食卓の向こう側(2)呆食「20年後、あなたの夕食は」
今日も引き続き2003年の西日本新聞の連載記事を紹介する。
「二十年後のあなたの平日の夕食を描いてください」
長崎大学N教授は長崎県内の大学の講義で、こんな設問用紙を配った。
ある女子学生は皿に盛られたビタミン剤と箱入りのサプリメント。ある男子学生はビールとご飯。あとは何もない学生が一割いた。
N「ビタミン剤の食事は楽しいと思うかい?」
学生「楽しくない。でも、そうなるんじゃないですか」
N「で、君はそれでいいと思うのかい?」
学生「…」
さらにNは、学生たちに自分の食事(三日間)をカメラで撮ってもらった。
自宅通学の女子。
初日は朝「なし」、昼「鳥の唐揚げ」、夜「お好み焼き(惣菜)」。
二日目は朝「洋菓子1個」、昼「なし」、夜「くし揚げ(外食)」。
三日目は朝「おにぎり2個」、昼「そうめん」、夜「ハンバーグ、ご飯」
全員の食事写真を並べると、持ち帰り弁当やハンバーガー、菓子パン、コンビニおにぎりは当たり前。
スナック菓子一袋、バナナ一本というのもあった。
外食、飲み会が少なくないところを見ると、金がないわけではない。何となく食べているという雰囲気が漂う。
こんな食生活を続けるとどうなるか。Nは丁寧に学生たちに説明する。
もっとも危惧されるのが、骨がスカスカになって折れやすくなる骨粗鬆症。
骨の強さを示す骨密度は男女とも二十台半ばにピークに達し、以後減少していく。
しかも三十代半ばからは、大量にカルシウムをとっても骨に吸収しにくくなるため、若いときにどれだけ骨密度を”貯金”しておくかがカギを握る。
ところが、学生たちが好む肉や加工食品の多く含まれるリンを摂りすぎると、骨からカルシウムが溶け出すうえに、腸内でリンと結合して体外に排出されることがあるのだ。
厚生労働省によると、国内の骨粗鬆症患者は推定で一千万人超え。学生たちの二十年後の食卓は、病院のベッドの上になりかねない。
半月後、Nは、再び学生たちに食事の内容を報告してもらった。
例に挙げた女子は「前回に比べ、今回は一日三回食べました。酢豚は自分で作り、ピーマンをたくさん入れました。でもまだまだ野菜不足です」。食生活を改めた学生が多かった。
食生活を考える。それは「二十年後の自分を見据える行為である」とNはいう。
「呆食(ほうしょく)」という言葉がある。栄養のバランスなど考えずに、好きなものを食べること。
呆食(は学生だけにとどまらない。「子どもの時から教えないと」。Nは今、小学生から大人までを対象にした「食事を変える食育プログラム」づくりに取り組んでいる。
足りないカルシウム
骨粗鬆症の予防には、バランスのとれた食事やビタミンDの摂取、適度な運動なども有効だが、2003年版「国民衛生の動向」によると、15歳以上でカルシウムの摂取量が必要量が上回っているのは60〜69歳だけ。特に20〜29歳で不足が目立っている。
自分が北九州の小倉にある短大に通っていた頃、友達と食べに行くのは美味しいハンバーグの店が多かった。おやつを買うのもコンビニ、お弁当やおにぎりに唐揚げ、菓子パンなども普通に買って食べていた。
上記の長崎大学のN教授みたいに、こんな食生活が将来の病気の原因になることを教えてくれる人はいなかったし、もし自分にその知識があれば、この話に出てきた生徒のように食生活を改めたかもしれない。
結局、腸内環境の悪化が原因で、17歳の時にギランバレー症候群という難病にかかり、社会人になって25歳で再発した。
それでも、食生活を改めなかった。
27歳の時にワーキングホリデーでカナダに行き、一緒に住むようになった女性が、MSG(グルタミン酸ナトリウム=うま味調味料)入りの食べ物を摂取すると偏頭痛になると教えてくれた。
食品のラベルを注意深くチェックする彼女の姿を見て、添加物が体に悪影響を与えることを悟った。
人は経験からでしか学べないのかもしれない。
2003年の大学生と同じ年齢だった頃の自分の食生活を重ね合わせながら、今とは真逆の自分のことを懐かしく思い出した。