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想い出は宝箱に…


私の経験した、ノンフィクション·セクシャルマイノリティ·ラブ·ストーリーです。
画PhotoAC

追憶




寝付けない夜に…
不意に甦る遠い日の想い出…




彼の言葉が頭の中を駆け巡っていた。

仕事で遠くに行くことになったこと。

新しい恋人ができたこと。


悔しかった…。


女性に生まれなかった自分を恨んだ…。

彼に女性の恋人ができたら綺麗に身を引くつもりでいたのに…。

そんな想いを心の隅に持ちながらも、6年間の幸せな日々がそれを拒んでいた。

自分で決めたことなのに…。


初恋


初めて彼を好きになった中学一年の時。

2年生になった秋、部活の先輩の彼に殴られる覚悟で私から彼の唇を奪った初めてのキス。

その後彼がバイセクシャルだと知った。

殴られることもなく、彼は私の気持ちを受け入れてくれた。

そして男女と変わらない秘密の付き合いが始まり、彼から求められた初めての性体験。

初めて彼に手作りのチョコをあげたバレンタイン。

秘密基地での出来事。

誰にも秘密だった一つ歳上の先輩との交際は幸せな日々だった。


あの日が来るまでは…。


私は彼とは別の高校へ行ったが、高校で一部の男女に陰湿ないじめにあい、高校を中退してアルバイトを始めた。

バイトのお金で彼の好きそうな女のコの服を買って彼の前で着たり、髪も彼の好みに伸ばしてきた。

私には9つ上の姉がいた。

両親を早くに亡くし、姉と暮らしていた十代の時。

姉は私のセクシャルマイノリティを理解してくれてメイクの仕方も教えてくれた。

そして彼に嫌われないように、全て彼の好みに合わせていた。

ずっと彼の傍に居たかったから…。


彼は、とても喜んでくれた。

でも私の中には…

この幸せがずっと続けばいいと思う気持ちと、純粋な女性には敵わないという思いがあった。

このまま私が一緒にいても結婚はできないし子供だってできない。

だけど…彼を愛する気持ちは誰にも負けないつもりでいた。

でも…ある日から、いつか彼に好きな女性ができたら綺麗に別れようと思い始めていた。

本当は別れたくないけど、彼に好きな女性ができたら別れなければいけない…そうすることが彼の本当の幸せなんだと自分に言い聞かせるようになっていた。


そして…とうとうその時が来てしまった。


変化

彼は高校を卒業して大学へ行かず就職した。

そこで同僚の女性に恋をしたのだろう。

彼と会える時間が日に日に少なくなってゆき、週に3回会っていたのが徐々に減っていった。

そして久しぶりに会う彼の髪型は変り、洋服のセンスも以前とは違っていた。

私がプレゼントした財布までも変わっていた。

中々会えなくなってきて薄々感じていたけど、この日会った彼を見て私の心に感じていたものが確信に変わった…。

それでも、彼は私といるときは今までと変わらない先輩でいてくれた。

容姿を除いては…

ホテルのベッドの中では今までと変わらず、私を優しく抱いてくれた。

ただひとつ、今までと違うところがあった。

ベッドの中で「愛してる」と言ったこと。

付き合いはじめてから、彼が一度も言った事のない言葉だった。

その時…涙が込み上げてきたんだ…

言い様のない惨めな気持ちになった…。

彼を好きになった時から、私自身が心の片隅に持っていた蟠りが、片隅から這い上がってきたのを感じた。

それは…

純粋な女性には…私がどう足掻いても勝てない…ということ。



「ねぇ…先輩?もしかして好きな人できた?」


私はベッドの中で、涙を堪えて彼に聞いたんだ…


「なんでそんなこと聞くんだ?」

「だって、今までとだいぶ様子が変わったし…」

「イメージチェンジだよ」

「さっき、初めて僕に愛してるって言ったよね?
僕…今よりもっと先輩を好きになっていいの?
先輩の好みに合わせて服も揃えたし髪も伸ばした…。
僕みたいなオカマがいつまでも一緒にいていいの?
もっと先輩を好きになっていいの?」


私はここまで言って堪えきれずに泣いたんだ…。


「なんで泣くんだよ…」

「わからない…なんかすごく悲しくなった…」


このあと、私と彼は暫く何も喋らなくなった。

その沈黙を破ったのは私だった。


「もし先輩に好きな女の人ができたら、先輩と別れるって決めてたんだ…。
でも、先輩が好きになった人が私と同じような人だったら、私は先輩を絶対離さない。そう決めてた…」


