球に落ちていきそうな星の欠片を見つけては、ペガサスに乗り追い掛けて、燃え尽きる前の小さくなった星の欠片を取ってるの。

そして、その欠片に込められた願い事を叶える仕事をしているんだ。

でもね、物欲的な願い事は却下。

それはそれで、物欲専門の天使がいるから、運良くその天使に願いを込めた星の欠片を取ってもらえたら、願い事が叶うかも知れないけどね。

ただ、それは願い事を叶える順番が来るまで何年掛かるかわからないけど…。

私の場合、誰かに逢いたい、という再会を専門に願い事を叶えているの。

そして、それは二度と逢えなくなってしまった人との再会を専門にしてる。

これからお話しするのは、15年前に願いを叶えてあげられた私の記憶に残る人のお話です。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


願い主とペガサス


底冷えのする12月。

とっくに陽の落ちた夜8時。

空には雲一つなく星は瞬き、今まで自分がいた月は、白く冷たい光を放っていた。

私は人知れず、それほど大きくない川沿いの道へとペガサスに乗り舞い降りた。


『よしっ、着いたぞ~。ここに居れば願いの主が来るはず…』


私はペガサスの長くしなやかな首を撫でた。


『ありがとう、ペガサス。あなたは月に戻って待ってて。願い主とお話が終わったら迎えに来てね』


ペガサスは、自分の顔を私に刷り寄せてきた。

この仕草がとても可愛い。

そして、ペガサスは折り畳んでいた翼を広げた。

綺麗に整った羽は、広げると両翼の端から端までの長さは6メートルを少しこえていた。

ペガサスは、もう一度私に顔を刷り寄せた。

そして、5~6メートル助走してからペガサスは地面を軽く蹴った。

ペガサスが翼を2回ほど羽ばたくと、瞬く間に夜の空へ消えていった。


『さてと…願いの主がもうすぐ自転車に乗ってここを通るはず…』


ペガサスに乗っているときに、私は願い主を確認していた。

数分して、遠くの方に小さな灯りが見えた。


『きたきた…私の読みが正確なら願い主は私の前で止まるはず…』


私は、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

徐々に灯りが近付いてきた。

そして、私自身が自転車の灯りに照らされたとき、自転車は大きくよろめいた。

そして、猛ダッシュで離れて行き少し離れたところで止まって、私を見ているようだった。


『やばっ、脅かしちゃったかな…そのまま帰らないでよ~、願い主さん…』


ほんの少し間をおいて、自転車に乗った願い主が私の方に戻ってきた。

再び私の身体は自転車のライトに照らされた。


『どしたの?こんな寒空にこんな暗いとこで独りでいるなんて…突然人影が見えたからビックリしちゃったよ…何かあったの?』


私の読み通り願い主から声をかけてきた。


『驚かせちゃってごめんなさい。わたし、お姉さんを待ってたの』


自転車に乗った願い主はキョトンとした顔でライトに照らされた私を見ていた。


『お姉さんて…私のこと?』

『はい』

『え~…どうして?』

『お姉さん、だいぶ前に流れ星にお願いしたことがあるでしょ?』


私の言葉に願い主は眉をしかめた。


『うん…何度かお願いしたことはあるよ…』

『そうだよね。だから私はお姉さんの願いを叶えに来たの』


願い主の顔がちょっと困ったような顔になった。


『もぉ…大人をからかわないの!そんな時間あったら、お家に帰って勉強しなさい!こんな暗いところに一人でいたら危ないんだからね!』


願いの主は、そう言うと自転車の向きを変えて帰ろうとした。


『ちょっと待って、お姉さん。
私はお姉さんが流れ星に込めた、「お姉ちゃんに逢いたい」っていう願いを叶えに来たの。
 とにかく、お姉さんはこれを持っていて。
絶対捨てたりしないでね。
今夜零時にお姉さんを必ず迎えに行くから。
そしてお姉さんの願いを必ず叶えてあげる』


