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明かりをつけて カオルコ(小学2年2学期)登校拒否

昭和時代の転入生

 カオルコが登校すると、教室にいた子どもが全員廊下に出ていく。だれも入らない。カオルコに孤独が染み込むのを確認して、朝の会が始まる前に、みんな席に着く。カオルコは学校でユキにいじめられていた。ユキはボスだ。ユキは全員にカオルコとの会話を禁じた。

 小学2年の2学期、カオルコは親の都合で引っ越した。夏休み明けの転入生は注目を集めた。カオルコは多くの子どもに囲まれて、次々とかけられる質問に丁寧に答えた。初めの数日は校庭で何人かと遊んでいた。まもなく、全員からのシカトが始まる。昨日まで一緒にブランコで笑っていた子が、口を結んで横を向く。カオルコは息を呑んだ。苦しい。悲しみとは苦しみだ。数秒間息が止まる。そのとき涙は流れない。

ユキの世界

 帰りの会が終わると、カオルコはユキに誘われた。一緒に遊ぼうと言ってくる。放課後は毎日のように二人で遊んだ。ユキがボスなのはわかっていたが、それでも1日ひとりぼっちで過ごしていると、たとえ諸悪の根源からであっても声をかけられたら嬉しくて、カオルコはユキの誘いを断らなかった。

 行き先はユキが決める。一度だけ、カオルコはユキが登録している学童保育室に連れていかれた。この学校の学童保育は、校門に一番近い1階の空き教室を使っていた。引き戸から直接出入りできた。来て、とカオルコに命令して、ユキは靴を脱いで保育室に入っていく。薄い絨毯が敷いてあり、机は丸くて背の低いちゃぶ台がいくつか置いてあった。部屋の奥でエプロンをつけた大人がちらりとこちらを見たが何も言わない。他に数人学年の違う子どもが離れて床に座っていたが、二人が入っていってもだれも顔を上げない。暗い。電気が消えている。ユキはまっすぐひとつのロッカーに向かい、本かノートかを取り出してランドセルにしまうと、行くよとカオルコに声をかけた。部外者が入っても出ていっても、だれにも気にされなかった。

 遊ぶ場所はいつもユキの家だ。住宅街の綺麗な一軒家だった。事前にユキの家に入るためのチケットを渡される。ノートを横に4等分して切り取ったユキの手作りだ。玄関でユキに渡してユキが切り取り、残りを返される。何度も遊ぶうちに、このチケット作りもやらされることになる。右1/4あたりが切り取れるようになっていた。チケットを座布団に置いて、定規で引いた切り取り線を爪楊枝で刺していくと、手で切り取れるようになるのだ。

 暗くなったら帰る時間だ。ユキの家はいつも留守だった。きょうだいもいない。暗くなってもユキは電気をつけなかった。暗いリビング、暗い廊下、暗い玄関。また明日ねと言ってカオルコは暗い家を後にする。明日また、学校で誰にも口をきいてもらえない。でも、綺麗なユキの家より外の方が明るかった。カオルコは家に帰れば母や弟がいる。電気もついている。ユキはひとり、あの暗い家にいるのだ。

登校拒否

 カオルコはおたふく風邪になって1週間休んだ。そしてそのまま学校に行くのをやめた。学校でのいじめや放課後のユキとのことを、母にうまく伝えられなかった。いじめは悪質になるときがある。雨も降ってないのに濡れて帰ったり、靴を隠されて上履きで帰ったりすることもあった。おたふくの出席停止が解けても毎朝うずくまるほどお腹が痛くなった。朝だけ発熱する日もあった。カオルコの母は休ませてくれた。11月も12月も休んでいるうちに、また親の都合もあって3学期は別の町に引っ越すことになった。

明かりをつけて

 カオルコは大人になってから、時々ユキを思い出す。ユキは一度も家の電気をつけなかった。保護者が家を空けるとき、電気をつけたままにしてくれればよかったのに。何度も暗い家にユキを置いてきてしまった。あのあと独りでどうしていたのだろう。ユキは大人になれたのだろうか。暗いねと言って明かりをつけてあげればよかった。

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