
一年間だけの約束【連載小説】
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(あらすじ)
桜井一美は不慮の事故で命を落としてしまう。
しかし、一美は自分が命を落としたことに気付いていなかった。
そして一美が運び込まれた病院で広江という幽霊と、幽霊が見える姉妹に出会う。
広江は一美に、この世に未練を残さない方がいい、と告げる。
そして婚約者の斎藤孝と妹の美雪に今の自分の想いを、天に召される四十九日までに、なんとか二人に伝えようとするのだが‥‥。
哀しくも気丈に振る舞う桜井一美の、切ない四十九日のラブストーリー。
【指輪】
桜井一美は、あまりの寒さに眠りから覚めた。
辺りを見回すと、白く冷たい感じのする部屋の中だった。
『…頭が痛い…。寝すぎたかな…』
一美は、虚ろな眼で部屋の中を、もう一度見回した。
『何処だろう…ここは…』
部屋の中には、自分が寝ていたベッドが一つだけ置いてあった。
一美は頭の痛さと寒さでもう一度ベッドに潜り込んだ。
そして、猫のように身体を丸めて頭の痛さと寒さに耐えた。
ちょうどそのころ、斉藤孝は東京世田谷区の駒沢にあるオーダーメイド専門のジュエリーショップに入るところだった。
『こんにちはー』
ジュエリーショップのドアを開けて、孝は中に入った。
『いらっしゃいませ。あっ、斉藤様』
女性店主は孝を見るなり、にっこりと笑顔を見せて頭を下げた。
『どうも。指輪を取りに来ました。もうできてますよね?』
孝も軽く頭を下げて指輪を取りに来たことを告げた。
『できてますよ。はい、これです』
女性店主はそう言って、両手で持った小さな箱を、カウンター越しに孝の前に置いて蓋を開いた。
この店で桜井一美にプロポーズするためにオーダーメイドで作った世界でたった一つだけの指輪を、女性店主と孝でデザインを決めて作成した指輪だった。
リング自体が、立体的な二頭のイルカのデザインになっていた。
二頭のイルカが向かい合わせになり、センターにダイヤが埋め込まれていた。
『想像通りの指輪です…プラチナとゴールドの二頭のイルカがスマートで素敵ですね』
孝は、一美の喜ぶ顔を想像して眼を細めた。
『これから奥さまになる方へのプレゼントでしたよね?』
『えぇ…そんなとこです』
孝は照れくさそうに返事をした。
一美とは、高校生の時に知り合い、一美は孝の一つ年下だった。
今はお互いに社会人になり、孝は30才、一美は29才になっていた。
孝はもっと早くに一美と結婚したかったが、一美は両親を早くに亡くしていて、九つ離れた妹がいる。
一美は妹と二人で細々と暮らしていた。
一美の意向で、妹が成人するまで結婚は待ってほしい、と孝に言っていた。
孝は一美の意見を尊重して、その時が来るのを待っていた。
その間、孝と一美は結婚資金をコツコツと貯めていた。
そして一美の妹、美雪が成人になった今年…。
一美に対して改めて、結婚を申し込むつもりでいた孝。一美との結婚のために、出来る限りの節約をして指輪を作るお金を貯めていた。
ジュエリーショップで指輪の代金を支払い、店を出たところで一美の妹の美雪から、孝の携帯に着信が入った。
『美雪ちゃんからか…電話してくるなんて珍しいな…』
孝は独り言を呟きながら、携帯の着信ボタンを押した。
『もしもし、美雪ちゃん?電話くれるなんて珍しいねー。どしたの?』
美雪からの返事はすぐになかった。
『どした?美雪ちゃん?』
携帯から聞こえてきたのは、美雪の啜り泣く声だけだった。
『どうした?美雪ちゃん?なんで泣いてる?何かあったのか?』
『‥‥お姉ちゃんが…お姉ちゃんが…』
美雪が何かを伝えようとしているのが孝にはわかった。
『美雪ちゃん、落ち着け…。一美がどうかしたのか?』
『お姉ちゃんが…お姉ちゃんが事故で…危険な状態だって…』
美雪はそう言って子供のように泣き出した。
孝は、一瞬だが自分の耳を疑った。
【泳げなくなったイルカ】
到底受け入れられない美雪の言葉に、孝は少しの間言葉を失った。しかし、美雪の泣き声が孝を現実に引き戻した。
『美雪!しっかりしろ!何処の病院か教えてくれ!…頼む…』
敢えて冷静さを保とうとする孝だったが、孝の頭の中に白い靄のようなものが立ちこめてきて、思考能力がほんの少しの間途切れた。
そして、弱気になった自分の気持ちを奮い立たせた。
『美雪ちゃん、きっと助かる!妹思いの一美が美雪ちゃんを一人になんかしない!そんな筈はない!』
そう言いながら、孝は自分にも言い聞かせていた。
『何処の病院に行けばいいんだ?美雪ちゃん?』