そういって私はお姉さんの願いが込められた星の欠片の片割れをお姉さんに渡したんだ…。


『わかったよ。一応もらっておく。私の願い事知ってるみたいだし…ていうかなんで知ってるの?』

『それは後で教えてあげるよ』

『OK、じゃあ…半分信じて待ってるよ。私も…出来ることならお姉ちゃんに逢いたいし…』


願い主は寂しそうに空を見上げた。


『必ずお姉さんのお姉さんに逢えるから…約束する。だから、お姉さんに渡した小さな石の欠片…絶対に無くさないでね』

『わかったよ。大切に持ってる。まだ半信半疑だけど…あなたを信じてみる。私は美香、あなたの名前も教えてくれる?』

『ありがとう美香さん。私の名前はエヴリル。必ずお姉さんのお姉さんに逢わせてあげる。約束する』


私は、そう言いながら右手の小指を差し出した。

違う願い主に教えてもらった約束の仕方を、今回の願い主である美香さんに見せた。

美香さんも小指を伸ばして、私の小指と繋がった。


『エヴリル…か…日本人じゃないの?』

『私は、どこの国の人でもないよ。後で教えてあげる』

『そっか…わかったよ。エヴリルって不思議な子だね。高校生くらいなのに、なんか…凄く色っぽいし…。特にその艶のある唇がとても色気があるな~…』


美香さんは、自転車のライトにうっすら照らされている私の顔を見ていた。


『やだ美香さん…私はまだ16歳なんだよ?』

『16歳でその色気か~…私も見習わないと…エヴリルが大人になったら、女神様~って男達がすり寄ってきそうだね』

『そんな…女神様になれるなんて…とんでもない…』

とか言っちゃった私だけど…いずれは女神様になりたいと思ってる。

でも、あと数千年はかかるとおもう。


『…じゃあ、美香お姉さん。後で迎えに行くから待っててね』

『そうそう、待って。お家まで一緒にいくよ。こんな暗い道、独りじゃ危ないし…』

『ほんとに?でも遠いよー?』


私は悪戯っぽく笑いながら言った。


『…そんなに遠いの?』

『うん。例えば、お姉さんの自転車が空を飛べるとしても、行けないところ。それに私には頼りになる相棒がいるから心配しなくて大丈夫だよ』

『あっ、誰か待ってるんだ。なら大丈夫かな?』

『うん、大丈夫よ。心配してぐれてありがとう』

『わかった。じゃあ気を付けて帰ってね』

『じゃあ、美香さん。後で迎えに行くね』


私は、そう言って暗い道を美香さんが来た方向へ走り出した。

遠くの空に流れ星のような光が見えた。


『あっ、ペガサス…来てくれたね』


私は後ろを振り返り美香さんが見えなくなったのを確認して、その場に立ち止まった。

ペガサスが翼を目一杯広げて、静かに私の前方に降り立った。

目一杯翼を広げて降り立つペガサスの姿は、いつ見ても優雅に見える。

私の素敵な相棒…。


『迎えに来てくれてありがとう、ペガサス』


私は、ペガサスのしなやかな首に抱き付き撫で回した。

ペガサスは、私が背中に乗る時には首を下げて、前足を曲げて、身体を低くして私を乗りやすくしてくれる。

私がペガサスの背中に落ち着くと、ペガサスは立ちあがり翼を広げた。

真冬の12月の寒さに、冷えていた私の身体は温かさに包まれた。

ペガサスは温かな空気のベールに包まれていて、空高く舞い上がり、宇宙へ行っても温かな空気はそのまま私とペガサスを包み込んでいる。


『ペガサス…月に行こう』

ペガサスの首を撫でながら私が言うと、首を上下に振った後ペガサスは5~6メートル助走して地面を軽く蹴った。

ペガサスが翼を羽ばたかせると、瞬く間に地球を見下ろす高さまで上がった。

凄まじいスピードは神の力。

そして私は風を受けることもなく、衝撃もほとんど感じない。

飛んでいるとき、ペガサスの足だけは絶えず動いているけど、私には水の上を滑っているような感覚しかない。

そんな状態で、私とペガサスは月へ降り立った。


『お疲れ様、ペガサス。
今日の願い主さんは、とてもいい人だよ。
今夜は、ちょっと遠い所に行くから少し休もう。
銀河系の真ん中近くまで行くんだよ。
でも、あなたならそれほど時間は掛からないと思うけどね』


私は、ペガサスの首に抱き付き目を閉じた。


懐中時計


暫くして目を覚ました私は、肩から掛けている小物入れの中から時計を取り出した。

細いチェーンが付いていて、蓋の付いた丸い時計。

懐中時計というらしい。

50年ほど前に、願い主の方から戴いたもの。

戦争で亡くしたご主人に逢いたい、という願い事だった。

その時は、たしか…Taurus(おうし座)に行った。

願い主の方は年配の女性だった。病気で寝たきりだったけど、再生の天使にお願いして数時間だけ動けるようにしてもらった。

そして、願い主さんにペガサスに乗ってもらい、おうし座の星の一つ、アルデバランに行ってご主人と再会を果たした。

願い主の女性は涙を流して喜んでいたんだ。

そして、もう思い残すことはない、と言って…

お礼だよ、と言いながら私にこの時計をくれた。

今までに、何度か動かなくなったことがあったけど…その都度、再生の天使にお願いして直してもらっている。

今でも時計は、ちゃんと動いている。

願い主さんから時計を戴く前は、月から見た星の位置や地球の陰り具合なんかで時間をみてたから、当時は願い主に、ハッキリと時間を告げなかった。

ただ、願い主に渡した流れ星の欠片の片割れが光だしたら、私が迎えに来ると思って下さい、とだけ告げていた。

だから、石が光る前に寝ちゃう願い主さんもいて、当時は大変だった。

この懐中時計を持つようになり、願い主を迎えに行くときの時間をハッキリと告げられるようになってからは、皆石が光るまで半信半疑ながらも寝ずに私を待っていてくれるようになった。

