誘う花…【短編小説】
あらすじ
仕事帰りの足立祐介は、いつもと変わらない、忙しない日常の中に花の香りを感じた。
香りに懐かしさを覚え、記憶を頼りに探し出した白い花の蕾。
日増しに強くなる香りに誘われたある日の夜。
足立祐介は髪の長い、白いワンピースの女性に出会う‥‥。
記憶
仕事帰りの何時もの駅から家までの道のり。
ふと良い香りが鼻を掠めた。
その香りは何処からくるのかわからなかった。
ただ、懐かしさのある香りだという事は記憶の中で甦っていた。
そして、過去を辿るその記憶はやがて鮮明になった。
『そうか…以前にもここでこの香りに気付いたんだっけ。あれ去年だったよな…たしか。
この公園の横の家に良い香りの花が咲いてたんだよな…何処だっけ…』
蒸し暑い7月の夜。足立祐介は、うっすらと汗を滲ませて記憶を頼りに歩いて見つけた記憶の中の家。
しかし、庭先には記憶の中の白い蕾は何処にもなかった。
そして、いつの間にか良い香りも消えていた。
『あれ?良い匂いしなくなったな…。あの花の蕾、真っ白できれいだったんだよな。
夜の庭先で月の光に輝くような花の蕾だったからな。見た目も香りも印象的だったもんなー』
花の名前すらわからなかったが、印象的な花の蕾と香りだったので、無意識に記憶がそうさせたのかもしれないと祐介は思った。
綺麗な花の蕾に会えなかったことを残念に思いながら、祐介は自宅に向かって歩き出した。
翌日…
仕事を終えて駅から自宅への帰り道で、再びあの香りが鼻を掠めた。
『昨日と同じ場所だ』
香りに誘われるままに、昨日の家の前まで来ていた。
開きかけなのか少し大きめの蕾が下を向いているのがわかった。
『これこれ、この蕾だよな…昨日は気付かなかったな~、こんな大きな蕾…でも香りはしないからこの花じゃないのかな』
また明日の夜来てみるよ…祐介は、そう心の中で花に向かって呟いて自宅への道を歩き出した。
夜空には綺麗な丸い月が浮かんでいて、柔らかい月明かりが白い蕾の存在感を増すように優しく照らしていた。
誘う花
翌日…
仕事が終わり、帰宅ラッシュの電車を降りて改札を出たところで、白い服の女性が祐介の目にとまった。
女性は、スーツ姿の男たちの中で一際目立っていた。
白いロングのワンピースに腰まで伸びていそうな長い黒髪の女性は自分の帰る道と同じ方向に歩いていた。
駅から離れていく道のりで、少しずつ歩いてる人も少なくなり、公園の手前まで来て自分の前方には白いワンピースの女性だけが距離をおいて歩いていた。
彼女の白いワンピースは月明かりに照らされて、遠くにいてもハッキリわかった。
ワンピースの女性が公園の所を曲がるのがわかった。
昨夜見た蕾のある家の方だ。
公園に差し掛かる手前で、仄かに香るあの匂い。
公園の横にある、あの蕾のある家の前に行ったが蕾は開いていなかった。
その時、公園の方から声が聞こえた。
振り返ると、あの白いワンピースの女性がいた。
『いつも見に来てくれてる方ですよね?』
唐突に声をかけられて、祐介はしどろもどろになった。
『あ、いや…いつも良い匂いがして綺麗な花が…その…』
唐突に声を掛けられたのもそうだが、ワンピースの女性を照らす月明りが一層美しさを増すように、色白の肌の笑顔が素敵だったことに、祐介は動揺を隠せなかった。