私は心の中の想いを彼に打ち明けた。


「…そうか…
実は今日、お前に話があったんだ…。
仕事の事なんだけどな…。
それから好きな人がいることも…
隠したままにするつもりだったけど…
今のお前を見てて、言わなきゃいけないことだと思った…」


途切れ途切れに彼が話始めた。


「仕事の事だけど、少し遠い所に行く事になった。
福島の事業所に行く事になったんだ。
だからお前とも当分会えなくなる。
さっき、お前に愛してるって言ったのは俺の本当の気持ちなんだ…。
お前に会えなくなるのが寂しくてさ…。
今までもそう思ってたけど…愛してる、なんて恥ずかしくて中々言えないだろ?」


この時、私はまた涙が溢れだした。

堪らず彼に抱きついていた。

彼が遠くに行ってしまう寂しさと、彼に新しい彼女ができた哀しさ。

そして、先輩に彼女ができたら別れるって言ってしまった後悔…。

「何で?何で今になってそんなこと言うの?」

様々な想いが重なって、私はそう言って彼に抱きついたまましゃくりあげて泣いてた。


「別れるなんて言ってごめんなさい。
先輩に彼女ができても傍にいたい。
お願いだから遠くに行かないで!
あなたが好きなの!大好きなの!愛してるっ!」


私は泣きながら彼に謝っていた。

とても哀しい想いだった。

そんな哀しい想いのまま、それから数日後に彼は福島へ行ってしまった。

別れ

見送りに行かないつもりだったけど、いてもたってもいられず私は新横浜駅に行ってしまった。

時間とホームの番号を教えてくれていたので、彼はすぐに見つかった。

でも、彼の周りには会社の同僚らしき人が数人いた。


その中に女性が一人…


彼の横で笑顔を見せていた。

多分あの人が彼の新しい彼女なんだろう、と直感的にわかった。

綺麗な人だった…。

やっぱり私がどう足掻いても無理だ…

その時、素直にそう思ったんだ…。

発車時刻になり、彼は電車に乗った。

私は我慢出来なくて、彼の同僚の人達のすぐ後ろまで駆け寄っていた。

ドアが閉まって、初めて彼は私に気が付いてくれて視線が合った…ように思えた時…。

後から行くねー!という彼の同僚の中の女性が叫んだ。

彼は、ドアの向こうで私を見てたのか彼女を見てたのか…よくわからなかった。

後から行くのか…

それを知って、何となく諦めのついた私だった。

その日の夜、彼から電話がきたけど私は出なかった。

あの女性の顔が頭から離れないまま、私の恋は終わったんだって思った。
私が二十歳になった年の出来事だった。

再会

それから7年経ったある日のこと。

27歳になった私は、独りで服を買いに街をブラブラ歩いていた。

ふと、ブティックのショーウィンドウに写る自分の姿を見つめた。

2月にしては暖かすぎる陽気に、ジャケットを脱いで、白いワンピースが風に揺れているのを見て懐かしい想い出に包まれた。

彼と歩いたこの街。

先輩とデートしたときも私は白い服を着ていた。

彼の好みだったからだ。

あの頃は髪も今ほど長くなかったし、胸もペチャンコだったな…。

外見こそ胸は張りだしメイクもバッチリな今の私を先輩が見たら何て言うだろう…。

そんな事を想いながら、私はブティックに入った。

無意識に手に取る白いブラウス。

いつもそうだ。

ブティックに入ると必ず白い服を手に取る。

私の心に刻み込まれた彼の忘れられない想い出。

可愛い白のブラウスを買って、ブティックを出た。

その後、駅に向かいつつ服を見てまわった。

「よ~し、今夜はお店休みだけどそろそろ帰ろう」

見上げると、陽の傾いた街はビルをオレンジ色に染め上げていて、思わず目を細めた。

駅に向かいながら、今日買った服で明日の仕事に着る服をあれこれ思い浮かべながら歩いていると、懐かしさを感じる声に気付いた。

子供と一緒になってはしゃぐ声は、前から歩いてくる家族の声だった。

近付くにつれて家族連れの男性をビルに反射した夕陽が照らした時、私を見た男性の声と視線が止まった。

私も懐かしい声に耳を傾けながら、家族連れの男性を見ていた。

やっぱり先輩だ!えっ?でも何でこの街に?