そして、今回のお話の願い主、美香さんも半信半疑ながら待っていてくれた。


神の領域


月の上で目覚めた私は、懐中時計を見て時間を確かめた。

地球という星の中の、日本という国の時間に時計を合わせていた。

11時30分…。

『さてと…ペガサス。そろそろ願い主の所に行こうか…』


相棒のペガサスは嬉しそうに首を上下に振り、翼を広げて3回羽ばたいた。

ペガサスは、走ることより飛ぶことが大好き。

流れ星を追い掛ける時はとてつもないスピードを出している。

私が燃え尽きる前の星の欠片を取ると、両翼を目一杯広げてスピードを落としていく。

そして星ぼしを巡るときは神の力を見せてくれる。

私の素敵な相棒の翼を広げたペガサスは、とても優美。

そんなペガサスと私は月を離れ、今夜の願い主である美香さんの所へ向かった。

日本という国の形が、見るみる近付いてきて横浜という町の上空に差し掛かったとき、私が持つ星の欠片が光だした。

緑色の細い光の帯が私の持つ星の欠片を照らしていた。


『美香さんに渡した石が導いてる…』


私は光の帯を辿った。

そのまま、光の帯を辿ると3階建ての白い建物の2階から光が届いていた。

白い建物に近付くと、2階の窓際に願い主の姿が見えてきた。

願い主である美香さんだ。

美香さんは目を丸くして私とペガサスを見ていた。

そして美香さんは窓際のカーテンに隠れてしまった。

私とペガサスは、美香さんの2階の部屋のベランダのすぐ横で立ち止まった。

美香さんは、カーテンに隠れたまま顔だけピョコっと出して、また慌てるように隠れてしまった。

まぁ、このくらいの事は私の想定内。

だって、2階のベランダの外に馬に乗った私が宙に浮いてるんだもん。

しかもペガサスだから翼もある。

翼のある馬が女の子を背中に乗せて宙に浮いてれば、誰でも腰を抜かすとおもう。

幸い、美香さんは起きていてくれた。

寝てしまった人を起こすより楽チン。

私は、カーテンに隠れている願い主である美香さんの心に呼び掛けた。


『美香さん、私だよ。エヴリルだよ。あなたを迎えに来たの。ベランダに出てきて下さい』


すると、願い主の美香さんは顔だけピョコっと出した。

私はペガサスにまたがったまま、左手に緑色に光る石を持ち、右手で手を振った。

美香さんは、テーブルの上に置いてある、私が預けた小さな星の欠片と私の左手を交互に見ていた。

そして、ようやく美香さんは窓を開けてくれた。

『エヴリル?エヴリルなの?』


美香さんは私に話しかけてきた。


『そうだよー。美香さんを迎えに来たの。私が預けた小さな星の欠片を持って私の後ろに乗って下さい』

『あっ、この光ってる石ね。少し前から緑色に光だしたからびっくりしたよ…爆発したらどうしよう…とか思っちゃった』


そう言いながら、美香さんはテーブルの上で光っている石を手に取ろうとして、私の方を振り向いた。


『どしたの?』

『いや…この石熱くない?』


どうやら光ってるので熱いと思ったらしい。


『大丈夫よ。熱くないから』


私は笑いながら言ったら、美香さんは指で小さな石をツンツンつついたあと、熱くないと解ったのか、指先で星の欠片をつまみ上げてハンカチに包んだ。

そして、ベランダに出た途端…


『ひゃ~~寒っ!』


美香さんは、パジャマ姿だった。


『早くペガサスに乗って。ペガサスに乗れば全然寒くないから』

『わかった、ちょっと待って。ヒーター消してくる』


そう言って、美香さんは部屋に入り、すぐに出てきた。

窓を閉めた美香さんは、ベランダの手摺に足を掛けてペガサスの背中に這いずるように上がってきた。


『ワァー、凄い!本当に温かい!ペガサスって本当にいたんだねー♪私、空想の生き物だと思ってた』

『うん、この子が、さっき話した頼りになる相棒だよ♪』

『そっかー。あなたがエヴリルの相棒だったんだ。この子名前は?』

『名前は…そのままペガサスだよ。頼りになるし頼もしい男の子なの』

『そっかー。ペガサス?今日は何処に連れていってくれるのかわからないけど、よろしくね』


ペガサスは美香さんの言葉に反応して、首を上下に振った。


『ふふっ♪ペガサスは美香さんのこと気に入ったみたいだよ』

『本当に~?なんか嬉しい♪ペガサス、ありがとう』


そして、美香さんは何気無く下を見て…。


『うっ、浮いてる…。エヴリル、私達浮いてるー♪凄いー』


美香さんは、子供のようにはしゃいでいた。


『これから、もっと凄いもの見られるよ』


私は、後ろにいる美香さんに振り向いて笑顔を見せた。


『んー、やっぱりエヴリル色っぽい…。その艶やかな唇がなんとも…んー…やっぱりエヴリルは女神様だ♪』


何故か照れてる美香さんだった。

そう言われた私も、何故か照れてたのだ。


『じ、じゃあ、美香さんのお姉さんに逢いに行こー。ペガサス!お願い!美香さんは私の背中に掴まってて!』


そう言って、私はペガサスのしなやかな首をやさしく撫でた。

ペガサスは宙に浮いたまま向きを変えて翼を広げた。

そして、翼を広げたままペガサスは走り出した。

