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シュトゥットガルト図書館へのエクスカーション
シュトゥットガルト中央駅から地下鉄Uバーンで一駅、まさしく「町の図書館」駅で下りるとすぐに図書館が現れます。外観はほぼ立方体、建物は一辺44メートルの正方形、高さは40メートルだそうです。
玄関から自動ドアをくぐって入ると、殺風景なロビーのようなものがあり、さらに進むとまさしく立方体の空間があります。立方体の中に立方体の空間があり、その内壁には小窓が天井には明かり取りのガラスブロック。それ以外何もない空間です。
ここは本当に図書館なのか。本が1冊もない図書館のように見えるその空間を、さらに突き進むとエレベーターがありました。私は内部構造をある程度聞いていたので、迷わずそのエレベーターに乗り込んで最上階の8階のボタンを押します。
そこに広がるのは、正方形が幾重にもなった図書館。8階から7階、7階から6階へと、1段ずつその正方形が狭まり、4階部分で床に辿り着きます。土曜日の昼前だというのに、その図書館は人影もまばらで、知る人がほとんどいない古代遺跡のようでもありました。
しかしシュトゥットガルト市の観光案内地図にもこの図書館は掲載されています。2011年に完成したこの図書館は、コンペによって韓国人建築家イ・ウンヨンが設計したランドマークであり、市民が訪れる憩いの場でもあります。
最上階の8階にはカフェもあり、今日は出られませんでしたが、ふだんは市を見遥かすバルコニーにも出られるはずです。4階から8階の階層ごとに分類された本が、実に行儀よく、まるで立方体に命令された従順な生徒たちのように並んでいます。
屋上の一部も明かり取りのガラスになっており、白く明るい空間はさらに開放的に、ちょうど空中に浮かんでいるかのように、この蔵書を守り開陳しています。エッシャーの騙し絵のような空間ですが、実は機能的で規則正しく、整然としています。
4階部分の床の真ん中には、ガラスブロックがはめられた正方形があります。そう、1階にあった立方体空間の天井のガラスブロック、それが4階の床の真ん中に据えられています。つまり、立方体の中にある立方体空間が、その上の4階から8階の正方形をしっかりと支えている、そのような構造なのです。
シュトゥットガルトに来たときに、この図書館の紹介を読んで、ぜひとも訪れたくなりました。余裕のある創造的空間は、石川県立美術館にも通底するものですが、金沢のものが柔らかな空間だとすれば、こちらは硬質な空間と言えるかも知れません。
この図書館には多くの座席もあり、たとえば小説コーナーだと、作家ごとに余裕のある書架にその作品が品良く整然と並びます。ひとたび座ってしまうと、その空間に飲み込まれそうなくらい、気分が高揚する場でもあります。
しかしながら、第2外国語にドイツ語を取った私は、その不勉強からドイツ語の文章を読む力は有りません。英語であっても1冊の本を読破するのは難しいと思います。かつて一緒に働いた英国人が、漢字仮名交じり文をメールで操り、日本語も相当うまいのに「でも日本語で小説や新聞は読めない」と言っていましたが、その比ではありません。
この図書館にある本を、私は1冊も読めない。それに気づいた時、何かしらここを訪れていることへの冒涜のような気持ちが湧き起こりました。もちろんそんなことを感じず、この空間に浸るだけで良いのです。そう思い直し、ゆっくりと立ち去りました。