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健康保険は保険と呼べるのか?~高額療養費制度における自己負担額の引き上げについて思うこと~

こんにちは!
今回はちょっと真面目な話をします。

少し前から話題になっている高額療養費制度の上限額引き上げについてです。

高額療養費制度の引き上げがどんなものなのか、ということについてはこの方の記事が詳しいので、ここでは述べません。

確かに社会保険の持続のために医療費の抑制が急務であることは事実です。
しかし手始めに高額療養費制度の引き上げに着手したことは悪手と言わざるを得ません。
何故なら、この高額療養費制度こそが日本の医療保険制度の根幹だからです。
というか、ここを弄ってしまえば現状保険としては破綻してしまっている健康保険制度がその体裁すらも保てなくなってしまうと考えます。
ということで、日本の健康保険制度の何が問題なのかについて語りたいと思います。


健康保険は保険とは呼べるのか?

最初に、そもそも保険って何?ってことから話したいと思います。
保険には「不測の事態に備える」というニュアンスがあります。
民間保険には、投資や貯蓄の側面があるものもあったり、色々なオプションがあるので複雑ですが、厳密には純粋な保険というものは掛け捨ての保険を指します。
つまり、「可能性は低いが、もし起こってしまえば生活が破綻するリスクがあるもの」に対して、加入者全員が少額ずつ出し合って助け合う、これが本来の保険です。
自動車保険、火災保険などをイメージするとわかりやすいかと思います。
自動車保険は自動車を運転する人間全員に加入が義務付けられていますよね。
運転免許を取り立ての頃は保険料が高く、安全運転を続けていれば徐々に安くなります。
その代わり一度でも事故を起こしてしまうと保険料はかなり高くなります。
このこと自体に強い不満を持っている人はあまりいないんじゃないかな、と思います。
車の保険料が高いという不満を持っていても、運転免許取り立ての場合保険料が高くなること自体におかしいと思う人はいませんよね。

これは当然で、運転免許取り立ての若い人は事故を起こす可能性が高いからです。
保険には、大数の法則、収支相当の原則、給付・反対給付均等の原則があります。
細かい説明は省きますが、要点としては加入者が多いほど保険料が安くなる、リスクが高い人は保険料が高くなる、収支のバランスが保たれる、などの原則により公平性を保っているということです。
なので、若くて事故を起こしやすい人の保険料が高く、事故を起こしにくい人の保険料が安いこと、これまで起こした事故の回数で保険料が変わることは理にかなっていると言えます。

ここがおかしい健康保険

では、健康保険は保険の原則を守っているでしょうか。
ここを考え出すと色々おかしなことに気がつきます。
日本の保険制度は「世代間扶養」と「富の再分配」の原理が働いているという側面があります。
保険料は世帯収入で決まるため、若くて働き盛りの保険料が高く、高齢者は収入が少ないため保険料は安くなります。
しかし、病院にかかるのは圧倒的に高齢者で若い人はあまり病院にかかりません。
それなのに現役世代が保険料を多く負担しているのは収支相当の原則と給付・反対給付均等の法則に反しています
しかも今の日本は少子高齢化で人口構造が歪です。
保険料が少なく、しかも病気になるリスクが高い層が多数なのですから、大数の法則にも反しています。
最初から保険としては破綻しているのです。

なぜ日本の健康保険制度は歪なのか?

誤解のないようにしておきたいのですが、私は国民皆保険制度自体は良い制度だと思います。
しかし、時代の変化にあわせて制度自体を見直すことは必要だと思います。
そしてそのことは早くからわかっていたはずなのに、事ここに至るまで見て見ぬ振りをしてきた、これは政治の怠慢だと思います。

歴史的には1961年に国民皆保険制度が導入され、その後高齢者医療無料制度が導入されましたが、この時は生産年齢人口が多く、高齢者が少なく平均寿命も短かったので維持可能だったのですが、その後の高齢化で崩れたという流れです。

現在の健康保険は厳密な意味では保険と呼べる代物ではなく、社会保障の側面が強いもの、要するに税金でしかないと言えます。
それならば健康税などと名前を変えるべきなのですが、そうした動きは今の所ありません。

高額療養費制度は最後の砦、のはずだった

では本題に戻りましょう。
高額療養費制度の上限引き上げはなぜ問題なのでしょうか?

