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See My Baby Jive


仕事からひとりの部屋に戻るとpcに1通のメールが届いていた。私達の式の日取りが決まったことを知らせるものだった。

経験ある方ならお分かりだろうが、ここに辿り着くまで本当に大変だった。費用も労力もずいぶん使ったし、何よりそれに対する不安やブルーな気持ちが消えなかった。
だが、このメールで全て報われた気がする。

私はようやく結婚できるのだ。
知らない人と。


式の当日、沢山のタキシード姿でぎゅうぎゅうにすし詰めされたマイクロバスが会場へ向けて出発すると、車内で全員にアイマスクが配られ着けるよう指示された。係員がヨシと言うまでアイマスクを取ることが禁じられる。
「えっ、何!なんなの!どこ!?」と高音で喚き散らすスキンヘッドも居らず素直に従う男たち。
バスが停まり前方のドアがプィ〜と間抜けな音を出して開く。到着したようだ。

席番号順に前の人の両肩に手を置いて連なってバスを降り会場入りするよう指示が出る。幾つものバスからぞろぞろと這い出てくる統一されたムカデの列。
「懐かしいね、運動会みたいだね」と前後の人らと話していたら「私語をするな!罰が当たるぞ!」と係員に注意された。
いよいよ会場で整列する。先頭が止まるよう指示され後ろが皆おっと、おっと、と止まる。肩に置いた手を離す。男の列の隣には女の列があり、たまたま隣り合った男女が結ばれるということだ。
アイマスクはまだヨシと言われてないので取れないが隣には私の伴侶が既にいる。その女体の熱を感じるのだ。

ここで壇上の係員から説明があり、最初の号令で互いに向き合い、次の号令で両手を前に伸ばし手を取り合い、最後の号令で誓いのキスをするよう指示が出て、まだアイマスクは取らないよう注意される。
「え〜ウソ〜」「まいったなあ〜グフフ」「☆○%〒kamiyo$$$sasagemasu&$」
思わぬ演出に会場がざわつくが、「私語をやめろ!神前だぞ!」と係員に注意される。
誓いのキスが終わったのを確認してからアイマスクを取ってヨシの指示が出るとのこと。

会場に荘厳な音楽が流れ始め、緊張が高まる中、壇上に現れたであろうあのお方の声が響き渡る。
「本当の愛とは何か。本当の愛とは、愛が始まる前にもう愛撫ペッティングしているようなものだ。それは対象や言葉を選ばず、選択の余地はない。さあ、先回りして愛しなさい」
すると安っぽいホイッスルがピィ〜と鳴り、周りでは
「今のが号令?」「いいの?もう」とザワザワしながら私も横を向く。
再びホイッスルがピィ〜と鳴り両手を伸ばす。
新婦と手が触れる。何か熱い。優しく手を引き寄せて身体が近づくとあからさまに体温が高い。
「さあ、先回って愛を誓いなさい!ほら!」
何とも行きづらい合図で唇を探り、ここ?いやこれアゴだろ、あこれだ、と唇を重ねる。
ああ土。土の匂いだ。
灼けるような土が舌に乗って私の口内にっておいディープキスしてくんのかよコイツ。
半ば強引に引き離して誓いを終えると係員から「外してヨシ!」の声が掛かる。

高鳴る鼓動を抑えることが出来ない。
これまでの葛藤、1万円、教えとの出会い、12万円、18万円、40万円、53万円、11万円、親族との決別、4万円、2万円、お腹がすいた、3千5百円。
全ての思いと紙幣が混ざりあい、視界を塞がれた私の世界の中でカタチとなっていく。だんだんと丸みを帯びて取っ手がついてチーンというレジスター音と共に壺の様なカタチとなる。

そーっとアイマスクを取ると、身の丈190cmはあろう褐色の短髪ドレッド女がゆっくりと身を揺すっていた。jiveしていた。
「アフリカ系アメリカ人ノヴェロニカデス!アナタ、アコレハダンナサンテ意味ノアナタ、ネ。アナタ、ベビーヲナンニン欲シイノカ?」

「先回りして愛す」
教義により絶対に反故にできない誓いのキスを先にさせた意味を私は知る。

黒人特有の動くはずのないところが滑らかに動く気味の悪いjive踊りを続けるアマゾネスに周りの新婚さんたちも「うわあ…」と祝福ムードに包まれる。

「み、皆さん!結婚しました!これが私の奥さんです!見て下さい!みて私の…奥…だけなんか…すっごい…」

さっきまで私が両肩に手を置いていた前の24番の旦那さんが、今度は私の肩に優しくその手を置いた。


「See My Baby Jive」 Wizzard

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