幸せの花冠をあなたに
『この間彼女に、108本の赤いバラの花束を贈ってプロポーズしたんだ』
『まじ?俺は、眺めの良いホテルを予約して、部屋中赤いバラでデコレーションしてもらった』
大学を卒業して、飲み会の席で久しぶりに会った先輩たちは次々とそんな言葉を口にした。女子会では、ときたま「どんなプロポーズに憧れる?」なんて会話になることもあったけれど、こんなロマンチックなプロポーズを実際に先輩たちの口から聞くことになるとは、思ってもいなかった。
実際のところ、ロマンチックなプロポーズに憧れないわけではないが、もし自分のお付き合いしている彼が…なんて想像すると、あまりにも不自然で、可笑しくて笑ってしまいそうになる。
なにしろ、『お花飾ったの♪』とウキウキしている私に向かって『きれいだけど、なんでお花買おうと思ったの?』と真顔で返してくるような彼だ。きっと先輩たちのようなロマンチックな演出は思いつきもしないだろう。
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彼とお付き合いを始めて間もない頃、『どうしても行きたいところがあるの』と、私は彼をある場所に誘った。
ストロベリーキャンドルの花畑。
夏にはひまわり畑となるその場所には、土壌を豊かにする肥料とするために、ストロベリーキャンドルが植えられる。
『行けたら寄ろうか』
明らかに花畑への興味が薄い彼とのデートプランで、お花畑の優先順位は最下位に位置付けられた。それでも彼は、ソワソワしている私を見て、夕陽の沈む頃に私をその場所に連れて行ってくれた。
青空にはよく映えるはずの紅は、すっかり夕陽の朱に飲み込まれ、美しさよりもどこか寂しさを感じさせるような形で一面を覆っていた。その日は特に夕陽がとても綺麗な日で、私たちはお花畑に姿を消していく太陽を眺めながら、『綺麗だね』と言い合った。
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翌年、私は再びその花畑を訪れた。それはよく晴れた日の、気持ちのいい朝だった。
その日のストロベリーキャンドルたちは、青空の下で嬉しそうに咲き誇っていて、私は真っ白のワンピースを身に纏った友人と一緒に、その紅の世界へと駆け出した。
周りには、同じようにカメラを持って花畑を訪れた人たちもチラホラいて、しばらくすると、純白のドレスに身を包んだ花嫁さんが現れた。隣には胸ポケットにストロベリーキャンドルを挿し、タキシードを着込んだ新郎さんの姿。カメラマンの指示に従い、幸せそうに撮影を行なっている姿は、私たちをも幸せな気持ちにさせた。
時期が来たら刈り取って肥料にしてしまうその花畑では、自由に花の摘み取りが許可されている。
私は友人のリクエストに応え、ストロベリーキャンドルで花冠を拵えることにした。幼い頃に母から教わったシロツメクサの花冠の作り方。大人になった今でも、私はそれを忘れずに覚えていた。
順調に花冠を作っている途中で、私はハッと気が付いた。花を編み込んで、最後に輪っかにするための「仕上げ」の作業。その仕上げの作業は、いつも母親の仕事だった。幼い頃は、何度横でやり方をみていても、どうにも上手に仕上げることが出来なかった。私はただ、ワクワクしながら花冠が完成するのを眺めていたのだ。
今の私になら出来るだろうか…。
結局、曖昧な記憶を呼び起こし、すぐに解けてしまいそうなまずまずの仕上がりで、いびつな紅の花冠が完成した。
年甲斐もなく、花冠を頭に乗せながら花畑での写真撮影に夢中になる私たち。しばらくすると突然、女性に声を掛けられた。
『あの…さっき、花冠つけて撮影されてましたよね?自分で作られたんですか??』
女性の隣で、小さな女の子のキラキラした目がこちらを見ていた。
『ちょっと萎れてきちゃってますけど、よかったら使いますか?』
女の子は、目を輝かせてその花冠を受け取った。大人用に作られたその冠は、女の子の頭には大きすぎて、ネックレスのように首までスポッと通ってしまったのだけど、彼女は嬉しそうに頭の位置でそれを支えていた。
『娘さんと一緒に、写真撮りますか?シャッター押しますよ』
友人がそう声を掛けると、お母さんは申し訳なさそうに、でも凄く嬉しそうにカメラをこちらに手渡した。しばらくすると、少し離れたところにいた旦那さんと、妹さんもやってきて、いつのまにかそこは、家族写真の撮影会場になっていた。
大きな花冠を後ろから頭の位置で支えるお母さんと、目を輝かせる娘さん。少し照れ臭そうな旦那さんと、私も貸して!と花冠を狙う妹さん。目の前の4人の家族は、笑顔と幸せで溢れていた。
『4人で写真を撮ることってほとんどないので、嬉しかったです。本当にありがとうございました』
笑顔で私たちの前から去っていく4人の後ろ姿を見ながら、私は温かさとともに、少し羨ましさも感じていた。
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自分の意志に関係なく、周りから無理矢理結婚を意識させられてしまうような年齢になった今思うことは、記念日やプロポーズなんかの特別な日の演出にこだわるよりも、一緒に過ごす「日常」を大切にしてくれる人と時間を重ねていきたいということだ。
私は彼に「お花を好きになれ」なんてことは言うつもりもないけれど、日常のちょっとした彩りが幸せに繋がることに気付いてくれたら嬉しいな、とは少しだけ思う。一方で、彼はそのまま彼らしくいてほしいと思ってしまう私は、この矛盾する気持ちを抱えて生きていくことになるのかもしれない。
どんなデートよりもサッカーの試合が気になって仕方がない彼。彼の興味を根こそぎ奪っていくサッカーに嫉妬してしまうことなんてしょっちゅうだけど、私はそんな時に彼が見せる、少年のようなキラキラした眼と笑顔にどうしようもなく惹かれてしまう。
__私はいつか、あなたにそんな顔をさせられることができるのだろうか。
あなたの日常の中で、もっとワタシの存在が大きくなればいいのにと願ってやまない私は、ロマンチックなプロポーズを望むより、高価なプレゼントをねだるよりもずっとずっと、欲張りな人間に違いない。