『その花、明日の夜には咲きますよ。
花は誉められると一層綺麗に咲きたがります。
況してやあなたみたいな素敵な人に誉められたら…
人間になって会いに来ちゃうかもしれません』
女性はそう言うと、はにかむような仕草を見せた。
『あの…貴女はこちらの家の方ですか?』
『はい、この家の敷地に住んでます』
『そうでしたか…。実は良い香りに誘われて花が咲くのを今か今かと待っていまして…
よそ様の家の前で失礼ながら楽しみにしていました…申し訳ありません』
『花は人に誉められたり話しかけられたりすると元気になるし精一杯綺麗に咲こうとするんです。
だから…明日も会いに来てください』
『勿論です。僕も良い香りに誘われて、去年見たときの蕾を思い出していたんですよ。
残念ながら花が開いたのは見ていませんでした。
だから今年も咲くのかと思って楽しみにしています。
貴女のように月明かりに輝くような真っ白な花のような気がします』
足立祐介は、今までの人生で歯の浮くような言葉を言う事はなかったのだが、そんな台詞を平気で言う自分に驚き恥た。
『はい、去年の貴方のこと覚えています。
花に優しい言葉をかけてくれたし、香りに喜んでくれてましたもんね。だから…』
ワンピースの女性ははにかみながら、そこまで言って下を向き黙ってしまった。
『貴女は素敵ですね。
あなた自身がまるで花のように思えてきました。
去年ここで見た月の光に白く輝いていた蕾のように…』
『ありがとう。
お話しできて良かったです。
じゃ、明日の夜…見に来てくださいね』
『必ず見に来ます』
ワンピースの女性は手を振りながら蕾のある家の敷地に入っていった。
不思議な女性だな、と思いながらも思いがけない美人との出逢いに祐介は気分上々だった。
開いた蕾
翌日…
何時もと変わらない日常の中の仕事が終わり、祐介の気持ちは昨夜の女性との出逢いに浮き足立っていて、帰りの蒸し暑い電車の中も気にならなかった。
何時もの駅の何時もの改札口さえも、何時もと違って見えるような気がしていた祐介。
暗い空には満ちた満月。
改札を出て思わず昨夜の女性を探していた祐介。
落ち着け!と自分に言い聞かせた。
あの花は咲いてるのだろうか…
あの女性には会えるのだろうか…
そんなことを思いながら公園の手前に差し掛かったところで、良い香りが漂ってきた。
公園の角を曲がって、あの蕾があった家の前に行くと…
暗がりに、月明かりで一際目立つ白い花。
『咲いてた!』
思わず駆け寄り、間近で見る花は思った以上に真っ白で、純白と言えるほど綺麗な花だった。
昨夜見たときよりも白く感じた。
その時、初老の女性が家から出てきた。
目があって祐介は会釈をした。
『こんばんは。夜の軒先でお邪魔してます。あまりの良い香りに誘われちゃって…』
花を指差して頭を下げた。
『あらあら、やっぱり咲いてたのね。
良い香りが部屋に入ってきたので花が開いたのか私も見に来たの。
どうぞ綺麗な花を存分に見てあげてください』
『ありがとうございます。
では遠慮なく見させていただきます。
昨夜こちらのお嬢さんにも、今夜花が咲くからって言われてたので…』
『えっ?うちは主人と二人だけですよ?
