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妹‥17【連載小説】クライムサスペンス
窮追
須藤と新田興業の二人、斎藤と飯塚の車は警察の検問を巧みに抜けて港北区の隣、横浜都筑区へと入った。
ホテル街に着いたのはそれから10分後だった。
『須藤の兄貴、ホテル街に着きました』
『着いたか…』
須藤は手術後の痛みを隠しながら後部座席で座り直した。
『この辺りに倉庫のような建物があるはずなんだ。隅から隅まで走りまくって、それらしい建物があったら停まってくれ』
『分かりました』
須藤の言葉に斎藤と飯塚は、ゆっくり車を走らせながら夜の中に目を凝らしていた。
10分ほど辺りを走り回っていたところ、助手席から外を見ていた飯塚が、木に囲まれた暗闇の奥に窓から漏れる灯りのようなものを見つけた。
『ストップストップ!』
『見つけたか?』
斎藤が車を停めてライトを消し、助手席の窓の外に目を凝らした。
『電気着いてるの2階か?』
斎藤が言うと飯塚が頷いた。
『そうみたいだな。外に車が止まってるみたいだ…』
ホテルのネオンの灯りで、車のテールランプの反射版が光っていた。
『ちょっと見てくる』
飯塚は車を降りて建物の入り口の木に隠れながら建物に近付いていった。
建物の前にワゴン車が2台止まっていて、窓の灯りは2階の部屋の灯りだった。
飯塚は更に建物に近付いた。
大きな扉からも灯りが少し漏れていた。
その隙間から中を覗くと床に座っているのか、投げ出された足だけが複数見えていた。
飯塚は、ここに神栄商事の奴等がいると確信して車に戻ってきた。
『兄貴、ここに奴等が居るのは間違いないと思います。1階の大きいドアの隙間から中が見えたので覗いてみたら、床に投げ出された女の足が見えてました』
須藤に言いながら、飯塚は助手席に置いてあった木刀を握りしめた。
斎藤も助手席に置いてある木刀を手に持って須藤を見た。
『兄貴、俺と宏二で突入したいんですが…』
『‥‥俺は足手まといか?』
斎藤の言葉を須藤は否定した。
『い、いえそんなこと言ってません…ただ…』
斎藤は須藤の怪我を心配するのだが、言葉を詰まらせた。
『お前らが俺を気遣うのは分かるけどよ…さっきお前達がくれた痛み止め効いてるからな。ここは譲れない相談だぜ』
須藤はそう言ってドアを開けて先に歩き出した。
『分かりました、俺達が先に飛び込みます』
飯塚が急いで車を降りて須藤に並んだ。
斎藤も急いで車を降りて須藤の横に並んで須藤を斎藤と飯塚で挟むように、三人は横一列となって倉庫へと向かった。
沈静
静かな倉庫内。
それまで手足を結束バンドで拘束されたままの亮介、琴音、由美はそれぞれ12月の寒さを凌ぐため、三人が背中を合わせた格好で床に座り込んでいた。
亮介は倉庫内に監禁された後、神栄商事の連中が2階へ上がったのを確認すると由美と琴音の傍へと何とか身を寄せた。
そして琴音と由美に怪我の有無を聞いてから、病室で亮介に見せた手術用のメスを持ってるか由美に聞いた。
恐怖ですっかりメスのことを忘れていた由美は、思い出したように自分が着ている上着のポケットに入っている事を亮介に伝えた。
亮介は体をずらし、後ろ手に由美の上着のポケット部分を手繰り寄せて、上着の上からメスの形を確かめた。
そのメスの刃先を使って由美の上着のポケットに穴を開けてメスを取り出すことに成功した。
そのメスを使い亮介は何とか結束バンドを切ろうとするのだが、寒さで指も悴み中々上手く切ることができなかった。
亮介の手首の辺りは傷だらけになっていたが、亮介は根気よくメスを結束バンドに当てていた。
須藤、斎藤、飯塚の三人は、倉庫の前に止めてあるワゴン車の影に隠れて、少しの間様子を見ていた。
『鍵開いてるか見てきます』
飯塚が言って、車の影から出て大きなドアの状態を見た。
左右にスライドさせて開く大きな扉が、真ん中で合わさるところに頑丈そうな南京錠がかかっていた。
その横には小さめのシャッターがあり、その中から発電機のような音が聞こえていた。
飯塚は、そのまま倉庫を一回りしたが他に出入り口はなかった。
須藤と斎藤の元へ戻った飯塚は、出入り口が正面の大きな扉と、その横にある人が出入りするドアだけで建物は倉庫のようだと二人に告げた。
『そうか…』
須藤はそう言って少し考えた。
『隆、あの2階の窓に石を投げてみろ。2階から顔を出す奴が何人か数えろ。宏二は俺とあのドアの横に隠れる。誰か出てくるかも知れないからな。ドアが開いたら中に突入だ』
『分かりました』
