撃攘の盾… 陸
表紙画 海上自衛隊HP
蒼白い闇
『大崎ーー!脱出しろー!』
斉藤の声も虚しく大崎は冷たいオホーツクの海に飲まれてしまった。
『304飛行隊、F3大崎被弾、パイロット脱出確認できず!パイロットの脱出確認できず!』
『202飛行隊、F15 被弾! パイロット脱出確認できず!』
今の戦闘機は燃料の都合上20~30分弱の戦闘しかできない。
そのほんの20分そこそこの間に、双方の戦闘機合わせて6機が墜落していた。
そこここで、夜のオホーツク海上の闇にフレアとジェット排気のアフターバーナーが海上の暗闇を仄かに染め上げていた。
『斉藤!深追いするな!燃料の残量確認して基地に戻れ!』
『了解!』
『皆、帰りの燃料確認しろ!燃料少ないものは速やかに基地へ戻れ!』
各飛行隊隊長は皆に帰投を促していた。
空戦第一波の帰投とすれ違う味方機の第2波。
実戦でも、ほとんど無いであろう夜間の空戦。
赤外線ゴーグル使用でも、敵味方機同士何度か衝突しかけていた。
しかし敵が攻めてくる以上出撃しなけれならない。
初めての実戦、初めての夜間空戦、戦闘から離脱して基地へ戻る加藤は、ここで初めて恐怖に手が震えていた。
斉藤の叫び声、落ちていく幾つもの炎。
防空能力が格段に高いイージス艦「はぐろ」は、頻繁に落ちてくる弾道ミサイルに対し、艦隊の迎撃ミサイル温存のため敵戦闘機への対処は空自に託されていた。
それでもイージス艦隊に空対艦ミサイルがポツポツと撃ち込まれるが、「はぐろ」「きりさめ」「さみだれ」三艦のファランクスCIWS M61 20㎜レーダー追尾多銃身バルカン砲に撃ち落とされていた。
傷跡
『大崎…無事でいてくれ…』
加藤には祈ることしかできなかった。
数分後、稚内空港臨時基地の滑走路へ戦闘機が次々と降りてきた。
その中の一機、斉藤機のF3が滑走路から駐機スペースに入ったところで皆とは違う逆方向に停まった。
しかし、斉藤機のキャノピーは開かないままだった。
加藤は自機を駐機スペースまで持って行き、急いで機体から降りて戦闘機に乗り降りする梯子を持って斉藤機に駆け寄った。
斉藤機に梯子をかけて中を覗くと計器の明かりで項垂れたままの斉藤が見えた。
加藤が外からキャノピーを開けられるレバーを引くと、キャノピーがゆっくり開いた。
『斉藤!大丈夫か!いまベルト外してやっからな』
『隊長…司令…の命…令…ま、まも…』
そこまで言って斉藤はまた項垂れた。
斉藤はそれっきり動かなくなった。
『うん、よく戻ってくれた。降りて暫く休め。くそっ、ベルトが外れねぇ』
そこに駐機スペースから外れたところに停まった戦闘機に不安を覚えた衛生科部隊の医療チームが駆けつけた。
『衛生科です。どうしました?』
『怪我をしているかもしれないんだ』
加藤は駆けつけてくれた衛生科、医療チームに応えた。
『わかりました、後は任せてください』
衛生科の言葉に加藤は梯子から降りた。
『早く出してあげてください、お願いします』
『わかりました』
斉藤機の左右両側から衛生科医療チームが斉藤機のコックピットにライトを当てて体を入れていた。
加藤はその場で見守ることしかできなかった。
そして左手で右手の拳を撫でたとき、ぬるっとした感触に自分の手を見つめたが暗くてよくわからなかった。
そこへ小さな懐中電灯を手に、203飛行隊長の小林が走ってきた。
『加藤か?』
小林は暗がりの中、駐機スペースの水銀灯の灯りでぼんやり見える顔を覗いた。
『小林?』
『やっぱり加藤か、無事でよかった…いや、無事でもなさそうだな。すぐに医療室行ったほうがいいぞ。お前血だらけじゃないか。あの機体は誰なんだ?』
『いや、俺は何ともない。あの機体は俺の隊の斉藤だ』
『何ともないって、お前顔も手も血だらけだぞ』
その時、機体から降ろされた斉藤は、救護担架の上で衛生科部隊の医療チームによって蘇生の処置が行われていた。
加藤は自分の手と斉藤を交互にみて、自分の手の滑りの意味がわかった。
蘇生処置を受けながら担架で運ばれていく斉藤を、加藤と小林は黙って見送った。
斎藤機の下に何か落ちていることに気付いた加藤は、落ちていたものを拾い上げた。
血で汚れた紐が付いた御守りだった。
斎藤機を見上げる加藤の目には、斎藤機のコックピット横に数個の弾痕を確認した。
加藤は唇を噛み締めた。
『くそっ、こんなことあっていいのかよ…。こんな…』
加藤は数時間前にスクランブル待機室で一緒にいた大崎と斉藤の顔を思い出して言葉を詰まらせた。
『お前の気持ちは俺もよくわかる。
だけど今は堪えろ。俺達、長が無事に帰ってきたパイロットの確認をしなきゃいけないんだぞ。
今は俺達がしっかりしないと隊の士気が落ちる。
今は堪えろ、なっ?同期』
声こそ出さないが、懐中電灯の灯りの隅で加藤の涙を見た小林は何とも言えない気持ちだった。
小林の隊にも被弾して戻っていない機もあったのだ。
『すまん、取り乱した。戻ろう』
『おぅ!』
ウルオロシアナ航空母艦撃沈
