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人生は野菜スープ

マンションの地下駐車場の路面はどこも決まって平滑で、ハンドルを切る度タイヤが普段聞き慣れない滑走音を鳴らす。車外者には密林から聞こえる怪鳥の求愛みたいで耳心地が良いとは言えない音も、ハンドルを握る者にとっては己の操作感を具現化し高めてくれている気になるのか調子こいて君はcmみたいなノンストップ高速駐車しようとしてキュキュキュゴッという音と共に車両左後方のウインカーが割れる。

君にとって大切なことは僕も共有したいと思ってるし、共に暮らすってその積み重ねだから。
積み重ねれば皿も一枚くらい割れるさ、皿はね。


「こちら2LDKのお部屋になります」

初めての同居生活、お世辞にも綺麗なマンションとは言えないけど駅は遠くないしベランダからも街がよく見える。あれは国道かな、そこに行けばどんな夢も叶うという誰も皆行きたがるが実際行って住むとうるさいし埃っぽくて死体がよくあがる国道だよなあれ。

空っぽの部屋の壁に手を置きながら君はキッチンの方へ歩いていく。
テレビは壁掛けにしても、その角にソテツを置くと私のビーズクッションは置けないなあ。ベランダのある窓のカーテンは白のレースがいいな、朝の陽射しが優しくフローリングの床に降り注いで、そのフローリングに置いたテーブルの上には並々と汁が入った火鍋が…思い出したようにポケットから何かを取り出した君は僕を振り返る。

「こういうのもちゃんとチェックしないと。私もう奥様だし…ね? へへ」

そう言うと取り出したビー玉をフローリングの床に放る。ビー玉がキッチンからベランダの方へ向かってころころ転がっていく。平滑に見えるフローリングもビー玉の微妙な振動で凹凸があるのがわかる。カーテンのない窓辺を通り強い西日がビー玉を照らすと玉の中のそれが何か誰にもわからない藍色の模様がフローリングにくるくるまわる色を落とす。転がるビー玉に意志はない。だけどこのビー玉は凹凸を超えてどこかに辿り着く。
君が思っているよりもずっと、不動産のお姉さんが思っているよりもずーっとずっとゆっくりビー玉は転がりソテツを置く予定だった部屋の袋小路にピッタリはまって止まった。

「ち、ちょっと!欠陥住宅よ!このマンションは傾いています!」

何で見たのか誰に報告してんのかわからないが言わんとすることは不動産のお姉さんへ伝わったのだろう。
角にはまったビー玉をしなやかな手つきで拾うと気の毒そうに不動産のお姉さんは君を見る。

「傾きをお調べするのでしたら、放らずにこう、その場に置いて頂かないと意味がないかと…」

そう、意味がないんだ。




時々ヴィーガンの君は野菜スープを作る。
僕は時々ヴィーガンというパワーワードの意味をできるだけ考えずにテーブルに着く。
大量のチキンコンソメの素を放り込まれて作られるスープを、君と飲むことだけが今の僕の幸せだから。

「ねえ、美味しい?」

「全部間違ってて美味しいよ」



「Life Is A Minestrone」10cc

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