息子はいるけど結婚してて別の場所にいますけど…』
『えー!昨夜確かにこの場所で綺麗な女性と話してたんですけど…話終わってこちらの敷地内に入っていったのですが…』
『やだぁ…変なこと言わないでくださいよ…』
初老の女性が怯えたように祐介の顔を見た。
『いや、確かにここで…』
祐介がそう言った時、家のドアが開き、この家の主人らしき男が出てきた。
光る花
『あっ、こんばんは。すみません、お邪魔してます』
『こちらのお兄さん、花の香りに誘われたんだって』
『こんばんは。良い香りでしょう…
この花、月下美人という花なんですよ。
一晩だけ咲いて後は花を閉じてしまうんですよ』
『月下美人というのですか…
名前の通り綺麗な花ですね。
でも、一晩しか咲かないなんて美人薄命という言葉がピッタリですけど儚い花なのですね…』
三人で美しい花月下美人を眺めては見とれていた。
『そうそう、おとうさん。
このお兄さん怖いこと言ってたのよ…
昨夜ここで綺麗な女性と話をしてて、この花が今夜咲くから見に来てって言ってうちの敷地内に入ってくのを見たんですって…
だから、うちには娘はいませんよって言ったんだけど、確かにうちの敷地に入っていったんですって…』
『ほぅ…そのお嬢さんはどんな感じのお嬢さんだったのですかな?』
『真っ白なワンピースを着た髪の長い綺麗な女性でした。
こちらの敷地に入っていったので…
てっきりこちらのお嬢さんだと思ってました…
どうやら私の勘違いだったようです』
主人は顎に手を当てて聞いていた。
そして静かに話始めた。
『そのお嬢さんは、もしかしたらこの花じゃないのかね…。
花にも命があるのだし、命があるのだから意識もあるのだとも思うしなぁ…。
植物も痛みがわかるっていう科学的データも出ているみたいだし、花も生き物だからね…。
月下美人だって夜に咲くのは他に夜咲く花が無いから花粉を運んでくれる生き物を独り占めできる、という利点があることを利用してることになるから、もしかしたら…少なからず考える力もあるのかもしれませんね。
意識というのは自分の置かれている立場をわかっていることを言うことでもありますからね。
植物は自分の置かれている立場を分かっているからこそ、種を風に乗せて遠くに飛ばしたり昆虫に花粉を運んでもらうようになってる。
月下美人は夜に咲くから強い香りでコウモリを呼び寄せ花粉を運んでもらうことを選んだのでしょう。
だから私は植物も意識があるのかもしれない、と思っています。
意識は人間と同じですからね。
幽霊は人間の意識とも言います。
植物の意識も花の精霊となって人の形で現れることもあるかもしれない…
というオカルト好きな私の意見ですけどね』
そう言って、この家の主人は小さく笑った。
『なるほど…そういう見方もあるのですね。
花も生き物…改めてよくわかりました。
自分がここで見た女性…
本当にこの花だったのかも知れませんね。
いやー、勉強になりました』
『いやいや、あくまでも私個人の思い込みだと思ってください』
そうしているうちに、花の香りが一層強くなってきて、何処から飛んできたのか、小さなコウモリが三人の頭上を飛び回っていた。
『さぁ、コウモリ達に場所を譲りましょう』
ご主人と奥さんにお礼をいって、祐介はその場を離れ自宅へと向かった。
一際明るい満月に照らされて、透き通るように艶やかな花を咲かせた月下美人は、白無垢を羽織る花嫁のように白い花を広げ、まるで光る花のように月明かりを浴びていた。
(私の一年越しの恋…儚く短い恋…
お兄さん、また会えるかな…
綺麗な姿を見てくれてありがとう…
誉めてくれてありがとう…)
やがて月下美人は静かに花を閉じた。
どもです(*´∇`)ノ♪
このお話は、2019. 7.29に月下美人をモチーフに書いたオリジナルの短編です。
月下美人の花が人間に恋した一年越しの恋のお話♪
季節外れではありますが夢で見た花の精霊に捧ぐ想いで掲載しました(*^^*)
モチーフとなった詩
↓↓↓↓
あなたの事が忘れられなくて
綺麗な姿を見てほしくて
あなたを待ち続けた夜…
気付いてほしくて香りで貴方を誘い
誉めてほしくて綺麗に咲かせた花…
貴方に逢いたくて
精一杯広げた花の
一夜の想いを感じてほしい…
貴方に恋して貴方を誘い
花を広げた私は月下美人…
タイトルを【花の恋は儚くて】を【誘う花】に変えて、少しだけ中身を変えて書き直しました。
慈しむ心、慈悲の心はいつの日も持っていたいものです(*^^*)💕
【マイ・ラグジュアリー・ナイト】
来生たかお
それではこの辺で…
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました😆💕✨
また来てね(@^^)/~~~♪