私は思わず立ち止まり彼を見つめてしまった。

近付くにつれ、奥さんも私の視線に気付いて、すれ違い様に怪訝な顔を見せていた。

振り返ると彼も振り返っていたが、奥さんに何か言われたようで頭をかきながら前に視線を戻した。

奥さんも白いワンピースを着ていた。

新横浜の駅で彼を見送った時も彼女は白いワンピースを着ていたのを、その時思い出していた。

他人のそら似なんかじゃない。間違いなく彼だった。

頭を掻く癖も変わらない。

彼は私に気付いてくれたのだろうか…。

彼の家族の後ろ姿を見ていたら、あのときの哀しい記憶が甦ってきて涙が込み上げてきた。

私が女だったら…いまあの人の横にいるのは私だったかもしれない…。

そんなことを思いながら、私は夕暮れの空を見上げて零れ落ちそうな涙を堪えた。

あの日もそうだった。

彼を見送った後、私は夕暮れの空を見て泣いていた。

でも、これで良かったんだ。彼は子供好きだし私といたら子供授かれないんだから…。

今は私にも好きな人がいるし、愛してくれる人がいる。

あの人も家族の幸せに包まれているんだ。

これで良かったんだ。

私は自分に言い聞かせた。


別れてから数年…

福島から彼の会社があるこの街に帰ってきていてもおかしくないよな…

そんなことを思いながら私は駅に着いた。


想い出は宝箱に

涙目で電車に乗るのも嫌だったので、駅前をふらふら歩こうとして花屋に目が止まった。

「小さな想い出」という名前の花屋だった。

外に置かれている花を見ていたら、私と歳が同じくらいの淑やかな女性が出てきた。


「お気に召したお花があれば声をかけてくださいね」


花屋の女性は私を見てにっこり笑って店内に入っていった。

人の心を引き付けるような素敵な笑顔の女性だった。

私は女性に誘われるように店内に入った。

それほど広くない店内には花が所狭しと並んでいた。

それぞれの花には花言葉が添えられていて、見ているだけでも飽きなかった。

一つ一つ花を見ていくと気になる花が目に留まった。

クリスマスローズという可愛い花で、添えてある花言葉には…

「追憶」「私を忘れないで」「私の不安を取り除いてください」「慰め」「スキャンダル」、、、と手書きで書いてあった。

今の私の気持ちにピッタリだ…


「すみません、このクリスマスローズいただきたいのですが」


店内で花の手入れをしていた女性がすぐに来てくれた。


「はい、クリスマスローズですね」


そう言って女性店員は私に笑顔を向けた。

可愛い鉢に飢えられている小さなクリスマスローズを手に取り、女性店員はカウンターへ向かった。


「贈り物ですか?」


女性店員は私に聞いた。


「いえ、自分の部屋に置きたいと思って…」

「わかりました」


女性店員はそう言って、綺麗で可愛いラッピングを施してくれた。


「ここの花は、一つ一つ花言葉が書いてあるのですね」

そう言って私は女性店員を見た。

「はい、私が愛情込めて書いたものです。
花言葉を添えておくと贈り物にも迷われず、その時のお客様の気持ちで選んで買っていかれる方も多いんですよ。
お客様も花言葉を見てご購入決められました?」

「えっ?あ…はい、えぇ…まぁ…花も可愛いですし…」


私は女性店員に心を見透かされたような気がして、言葉が途切れてしまった。


「クリスマスローズには、慰め、追憶という花言葉があります。この小さい幸せの熊さんもサービスで入れておきますね」


女性店員は小さな熊の縫いぐるみをクリスマスローズの根本に置いてくれた。

よく見ると熊の縫いぐるみが手に持つ紙には「想い出は宝箱に」と書いてあった。

「あの…熊さんが持っている紙に書いてある言葉って…」

「はい、今私が書いたものです。お客様を見ていて思い付いた言葉です」

女性店員のささやかな気遣いに私は笑顔になった。

「クリスマスローズは少し大きくなったら、一回り大きめの鉢に植え替えてあげてくださいね。分からないことがあったら、またご来店下さい」

「わかりました。ありがとう」

笑顔の素敵な店員さんに、私は笑顔で会釈をして外に出てから「小さな想い出」という看板を見て、女性店員を見た。

「素敵なお店の名前ですね。また寄らせていただきます」

女性店員は満面な笑顔で、私に丁寧に頭を下げてくれた。

女性店員に笑顔で応え、私は花屋を後にした。

宝箱にしまう想い出を整理しながら駅の改札に向かった。



クリスマスローズは、あれから少し大きな鉢に植え替えて、熊の縫いぐるみと一緒に今も部屋に置いてある。
私の想い出と一緒に…

おやすみ…私の想い出…



初めての恋…
初めてのキス…
初めての恋愛…
初めての性体験…
そして初めての別れ…
初めて尽くしの私の恋愛は幕を閉じた。

人を好きになるのは簡単だけど
愛され続けることの難しさを知り
愛する意味の苦しさを知り
別れの辛さを知った
Sexual minority lost love





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