ある程度勢いがつくと、ペガサスはそのまま地面に向かっていき、地面に足を着いたかと思うと、力強く地面を蹴りあげた。

そして、翼を羽ばたかせてから月へ向かって一直線に夜空を駆け上がっていった。


瞬く間に地球を離れ、月が見るみる近付いてきて、ペガサスは月の引力に任せて、更にスピードを上げて月に向かっていった。

そして、月の表面を掠めるように、ペガサスはもう一度力強く月の表面を蹴りあげた。

更にスピードを上げて宇宙空間へと飛び立った。


『凄い凄いー♪ジェットコースターみたいー♪ねぇエヴリル、今の…一瞬だけ降りたとこって、もしかして月?』

『そうよ。私とペガサスがいつもいるお月様だよ』


私は美香さんに振り向き応えた。


『えっ?いつも月にいるの?どういうこと?エヴリルってどういう人なの?』

『そうだね…そろそろ全部お話しないとね。私は天使なの。オリンポス12神に支える天使なの。まだ見習なんだけどね…』

『天使…か…なんか物語の世界みたい…まぁ…夢の中の事だから何でもあり♪』

『美香さん?これは夢じゃないの。
現実よ?美香さんのいる地球の殆どの人は、偉大なゼウス様や女神様、そしてアポロン様やポセイドン様の神々は空想のお話だと思ってるはず。
 でも、実際は実在するの。
そして、私達は12神のいる天界からの使い…天使にもそれぞれ役割があって、人を守るもの、動物を守るもの、人々の争いを収めるもの、沢山役割があるの。その中で私は願い事を叶える天使。
 そして、私のするべきことは、天に召された人達に現存する人達の【逢いたい】という願いを叶えてあげることなの。
 それは、流れ星に託された願いだけ。
私は、そういう願いの込められた流れ星の欠片を取って、願い主を探して、順番に願いを叶えていくの。
そして、美香さんの順番が来たのよ』


私は振り返り美香さんの顔を見た。

美香さんは難しい顔をしていた。


『私は、やっぱり夢を見ているんだろう…』


美香さんは独り言のように呟いた。


『美香さん?これは夢じゃないの…。
いま宇宙に居るのも本当。
私が再会の天使ということも本当。
 そして、天に召された人は、自分の誕生月の星座に行くのよ。
そのために12星座というのがあるの。
 美香さんのお姉さんは12月生まれでサジタリウスという星座の中の一つにいるの。
美香さん達の言葉では射手座だよね?』

『そうだけど…エヴリル…夢の中じゃなきゃ、ペガサスに乗る天使と一緒に宇宙空間に居るなんて信じられないよ…』

『夢じゃないよ。ほら、あそこ見て?大きな星が見えるでしょ?あれは美香さん達の言葉では木星という星。現実に今、私達は宇宙にいるのよ』


美香さんが私の指差す方向を見ていた。

木星は、あっという間に近付いてきた。


『ぶ、ぶつかるっ!エヴリルっ!ぶつかるーっ!』

美香さんは私の背中にしがみついていた。


『大丈夫よ、美香さん。ペガサスと私達は木星の引力に引っ張られてるの。ペガサスは、この引力を使ってもっともっとスピードを上げていくよ』


サジタリウスとミルキーウェイ



ペガサスは、ぐんぐん速度をあげていった。

そして、木星を覆っているガスを掠めるように水平に飛んでいき、ペガサスは、たちまち大きな木星を飛び越えていった。。

遠くに見える星が流れるように見えていた。

綺麗にリングを纏った土星が、楕円形に歪んで見えていた。


『美香さん。ペガサスは光の速度を越えてるよ♪この早さなら射手座の星の一つ、ルクバトまでもうすぐよ』

『ルクバト?』

『うん、射手座の膝の辺りの暗い星なの。美香さんのお姉さんは、そこにいるの』

『…本当にお姉ちゃんに逢えるの?』


美香さんは不安な顔をしていた。


『もちろんよ。必ず逢える…ほら、美香さん見て?銀河の渦の中心が見えてきたよ。あの中心の側にサジタリウスがあるの』

『すごーい!ミルキーウェイだー!綺麗ねー』


美香さんの瞳が銀河の光で輝いていた。


『美香さん…その、ミルキーウェイって何?』

『えっ?エヴリルは知らないんだ。
エヴリルの前で言うのはちょっと気が引けるけど…教えてあげるね。
 全能の神ゼウスが浮気をして出来た子供がヘラクレスなんだって。
そして、ゼウスには女神である奥様のヘーラー様がいる。
 だけど、ヘーラーはゼウスの浮気相手の子供、ヘラクレスを良く思わなかった。
だけど、ゼウスはヘラクレスに不死の力を与えようと、妻である女神、ヘーラーのお乳を、ヘーラーが眠ってる時に飲ませようとしたんだって。
 だけどね、ヘラクレスは赤ちゃんの時から力が有り余ってた。だから、女神様のお乳を吸う力も強いから、女神様は痛くて目が覚めたら、ゼウスの浮気相手の子供、ヘラクレスが自分のお乳を吸っていたからサァ大変。
 女神ヘーラーはヘラクレスを突き放したんだって。
そうしたら、女神様のお乳がビューって飛び散って空に天の川と呼ばれる銀河の渦が出来て、それをmilkywayと呼ぶようになったんだって。
 女神様のお乳は不死の力を持って、天の川をつくる。
凄いよね♪エヴリルも女神様になったら不死の力を持つお乳ができるのかな…?』


