死ぬまで生きると決めた日
6年前、母が他界した。
元々体の弱い人だったけど
私を産んだ後、さらに膠原病を発症し
以来亡くなるまで病に苦しんだ。
最期はガンが全身に転移し
あっという間に逝ってしまった。
父を置いて。
小さな町の裕福な家庭で育った
16歳の母の目には
本人曰く『愚連隊のリーダー』だった
27歳の父はどう映ったのだろう?
結局2人は間もなく一緒になったわけで
きっと自分を現実から救い出してくれる
ヒーローのような存在に思えたのか
はたまた自分の置かれた窮屈な日々を
代わりにブチ壊してくれる
破壊神としてすがったのか…
今となっては確認の仕様がないけど。
多分、どっちもあった気がするな。
母が生きる全てだった父は
1人になって
毎日泣いた。
脳梗塞の後遺症で
口の麻痺がひどかった父は
通訳者も同時に失ったことで
周囲とのコミュニケーションも
ままならず
絶望を感じていたと思う。
同居していた兄家族と
どうにも上手く行かなくなって
私の家に来てからも
父は変わらず父だったので
毎日泣いて言うのだ。
『早く死にたい』
『早く母の元に行きたい』
私は家族の中でも
父の言葉を理解できたので
良い反面、辛かった。
気持ちは分かる
分かりすぎる
が、そりゃどうにもならんのだ。
なので、毎回こう答えた。
「いつかは死ぬんだよ」
「それがいつかは誰にも分からんけど」
「死ぬまで生きるんだよ」
その時は
あまり深い意味もなく
とにかく毎日父から発せられる
ネガティブに潰されないために
あっけらかんと、明るく
とっさに出た言葉が割と良かったので
模範解答のように常用してただけで。
逃げたいけど逃げれない
そんな状況に陥ると人間は
自分でも想定してなかった行動や
言葉が出るんだなぁと。
父も亡くなった今
改めて思い返してみたんだ。
あれだけ毎日言ってた
「死ぬまで生きる」
の意味を。
言葉としてはごもっともだし
だから何?てカンジもするけど
以外と実践するの
難しい。
辛いことなんか次々起こるし
思い通りになんか行きやしないし
悲しくて、寂しくて
人ってすぐ最悪なことを想起する。
だから、
「死ぬまで生きる」
ためには工夫が必要だ。
どうしたらよからぬ事を考えないように
毎日過ごせるか?
辛いことが起きた時
悲しくて泣いた時
不安で潰れそうになった時
そんな中でもどうにかして明日へ繋げる
いつか来るその日まで。
自分ってどんなヤツ?
何が好きで何が嫌い?
楽しい時ってどんな時?
何ですぐイラッとなっちゃう?
生きることに必死だと
自分を粗末にしちゃうから
周りにも関心が無くなってくし
どうでも良くなっちゃう。
あーきっとこれだな。
自分を大事にすることからだな。って
思えたのは良かったな、今思うと。
すぐには難しかったけど
少なくとも粗末にしないように
やけを起こさないように
リセットしないように
とりま頭の回転数を下げようと
目の前の仕事とか
溜まってる皿とか
何でもいいから目の前のものを無心で
こなすことだけに専念した。
今も考えすぎて
ヤバイなって感じたら
とりま周りを見て
やる事見つけてやる、とにかく。
それを繰り返した分だけ
自分を認められるようになって
万年最後尾だったのが
だいぶ最前列に近づいてきてる。
少なくとも表情は読み取れるし
時々声も届くくらいに。
誰もいなくても
自分には自分がいる
そう思えるだけで嬉しい。
自分が大切に思えたら
どんな困難な目にあったとしても
そんな大切な自分だけは
守りたいなって思えるかもだし、
そう思えたら
どうにか明日に繋がるんじゃないかな?
それをいっぱい繰り返したら
目標である
「死ぬまで生きる」が
いつか達成できるんじゃないかな?
今はそんな考えに落ち着いている。
これからも波は起きる
ハズである、生きてれば必ず。
つい先日もしんどかったし実際…
でも
何とかなったのは
やっぱ自分を大切にできてるから
かもなーと実感できたよ。
さて
そろそろ自分のために
夕飯を食べるとしよう!
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