斎藤が返事をすると飯塚も頷いた。
『奴等銃を持ってるかも知れないから、銃を手に持ってたら木刀で叩き落としてやれ。隆、俺達がドアの横に隠れたら窓に石を投げろ。いくぞ宏二』
『はい』
『はい』
飯塚宏二は須藤を見て頷き、斎藤も頷いて傍に落ちている適当な小石を拾い上げ手に持った。
そして須藤と飯塚がドアの横に隠れたのを確認したところで斎藤は2階の窓ガラス目掛けて石を投げた。
「バシッ」と音がして斎藤の投げた小石は見事に2階の窓に命中。
割れはしなかったが、数秒後に三人の影が窓に見えた。
窓に何か当たった音で、倉庫の2階はざわついた。
吉田は反射的に銃と、亮介が持っていた金の入ったバッグを手にした。
『何だ今のは…』
吉田が窓際にいる部下に声をかけた。
『暗くてよく分かりませんが…ギャングの連中が戻ってきたんでしょうかね』
窓際で外を見ている吉田の部下が振り向いて言った。
『奴等なら電話してくるだろう…須藤か新田興業の奴等かもしれないぞ!誰か外見てこい!』
吉田はバッグを抱え、銃を持ったままだった。
部下の一人は吉田のその情けない姿に舌打ちをした。
吉田の部下七人のうち三人が短刀と木刀を持ち、階段をバタバタと降りていった。
その足音に、亮介は奴等の焦りを感じ取った。
反撃
それまで亮介は由美が持っていた手術用のメスで結束バンドを何とか切ろうとしていたが、メスで切れた手首から流れる血の滑りで思うようにメスを持てなかったが、亮介は諦めることなく、階段を駆け下りてくる連中を見ながら根気よくメスを結束バンドに当てていた。
2階から下りてきた三人は、人が出入りするドアの鍵を開けてゆっくりドアを開けた。
ドアは外に開くドアで須藤と飯塚はドアの影に隠れる形となった。
一人が体半分出たところで、須藤と飯塚は開いたドアを力いっぱい押し返した。
ドアに挟まれた男は、思いがけないドアの動きに反応できないまま、見事に体の縦半分が挟まれて変な声を出した。
飯塚はそのままドアを開けて中に飛び込んだ。
そして亮介、琴音、由美の三人を庇うように立ちはだかった。
その後にドアから入ってきた須藤を見て亮介、琴音、由美は驚いた。
『須藤さん、何で…』
思わず声を出した亮介。
亮介、琴音、由美を見る須藤。
『兄貴はどうしてもあんた達を助けたいらしいぜ。あんた佐久間って人だろ?立てるか?』
飯塚は、そう言って亮介をちらっと見た。
『佐久間亮介だ。立てる…。メスで結束バンド切ろうとしてるんだけど中々切れないんだ。手を貸してほしい』
亮介は立ち上がり後ろ手に持っているメスを飯塚に見せた。
飯塚はすぐにメスを手に取り亮介の結束バンドを切った。
『足は自分で切ってくれ。忙しくなりそうだからよ』
飯塚はメスを亮介に渡して、階段から下りてくる複数の足音を聞いて木刀を握り直した。
亮介は自分の足の結束バンドを切り、次いで琴音の手首と足首の結束バンドを切った。
『ママ、由美のバンドこれで切って俺の後ろに隠れて!』
亮介はそう言って横に立て掛けてあった角材を手に取り、階段から下りてきて襲いかかってくる四人を飯塚と共に迎え討つ。
須藤は二人を相手に木刀を振り上げていた。
そこへドアに挟まれた男も体制を建て直し、須藤に襲いかかろうとしたところを斎藤が後ろから木刀で襲いかかった。
須藤の動きは、やはり鈍かった。
一人の木刀が須藤の腹を叩いた。
膝を着きそうになりながらも、須藤は木刀を前に付き出した。
木刀で叩かれた須藤の腹の、縫合した傷口が開き血が滲み出てきた。
それでも痛みを堪え、木刀を前に付き出したまま次の相手に近付いた。
飯塚は階段から下りてきた四人のうち二人を、亮介は残りの二人を相手に奮闘していた。
そこへ階段から下りてきた吉田が飯塚に銃を向けて引き金を引いた。
「パンッ」という音と共に飯塚の脇腹を銃弾が貫通した。
撥ね飛ばされるように飯塚は後ろへ倒れた。
飯塚が倒れたのを見た亮介は、自分達を助けてくれた男に駆け寄りたかったが、神栄商事の二人がそうさせてくれなかった。
『宏二!』
同じく倒れる飯塚を見た須藤は、開いた傷口を押さえながら倒れた飯塚の名前を呼びながら近寄っていった。
そこへ飯塚と渡り合っていた二人が須藤に襲いかかった。
『てめぇ、この前の借りを返してやるからな!』
そう言って須藤に襲いかかる男に向けて、須藤は木刀を下から斜め上に振り上げた。
男の木刀を弾いた須藤の木刀は男の顎を掠った。
その直後、もう一人の男の短刀が横から突出され須藤の脇腹に深く刺さった。
須藤は激痛を堪え、その男の喉を掴み、自分の腹に刺さったナイフを抜き取り男の腹に突き刺した。