私は顔が熱くなるのが自分でもわかった。
そんな話は初めて聞いた。
ゼウス様が浮気性なのは噂で聞いていたけど…、女神のお乳にそんな力があるのは知らなかった。


『ねぇ、美香さん?そのお話ほんとなの?』

『どうかなー?これはギリシャ神話の一つの作り話だとは思うけどね♪
 でも、エヴリルの居る所では、ギリシャ神話に出てくる人達が居るんだよね?もしかしたら、作り話じゃなくて、本当の事かもよ?
 だけど、エヴリルが知らないなら…女神の最高機密かもね?』

美香さんは笑いながら言った。


『女神様のお乳は不死の力…女神様の秘密だったら大変だから、皆には内緒で覚えておこう…』


私は、ぼそぼそと独り言をいった。

ちょうどその時、ペガサスがスピードを落とし始めた。


『あっ、美香さん。そろそろ着くみたいよ』

『何処?どの星?』

『ほら、正面に見える少し暗い星がルクパトよ』


青白く光る星が見るみる近付いてきた。

そして、ペガサスと私達はその星の一画に降り立った。


ルクパト


辺りは白く濃い霧のようなものに包まれていて白く太い柱が二本建っていて宮殿のような建物がうっすらと見えていた。


『美香さん、着いたよ。ここであなたのお姉さんに逢えるの』

『エヴリル…私の髪の毛乱れてない?』



美香さんは髪を頻りに手で撫でていた。



『大丈夫よ。乱れてないし、とてもきれいよ』

『お姉ちゃん何処にいるの?』

『もう、近くに居るはずよ…。その前に…美香さんに約束してほしいことがあるの』


私は振り返り美香さんを見た。


『約束?わかった…どんな約束なの?』

『うん、美香さんのお姉さんは、私達の目の前まで来れるの。だけど…美香さんは、絶対にお姉さんに触れてはだめ。ペガサスから降りる事もできない。
これだけは絶対に守ってください…』

『うん、わかった。約束する』


美香さんは左手を私の方へ伸ばし小指を出した。

私も小指を伸ばし約束の指切りをした。


『約束よ♪じゃあ美香さん、お姉さんを呼んでみて』

『大声で?』

『うん』

『わかった…』


美香さんは気持ちを落ち着けているのか深呼吸を二回だけしていた。


『お姉ちゃーん!正美姉ちゃーん!』


美香さんが叫んだあと、私と美香さんは耳を澄ました。


『美香さん、もう一度…』


美香さんは頷いてもう一度お姉さんの名前を呼んだ。


『マミ姉ー!正美姉ちゃーん!』


私と美香さんは耳を澄ました。


『美香?美香なの?』


美香さんのお姉さんの返事が聞こえた。


『お姉ちゃん!お姉ちゃん!マミ姉ちゃん!美香だよー!何処にいるの?』


お姉さんの声を聞いた美香さんは、突然泣き出した。そして泣きながらお姉さんの名前を呼んでいた。

白い霧の中に青い服を着た女性の姿が見えてきた。

その女性の姿が少しずつはっきりと見えてきた。


『綺麗な人…』


整った顔立ちの髪の長い女性だった。


『お姉ちゃん…』


美香さんはそう言って声を詰まらせた。


『美香!美香ー!』


美香さんのお姉さんが走り寄ってきた。


『お姉ちゃん…逢いたかった…』

『あたしもだよ…本当に逢えると思わなかった…』

『…なんで…なんで私を独りにしたのよ…どんなに哀しかったか…どんなに寂しかったか…なんで私も一緒に連れてってくれなかったの?』

美香さんは、子供のように泣いていた。


『美香…独りにさせちゃってごめんね…あたしも寂しかったよ…。とても哀しかった…。
でも…私にはどうすることも出来ないし、ただ、自分を受け入れることしか出来なかった…。
でも…本当に美香に逢えると思わなかった…』