一方で、千歳203飛行隊のF2(改)小型電子戦機とF35 三機は、海面ギリギリの低飛行でレーダーを掻い潜り敵空母艦隊に近付いていた。
『対艦ミサイル敵空母位置セット完了。空母艦隊まで距離15マイル。対艦ミサイル発射後、ジャミングを開始する』
F2(改)電子戦機パイロットから護衛戦闘機F35へ通信が入った。
『F2護衛203 一番機 沖田了解』
『対艦ミサイル2機発射 ! ジャミング開始 !』
小型電子戦機F2(改)パイロットの声とともに、2機の対艦ミサイルが発射された直後、F2(改)は敵空母艦隊に向けてジャミングを発動させた。
しかし夜のせいもあり、暗い海面にライトの反射と翼の点滅する光に、敵艦隊、見張り監視要員の目視により見つかった。
空母艦載機二機が緊急発艦したところで、空母艦隊のレーダー及び通信機機がダウン。
ジャミングに影響しないF2の対艦ミサイルは、あらかじめ設定された空域を敵空母に向けて飛翔、その後はミサイルに内蔵されたカメラと特殊なレーダーにより空母の艦影に向けて着弾、艦内部へ潜り込み爆発するものである。
対艦ミサイルは空母艦隊に気付かれることなく数秒で敵空母に迫り直前で上昇し急降下で1機は前部スキージャンプ甲板を突き破り船体へ潜り込んで爆発した。
2機目は後部着艦甲板で弾かれ駐機に接触、甲板上で爆発した。
ウルオロシアナ航空母艦は、艦底に修復不可能な大きな亀裂を生じ、大量の海水が艦内に流れ込んだ
空母から発艦した艦載機Su27二機は、果敢に空自の203飛行隊F35三機に襲いかかった。
しかし世代の違う戦闘機同士の空戦の勝敗は間も無く決着がついた。Su27一機がF35の機関砲に被弾。
残りの一機は、母艦の爆発を見ていたのだろう、空母艦隊周辺には強力なジャミングによる、レーダー、通信機器ダウンと大量のチャフ(細かいアルミ箔)が浮遊しているので、母艦とは別方向のウルオロシアナ本土に向けて被弾した機と共に飛び去っていった。
3機のF35とF2は、レーダーと通信の沈黙した艦隊周辺にチャフと言われるアルミ箔のようなものを飛散させて、ジャミングと共にレーダー及び通信系統を完全に麻痺を成功させた。
敵艦隊は暗闇の中のジャミングと大量のチャフで、通信機器とレーダーの目を完全に奪われた状態になった。
自衛隊からもレーダー乱反射で見えなくなるが、203飛行隊がその場を離れても回復までは暫く時間がかかる。
古い船体の艦低の亀裂は徐々に広がり、海水の流れ込みが早くなった。
ウルオロシアナ空母艦長は、徐々に前方から沈んでいく母艦から退艦命令を発令した。
『45機もの戦闘機と、唯一の空母をダメにした艦長…ある意味、君はこれから伝説の艦長になるだろうな。後の軍法会議は免れないと思え。
旗艦を揚陸艦に移す。私は揚陸艦に搭乗する』
艦橋へ顔を出した艦隊指令は、空母を潰した日本への怒りと空母艦長を罵倒して艦橋を出ていき、4艦ある揚陸艦の1艦、ロプチャニクス戦車揚陸艦2艦のうちの1艦へ搭乗することになった。
狙われるサロマ湖
『ただいまより、ロプチャニクスが旗艦となる。
この妨害電波を利用して、揚陸艦隊は戦闘域を抜けて予定通り、明け方前に北海道サロマ湖の海岸線へ上陸する。
空母は使えない艦長のせいで沈みかけている。しかし、支援機は本国へ要請している。
我々はサロマ湖周辺を占領し、戦闘機の滑走路を確保する。
各隊の活躍を期待する、以上だ』
空母のヘリを使い、揚陸艦ロプチャニクスへ乗艦した艦隊指令は、そう言って司令官室へ入っていった。
司令官のメッセージは各艦へダイレクトに伝えられた。
士気を高める者もいれば、北海道に家族や友人がいる者は逆に士気を下げていた。
北海道サロマ湖の美しさを知っているものには、気持ちが萎える作戦だった。
北海道には多くのウルオロシアナ人が移り住んでいたり、旅行に行ったりと北海道自体が好きな兵士も大勢いるのである。
そんな中で、稚内で自国であるウルオロシアナへ反戦を訴える若い夫婦の事は、すぐにウルオロシアナ国民の間で、急速に人伝に伝わっていた。
しかし、ウルオロシアナ国内では、反戦を訴えるものは片っ端から逮捕、拘束されていた。
弾圧される国民を観て、反政府を訴えるレジスタンスが早くも結成されつつあった。
続く…
いつも訪問ありがとうございます(*^^*)
ウルオロシアナ軍は、北海道サロマ湖への上陸を明らかにしました。
私の頭の中のウルオロシアナ軍は容赦ないものとなっています(^-^;
立て続けに襲いくるミサイル。
ウルオロシアナ軍のサロマ湖上陸を自衛隊は阻止できるのか。
根室沖に向かう海上自衛隊イージス艦隊 旗艦「まや」護衛艦「ゆうだち」「しらぬい」はウルオロシアナ軍、サロマ湖上陸を阻止できるのか‥‥。
ウルオロシアナ国内のレジスタンスは?
稚内にいるウルオロシアナ人の若い夫婦の反戦呼び掛けは自国へ伝わるのか…。
ここまで、まだ僅か1日の出来事…。
次回もお付き合いいただけると嬉しいです♪
著 安桜芙美乃