『昇り龍の須藤を舐めんじゃねえぞ…』
須藤はそう言って男に刺した短刀を更に深く刺しその短刀を右に捻った。
男はもう一度呻き声を上げて倒れた。
須藤は強烈な痛みに気を失いそうになったが、階段の上にいる吉田を睨み付けた。
『須藤さん!もうやめて!』
琴音が叫んで須藤に駆け寄った。
丁度その時、タクシーでホテル街の近くにあるはずの倉庫のような建物を探していた兼子が、何時も斎藤が運転しているワゴン車のアルファードが道路に止まっているのを見付けた。
『ここだ、ここで止めてくれ!』
料金は一万五千円を少し越えていたが、二万円を運転手に渡し釣りは入らない、と言って舎弟の向井と共にタクシーを降りて木に囲まれた奥にある建物に向かって行くと、建物から罵声が聞こえてきた。
決着
『向井、突っ込むぞ!』
兼子は走り出した。
『兄貴、遠藤医院に居るはずの斎藤の車が何でここに?』
『分からん。だが、斎藤がここに居るのは間違いないだろう』
建物に着いた兼子と向井はドアを潜り抜け中に入った。
琴音が須藤に抱きついて泣いていて、少し離れたところに飯塚が腹を押さえて転がったまま呻いていた。
『向井!飯塚を助けろ。亮介!大丈夫か!?』
向井は転がっていた木刀を拾い上げ、飯塚の元へ駆け寄った。
亮介は二人と争っていたが一人を倒したところだった。
『兼子さん、俺は大丈夫です、須藤さんを!』
『分かった』
兼子は須藤の元へ駆け寄った。
何とか琴音に支えられ立っている、須藤の足元を見ると血溜まりができていた。
『兄貴!何やってんだよ!病院に居なきゃいけない体だろ?』
『おぉ、…ひ、ひろ…ゆき…てめぇ琴音のこと…だ、黙ってやがっ…たな…』
兼子が来たことで2階に戻った吉田が、また階段に現れて銃を須藤に向けた。
それを見た須藤は、琴音と兼子を突き飛ばしたところで、2発の銃弾を須藤の体が受け止めた。
須藤はその場で膝を着いた。
吉田はもう一度引き金を引いた。
銃弾が須藤の腹に当たり背中から飛び出した。
兼子は起き上がり、階段を上がり須藤を護るように正面から吉田に襲いかかった。
吉田は、兼子に向かって銃を向けた。
兼子は怯むことなく吉田に掴み掛かろうとした。
吉田は兼子の猛烈な怒りを感じ取り、恐怖のあまり引き金を何度も引いた。
一発だけ銃弾が飛び出しただけで、後は空撃ちになった。
その一発が兼子の肩に当たり、吉田は体制を崩した兼子の横をすり抜けるときに現金の入ったバッグを落としたが、そのまま外へ飛び出しワゴン車に乗り込んだ。
そして、猛スピードでホテル街を抜け、狭い道路をスピードをあげて走り抜けたが、ハンドル操作を誤り、ガードレールの途切れた所に突っ込み、そのまま車ごと川の土手を転げ落ちて、逆さまになって鶴見川に落ちた。
それほど深さのある川ではないが、車は土手を転がり、潰れた屋根を川底に着けて転覆した。
シートベルトなど着けていなかった神栄商事の吉田の身体は、車内で転がり腕は窓から飛び出し、川底とワゴン車の潰れた屋根に挟まれ、浅い川で溺れた吉田は、車から出てくることはなかった。
神栄商事の連中は、負傷したものを連れ出しワゴン車に乗り逃げていった。
琴音と妹を取り戻したことで、兼子も亮介も逃げた連中を追いかけることはしなかった。
静かになった神栄商事の倉庫内では、倒れている須藤を抱き締める琴音の泣き声が響いていた。
『ひ、ひろ…ゆき…い、要るか…』
『兄貴…側にいるよ‥』
『お、おれ…よ…い、今…はじめ、て…し、死にた…くねぇって…おも…』
須藤はそれ以上話せなくなり、琴音の顔を見ながら静かに目を閉じた。
兼子と亮介、男達は唇を噛み締めた。
少しして、亮介は吉田が落としたバッグを拾い上げ中身を確認した。
800万と神埼の残りの200万、丸々残っていた。
そのバッグを、涙を堪えながら兼子に渡す亮介。
『妹に200万、琴音ママに500万、遠藤先生に300万渡してください。これは須藤さんのお願いでもあります』
『‥‥そうか。分かった。亮介‥やっぱり行くのか?警察に‥‥』
『はい。俺は、このまま警察に行きます。連中も居なくなったし、俺一人で警察に出頭します。須藤さんの事は怪我が悪化して‥‥‥‥、亡くなったと言っておきます』
亮介は、そう言って鼻を啜りながら涙を零して兼子を真っ直ぐに見ていた。
兼子も亮介の意志の固さに小さく頷いた。
神栄商事と亮介、須藤の抗争はクリスマスイブの前日に終わった。
冷たい月が浮かぶ冬の夜…。
ホテルのネオンは、いつもと変わらないであろうきらびやかな光を放っていた。
続く。。。