『うん…ここに居る天使のエヴリルが…私の願いを叶えてくれたの…』


美香さんは子供のように泣きじゃくりながら私の髪を撫でていた。


『あたしも天使が美香を連れてきてくれるから、ここで待っているように別の天使から言われてたの…』


美香さんは、私を後ろから抱き締めたまま、ありがとう、ありがとうと言って泣いていた。


『天使エヴリル…妹に逢わせてくれてありがとう…』


お姉さんが私に頭を下げてくれた。

私はこの時、胸が熱くなるのを感じた。

そして、お姉さんはとても優しい眼で美香さんを見詰めた。


『美香…髪伸びたね…あたしより長くなったじゃない』


お姉さんは、美香さんに触れようとしては躊躇していた。

別の天使に、美香さんに触れないよう固く注意されていたのだろう。


『うん…お姉ちゃんみたいに長くきれいに伸びたでしょ?』

『そうだね…すごく綺麗だよ…』


お姉さんは、無意識に美香さんの髪に触れようとして、気が付いたように、すぐに手を引っ込めた。


『それより、お姉ちゃん…何でまだ、あの時のままの洋服着てるの?』


青色のワンピース…所々破れていたり、解れていた。


『うん…ここには着替えも無いしね…それに、今以上汚れもしないし破れもしないの…髪も伸びないし…あたしの時間が止まった証拠ね…』


お姉さんは、そう言いながら、服の解れを気にしていた。

そんなお姉さんを見ていた美香さんは、涙を拭いながら自分の着てるパジャマを脱ぎ出した。


『美香さん!何してるの?危ないよ…ペガサスから落ちちゃうよ…』


パジャマの上は簡単に脱げたが、下を脱ぐときにペガサスから落ちそうになり、ペガサスが自分の翼で美香さんを支えた。

そして、ようやく脱げたパジャマの上下を手に持った。


『ねぇエヴリル…このパジャマをお姉ちゃんに渡してもいい?』

『美香さんからは直接は渡せないけど…私が渡すなら大丈夫よ』

『じゃあ、エヴリル。このパジャマお姉ちゃんに渡してほしいの…』

『うん…わかった』

美香さんからパジャマを受取り、私はお姉さんに差し出した。


『ありがとう美香、エヴリル。でも…美香は下着だけで寒くないの?』

『大丈夫よ。ペガサスの上はとても温かいの』

『そうなんだ…ここはとても寒いところなんだ…』


お姉さんは、そう言って美香さんのパジャマを頬に当てた。


『温かい…美香の温もりと香りがする。懐かしい…』


お姉さんは、そう言って大粒の涙を溢していた。

お姉さんの涙には、美香さんに逢えた嬉しさと、寂しさ、そして哀しみと、どうしようもない切なさが入り交じっていた。

そして、お姉さんの気持ちが私の心に伝わってきて、私も堪えきれず涙が溢れてきた。

私は、自分の涙を指で拭い、すぐ傍にいるお姉さんが待っている美香さんのパジャマに涙の滴を染み込ませた。


『エヴリル…今、何をしたの?』


お姉さんが涙を溢しながら私を見て言った。


『うん。天使のおまじないをかけたの。
天使の涙には、人が触れると幸せになれると言い伝えがあるの…。
だから…お姉さんが生まれ変わったとき、来世で幸せがたくさん来るようにおまじないをかけたのよ』


私は、涙を溢しながらも美香さんのお姉さんに笑顔を見せた。


『そういうことか…。エヴリル…ありがとう…貴女の気持ち、とてもうれしい…』


お姉さんは笑顔になり、私に伝わるお姉さんの気持ちが少し明るくなった気がした。


『お姉ちゃん、早くパジャマに着替えて!
そうすれば夢の中に出てくるお姉ちゃんも、そのパジャマで出てくるようになるかもしれないから…』

『わかった…』


そう言って、お姉さんは辺りをキョロキョロ見回した。


『大丈夫よ、お姉さん。ここには私と美香さん、そしてお姉さんの3人しか居ないから。
あっ、ペガサスは男の子だからちょっと横向いててね♪』


私は、ペガサスの首を撫でた。

ペガサスは、私の言葉に反応して照れくさそうに横を向いた。


『ふふっ、ペガサス可愛い。ごめんね、ちょっと横向いててね』


お姉さんは、ペガサスに声を掛けながら青いワンピースを脱いで美香さんのパジャマに着替えた。


『温かーい』

『二人で暮らしてた時のお姉ちゃんだ…ねぇ、エヴリル…お姉ちゃんを連れて帰ることできない?』


パジャマ姿になったお姉さんを見て、美香さんがお姉さんを連れて帰りたい、と言い出した。


『それは出来ないよ…。
もし、お姉さんがこの星を出たら…この星を離れた瞬間に消滅してしまうわ…。私達がこの星の地に足を着いても同じ…。
 私達も瞬時に消滅してしまうの。
ほら見て?ペガサスもこの地には足を着いていないの。お姉さんを連れて帰りたい気持ちはわかるけど…』

『ほんとだ…ペガサスは、ずっと浮いてたんだ…』

『うん…人に与えられた星座に、命あるものは足を踏み入れてはいけないの。
この、ギリギリの境界線まで来れるのは、私を含む再会の天使と新命の天使だけなの』

『美香?エヴリルを困らせないの!
来世というのが本当に有るのなら、私は本当に幸せになれると思う。
エヴリルの天使の涙を纏ってるんだもん!ねっ、エヴリル!』

『わかってるよ。無理なお願いだとは思ってたけど…ちょっと言ってみただけ…ごめんねエヴリル…』

『うん…お姉さんには、必ず来世が来る。
それは、まだまだ先の事かも知れないし、すぐかも知れない。
 それは大天使様が決めること…そして何時か…新命の天使が迎えに来てくれるわ…。
いつの日かお姉さんは、自分の身体を離れる時が来るの。
 そうなったら新命の天使が迎えに来るのが近いと思って待っててね』