今となっては、たった一人の心の寄り所となった孝に、美雪は泣きながら一美のいる病院の場所を告げた。
孝は、すぐに会社に電話をして早退することを上司に伝えた。
そして、一方的に電話を切った。
上司が何かを言っていたようだが、お構いなしに孝は電話を切った。
孝はタクシーに乗り、一時間ほどで一美のいる病院に着いた。
釣り銭も受け取らず、タクシーを降りて病院の入り口へと駆け込む孝。
孝の右手には、一美に渡す指輪の入った小さな箱が握りしめられていた。
受付で一美のいる場所を聞こうとしたとき、美雪が孝の元へ走ってきた。
『孝さん!お姉ちゃんが…』
『美雪!一美は何処だ!』
孝は美雪の指差す方を見た。
一美はナースステーションの横にある集中治療室《ICU》にいた。
ドクターが一美に対しての蘇生を試みていた。
一美の体に電気が流れるたび、一美の体は激しく動いた。
『うそだろ…なんで…なんで一美があんなことされなきゃいけねぇんだよっ!死ぬわけねぇっ!一美が死ぬわけねぇっ!』
ナースステーションから見えた集中治療室の一美の姿を見た孝は、自分に言い聞かせるように強い口調で口走っていた。
数分間一美に対しての蘇生を試みていたドクターの手が止まった。
ドクターは時計を見て時間を確認した。
それを見ていた孝は、崩れ落ちるように床に膝を着いた。
美雪は一美にしがみつき泣き叫んでいた。
『夢なら今すぐに覚めてくれ…。じゃないとおかしくなっちまいそうだ…』
孝は、血が滲み出るのではないかというほど唇を噛み締めた。
孝の耳には、美雪の泣き叫ぶ声がとても遠くに聞こえてるような気がした。
一美は寒さのあまり再び目覚めた。
頭の痛みは、相変わらずあった。
一美は頭を押さえながら、虚ろな目で天井を見つめた。
相変わらず白く冷たい感じの部屋は、先程より明るく、天井が低くなっていた。
そして、先程とは少し違う雰囲気に気が付いた。
【香り】
誰かが泣いてる?
泣き声は遠くから聞こえてるようだった。
一美は上半身だけ起き上がり辺りを見回した。
天井は、更に低くなり横の壁は、ただ白く冷たい光を反射しているように見えた。
何気なくベッドに触れている自分の左手を見て、一美は唖然とした。
左手を着いてる筈のベッドが、一美《かずみ》の見下ろす所にあった。
天井が低くなっていたのではなく、自分が浮いているからだ、と気が付いた一美。
『えっ?なんでアタシ浮いてるの?…なんで?…あっ、これって夢か!じゃなきゃ宙に浮くわけないし…』
四方八方を見回す一美の視界に、床に膝を着いている孝が見えた。
『あっ、孝だ。孝ー!』
一美は、孝の元へ近づいていった。
膝を付き下を向いてる孝の顔を覗きこむ一美。
孝は、声は出していなかったが涙をポロポロ溢していた。
『やだ、孝…なんで泣いてるのよ?』
そして、ベッドの横では妹の美雪が泣き叫んでいた。
『美雪!どしたの、そんなに大泣きして…』
一美は美雪の傍にいって声をかけた。
『お姉ちゃん!お姉ちゃん!起きてよー!』
『アタシは横にいるでしょ?まぁ、これは夢だから起きてはいないはずだけどさ…ほら、そんなに泣かないの!』
一美《かずみ》は美雪の頭を撫でた。
その時、一美の長い髪が美雪の顔を掠めた。
美雪は、突然泣き止み、辺りを見回した。
『お姉ちゃんだ!お姉ちゃんの香りがする!お姉ちゃんが傍にいる!』
美雪は、そう言って孝を見た。
『さっきから傍にいるでしょ?…夢だから私が見えてないのかな…?孝も気が付いてないみたいだし…』
一美は、もう一度孝の傍にいき、顔を覗きこんだ。
『たかしくーん!ほーら、泣かないの♪かずみちゃんだぞー♪』
一美は孝の目の前でおどけて見せた。
その時、一美の長い髪が孝の顔に触れた。
孝は、はっ、として顔をあげた。
『一美だ!一美の髪の臭いだ!一美…』
孝も辺りをキョロキョロと見回した。
『…なんか…寂しい夢だな…妹にも恋人にもアタシが見えないなんて…』
その時、孝は手に持っていた指輪の入った小さくお洒落な箱の蓋を開けた。
【広江】
何となく、その箱を見ていた一美の目にイルカがデザインされた指輪が目に飛び込んだ。
『わー、可愛い指輪。ねぇねぇ孝?その指輪アタシにくれる指輪だよね?そうだよね?』
その時、一美は後ろからトントンと肩を叩かれた。
一美が振り向くと、女性が一人立っていた。
『あなた一美さんていうの?』
『は、はい…えっと~~…どちら様ですか?』
一美は不思議そうな顔で女性を見た。年格好は自分と同じくらいか、少し上かな?と、一美は思った。
『私は、広恵(ひろえ)。よろしくね』
広恵は、そう言って一美に頭を下げた。
続く。。。