それは、実質的に税金であるとした現状の健康保険の中で、それでも唯一現役世代にとってメリットであったのはこの高額療養費制度があったからです。
そもそも医療費の自己負担割合を考えれば、保険適応となるような病気の治療において、高額療養費制度の対象になるような状況はそんなに多くないのです。
それこそ悪性腫瘍、自己免疫疾患、希少疾患など難病だと思います。
これはかかる確率は低いものの、もしその病気になった場合に生活に大きな影響を与えるという意味で、まさしく保険が役立つ状況そのものです。

そうは言っても、医療費増大の中でここに切り込むのはやむを得なかったという意見もあります。
実はこれを解決するのは簡単なのですが、誰も手をつけようとしません。

つまり最も簡単なのは保険の対象となるものを絞ろう、ということです。
そもそも、保険とは何度も言うように、起こる確率が少ないが起こると大変なものに備えるものです。
確実に起こるものに保険を適用する事は出来ません。
では、確実に起こるものとは一体何でしょう。

それは「老化」です。
当たり前ですが、人間には寿命があります。
しかし、現実問題最終的に人間は何かしらの病名をつけられて亡くなるのです。
病気以外では人は死にません。
「老衰」ですら、死亡診断書に記載される病名の1つでしかないのです。
この歪さに目を向けないことには、根本的な解決は不可能でしょう。
100%起こるものに保険は適用できないという原則を当てはめるならば、例えば高齢者の誤嚥性肺炎からの呼吸不全で死亡、のような状況は健康保険の適応から外すべきです。

保険適応の議論は倫理的問題を孕んでいる

しかし、この議論はそう簡単なことではありません。
何故かと言うと、老化に伴う病気とそうではないものの区別をどうやってつけるのか、という倫理的な問題をはらんでいるからです。

例えば、SNSでは高額療養費について様々な意見が噴出しました。
「認知症のレカネマブこそ保険から外すべきだ」、「透析は自己負担にすべきだ」のような、意見がちらほら見られています。
この意見自体は以前からあったもので、今回初めて耳にしたわけではありません。
しかし、私はこの考え方は危険だと思います。

レカネマブはアルツハイマー型認知症に対する新薬です。
認知症の進行抑制に有効な一方で薬価が高額であることが問題視されています。
しかし、だからといってレカネマブを保険適応にすべきではないという言説は正しいと言えるでしょうか。

人間は老化で全員アルツハイマー型認知症になるわけではありませんよね?
遺伝であったり様々な要因で若年で発症してしまう人もいるので、一律に保険適応にすべきではないとは言えないと思います。

透析はどうでしょうか?
「IgA腎症など自分の責任じゃないのに透析になった人もいる!」という人もいますね。
では透析患者の半数を占める糖尿病性腎臓病に関してはどうでしょうか。

糖尿病は生活習慣病で自堕落な生活が原因なのだから、透析は自費にすべきだ!なんて極論を死んでる人は、まさかとは思いますがいませんよね?
糖尿病は確かに生活習慣が大きな影響を与えますが、遺伝的素因が大きな原因になっていると言われています。
3食ファーストフードのような極端な食生活を続けていても健康に生きられる人もいれば、かなり生活に気をつけていても糖尿病になってしまう人もいますね。
果たして、糖尿病での透析は自己責任と本当に言えるでしょうか?
私は言えないと思います。

他の病気に関しても、そんなにすぐに結論を出せるほど簡単ではなく、老化が原因の病気と、そうではない病気を一律にわけることはかなり難しいと思います。
しかし、だからといってほとんど終末期のような方にも湯水のようにお金を使い続けて言い訳ではない。
難しいですが、やはり議論は必要なのです。
そして、その議論はかなりセンシティブな話題を含みます。特に実在の薬や病名を出す場合、その病気に実際にかかっている人がいること、高額な治療を受けている人がいるということを、想像することが大事だと思います。

まとめ

  • 高額療養費制度の引き上げにより、健康保険は保険の体をなさなくなる

  • 老化に伴う疾病にまで保険で賄う現状を変えなければ現行の保険制度は維持できない

  • 特定の疾病や薬剤を保険適応から外すという議論が必要だが、倫理的な問題を抱えており簡単ではない

かなり、難しい問題だからこそ我々一人が考えていかなければならない問題だと思います。
注意点として、今回の問題は日本の保険制度の歴史的流れや、人口構造や産業構造の変化などが複雑に絡み合った結果として湧き上がっている問題であり、財務省が悪い!自民党が悪い!高齢者が悪い!などといったように、問題を単純化することは分断を招くだけであり建設的な議論とは言えません。
怒る気持ちがわからなくもないのですが、冷静に議論することが必要だと思います。

しかし、こういうと語弊がありますが、政府がはっきりと現行制度のままでは持続不可能というメッセージを打ち出したことは悪いことばかりではないと思います。
今までの日本は充実した医療制度で病気になっても病院に容易にアクセスでい医療費もかからない、医療天国のような国でした。
これからはそうではなくなります。

つまり、自分の健康を自分で保つ、セルフメディケーションや予防医学の重要性がより増すということです。
でもこれってある意味当たり前のことです。
今まで日本人は健康の価値を低く見積もりすぎていたのかもしれません。

ということで、これからも一緒に勉強していきましょう。
それではまた。


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