『わかったよ…エヴリル…。私は、その時を楽しみに待ってます。その時が来るまでは、私は…ここで美香を見守ってる…』


美香さんとお姉さんは、お互いの顔を目に…記憶に焼き付けているかのように見つめあっていた。


『じゃあ…美香さん。そろそろ帰りましょう…』

『あっ…、もう帰らないといけないんだ…もっとお姉ちゃんと一緒に居たいけど…約束守ってくれたエヴリルの言うこと聞かないとね』

『お姉さんも美香さんも名残惜しいと思うけど…そろそろ帰らないと…。
美香さん?お姉さんはここで美香さんをいつも見ててくれてる。それを励みに一生懸命生きてください』

『そうよ、美香?あなた、何度も私を追い掛けようとしてたでしょ?
でも、あなたは私を追い掛けられなかった…何故かというと、私が別の天使にお願いしたからよ…もう二度と私を追い掛けようとしちゃダメよ!』

『そうだったんだ…』

『わかった?美香?あたしはいつも、ここで美香を見守ってるから…』

『わかったよ、お姉ちゃん。絶対いつも私を見ててね』

『うん。あっ、それからこの前アタシの銀行の通帳と判子探してたでしょ?あたしのバック一つづつよく探してごらん?何れかに入ってるはずだよ?』

『そっかー…一度探したんだけどね…もう一度探してみる。あっ、そうだ…お姉ちゃんのアクセ使ってもいい?』

『いいよ。好きなだけ使いな』

『ありがとう…お姉ちゃん…じゃあ、もう行くね…』

『うん…天使エヴリル…。
本当にありがとう…。
 今日のことは来世になっても忘れないでいたい…素敵な色気のある天使さん?
女性の天使は女神になりたいという天使が多いって聞いたことがあるけど、貴女はきっと素敵な女神になる気がする。妹に逢わせてくれてありがとう』


お姉さんの私に伝わる気持ちが、哀しみが少し和らいでいた。

『お姉さんも、美香さんも喜んでくれて良かったです。まだまだ見習いの天使だけど…何時かは女神様になりたいです。じゃあ、お姉さん。美香さんを連れて帰ります』

『はい、美香をよろしくお願いします。
じゃあね美香。
あたしはいつもここに居るからね。
寂しくなったらこの星を探して、今日の事を思い出すのよ?』

『わかった…お姉ちゃん。そうするよ…じゃあね…』


私は二人の会話を聞いてから、ペガサスの首を一撫でした。


『帰ろう、ペガサス。
お姉さん、また誰かの願いでお姉さんに逢えるかもしれないね。
だから、私はサヨナラは言わない…またね、お姉さん…』

『またね、エヴリル。美香…』

『ペガサス、帰ろう!』

『…お姉ちゃん…またね…』


美香さんは、涙を堪えてお姉さんに笑顔を見せていた。

私はペガサスのしなやかな首をもう一度撫でた。

ペガサスは向きを変えて翼を広げ、ゆっくり走り出した。

三回ほど翼を羽ばたかせたペガサスは、スピードをあげていった。

天使の涙


美香さんとお姉さんは、何時までも手を振っていた。

そして、ペガサスは遠くに見える大きな惑星に向かっていった。

惑星の引力に任せるまま、ペガサスはスピードを上げていき大きな惑星で一蹴りの弾みをつけて、更にスピードをあげた。

幾つかの惑星の引力を利用しながら、ペガサスは光の速度を越えた。

その間、私も美香さんもお喋りしなかった。

二人の沈黙を割いたのは、美香さんだった。


『エヴリル…ありがとう。最初は信じられなくて疑ったりしてごめんね…』

『気にしないで、美香さん。現実離れした出来事だもん、信じられないのは当たり前よ。でも、もう信じてくれたでしょ?』

『もちろんだよ。ねぇ、エヴリル。人は死んじゃうと星になるって言うのは本当のことなんだね…』

『星になるっていうのは、本当。だから、ゼウス様は人々に十二星座を与えたの。それを、大天使様と私達天使に任せてあるのよ』

『そうなんだ…』


美香さんは、また黙ってしまった。

美香さんの寂しさが、私の心に入り込んできた。

お姉さんと美香さんの、たくさんの想い出が私にも垣間見えた。

二人で懸命に暮らしていた歳月。

美香さんが心から慕っていたお姉さん。

その、お姉さんを亡くした深い哀しみ。

独りになった寂しさ。

お姉さんとの想い出。

私の涙が込み上げてきて堪えきれず溢れた。


『美香さん…。私の涙…美香さんの指で拭ってぐれる?』

『どうしたの?エヴリル…』

『美香さんの今の気持ちが私の心に入り込んできたの…涙が止まらないの…私の涙美香さんの指で拭って?そうすれば、美香さんにも…』

『そっかー、幸せになれる天使の涙ね。私が触れてもいいの?』

『うん、美香さんには…これからたくさん幸せになって欲しいし…そうなるべきだと思うの…私の涙に触れて…』

『私の気持ちが天使のエヴリルにシンクロしちゃったのね…でも、私はもう泣いてないよ。だから、エヴリルも泣かないで?』

美香さんは、そう言って私の涙を拭ってくれた。


『これで美香さんも、お姉さんと同じくらい幸せが待ってるよ…ただ、私は見習い天使だから幸せ効果はどこまで期待できるかわかりませんけど~』

『エヴリルのおまじない信じてるよ。私の分もお姉ちゃんに分けてあげて。そうすれば一人前の天使の幸せ効果になるかもね』

『…悔しいけど当たってるかも…』

『冗談よー。これから、幸せな事があったらエヴリルの天使の涙効果だって…エヴリルのことを思い出すよ』

『ありがとう、美香さん…あっ、ちょっと月に立ち寄るね私のお仕事見せてあげる』

『わぉ‼流れ星捕まえるの?』

『そうよ!ほら、月が見えてきた。ペガサス、お仕事するよー!』

天使の仕事


ペガサスが、チラッと私を見た。

どうやら、ヤル気満々のペガサスだ。

月に降り立つ前に、ペガサスは思いきり翼を広げた。

そして、月のクレーターの盛り上がった岩の上に降り立った。

私は辺りを見回して、地球に向かっていく星の欠片をみつけた。


『見つけたー!ペガサスっ!行くよー!美香さん、ペガサス全速力で行くから私に掴まって!』

『オッケー!』


美香さんの腕が私の身体にしがみついた。


『ペガサスっ!お願いっ!』


私はペガサスの首を撫でた。

それが合図になり、ペガサスは力強く月面を蹴りあげた。

いつもより、翼を羽ばたかせたペガサスは、ぐんぐんスピードを上げていった。

そして、地球に近付き燃え出した星の欠片と並んだペガサス。

後は、燃え尽きる前に袋に入れるのが私の仕事。

夜の街の灯りが見るみる近付いてくる。


『今だっ!』


私は小さな袋を広げ、星の欠片を袋に入れることに成功した。

と、同時にペガサスは急減速。


『やったー‼美香さん、取れたよー。後は誰かの願いが入っていればオッケー!』

『ひぇ~…、凄い速さ…そのまま落ちるかと思って声も出なかったよ~…』

『ふふっ、怖かった?』

『う、うん…さっきの広い宇宙空間翔んでるときより真剣に怖かった…』

『これが、私の仕事よ。美香さんのお願いもこうして叶える事が出来たの』

『命懸けの仕事ね…。すごいわ…。それで…今の星の欠片には願い事入ってた?』

『今から、見てみる…』

私は、今、手に入れたばかりの星の欠片に願い事が入っているか確かめた。


『…へへ~、入ってたよ、美香さん。
しかも、私の専門職。
お婆ちゃんに逢いたいっていう願い事。
願い主さんは小さな女の子みたいよ…』

『じゃあ、これから願いを叶えに行くの?』

『いいえ…この子の願いを叶えられるのは1年後くらいになるかな…』

『順番待ちなんだ…』

『うん。でも、美香さんみたいに必ず叶えてあげるわ…』

『エヴリルは、何のために仕事をしてるの?』

『ん~…願い主さんのありがとう、という言葉と人々の考え方や感情を勉強して、いろいろな情報通にならないと、女神様になれないからね』

『そうなんだ~。これからは夜空を見る度に、お姉ちゃんとエヴリルの事を思うことにする。応援してるよ、エヴリル』

『ありがとう、美香さん。
私が天使の涙を分けてあげた人は、美香さんと美香さんのお姉さんを入れて、10人になったの。
 私の感情が昂らないと、分けてあげられないの。
相当な人数の願い事を叶えているけど、美香さんとお姉さんで10人なのよ。
 だから、幸せ効果は期待してもいいかも♪美香さん達の言うところの、レア物?かな?』

『そうか~…貴重な天使の涙の滴なのね…。あっ、私の家が見えてきた』


ペガサスは、ゆっくりと美香さんの部屋のベランダに近付いていった。


『あらっ…、そういえば私下着だけだった…』

『お隣さんももう寝てるみたいだから大丈夫じゃない?』


美香さんは辺りをキョロキョロ見回した。


『そうだね。すぐにベランダに行くわ…』


美香さんはベランダの手摺に足をかけ、そのままベランダに飛び降りた。


『さ、寒い~…。エヴリル、ありがとう。貴女のことは一生忘れないよ。エヴリルはきっと素敵な女神になれる!ここで応援してるよ』


美香さんは、そう言って手を振ってくれた。


『またね~』

『じゃあ美香さん、またね…』


私はペガサスの首を撫でた。


『ペガサス、月へ帰ろう!』


ペガサスは、美香さんに顔を刷り寄せた。



『美香さんを、本当に気に入ったみたいね』

『またね、ペガサス』


ペガサスは美香さんを見詰めながら、瞬きをした。

私には、ペガサスが美香さんにウインクしたように見えた。

ペガサスは、向きを変えて翼を広げた。

ゆっくり走り出して翼を羽ばたかせた。

ペガサスは、適当な平らな地面を見つけ、そこで地面を強く蹴りあげた。

私とペガサスは、晴れた夜空を一直線に、月に向かって駆け上がっていった。



最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話は、10年以上前に私の願望をファンタジーとして書いたものです。
今では私の大切な作品となっています。
ペガサスと月に降り立つ夢は時々見るのですが、射手座まで行く夢は未だにないです。
できることなら射手座で姉に逢えたらパジャマ渡したい…。逢いたいなぁ…