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そんな風に笑って 小説 第五話

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「とりあえずこんな感じかな」
長時間同じ体勢のせいで凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをした神原主任は俺たちに発表用資料を見せてきた。

「流石っすね~」

「いい感じですね」

役割分担が決まってからは皆は特に躓くこともなく、進行していた。

二日後に一次発表を控えた今日。
俺たちのグループの進捗は順調だった。
西日の差し込む社内カフェに四人で顔を見合わせながらあーでもない、こーでもないと話し合ってできた発表用の原稿はようやく完成を迎え、後
は質疑応答に対する対策くらいだった。

そして、高山さんはデザイン担当としてついてからは仏頂面を崩すことは無かったが定期的にデザインのサンプルを共有してくれた。
作業が始まってみると私情を挟むようなこと一切なく淡々と進めていた。
また、デザインの修正や神原主任や中浦にリサーチに基づいた需要の面からの提案を柔軟に受け止めて先日、遂に描き上げた。

「高山さんのこれ、いいよねぇ」
神原主任は感慨深く高山さんの描いたいくつかのイラストを眺めていた。

「ほんとですよね。よくこんなすごいの描けるもんですよ」

彼女の描いたデザインはヤマネコをモチーフにした猫だった。
「リンクル」というキャッチ―な名前のしたには顔の半分以上を占める大きな耳を携えた赤茶色の猫がいた。

「これ猫?」

「ヤマネコです」

「何が違うの?」

「飼い猫と野生に住んでる猫の認識程度でいいです」
俺が説明を求めたところ高山さんのすまし顔に少し眉間が寄り始めたところで中浦が答えた。

「『飛山』って名前やからヤマネコか」

「はぇ~」っと俺は感嘆の声を漏らした。よくもまぁこんなことを思いつくなぁ。
見た目に沿わない彼女のキャッチーなデザインに俺はすごく可愛いと思った。

「めちゃくちゃ可愛い!」

「どうも」
高山さんは短く返事をするとぷいと顔を逸らした。

今の若者をターゲットにしたデザインに少し影があるように黒めが強調された「ヤマネコ」は可愛いながらもなにか裏がありそうな二面性があった。
そんなアンニュイな雰囲気がよりリンクルのを印象を深くしていた。

「涼介はどうなん?」

「まぁまあ」

前日から送られた資料と高山さんのイラストの設定を何とか組み込んでできたものは見栄えは悪くなかったのだが違和感が残ったままだった。

「何か不安なことがある?」
顔色をうかがってきた神原主任に俺は控えめに笑ってみせた。

「いやぁ、自分で書いていてあれなんですけど、嚙みやすい原稿だなぁと」

「確かにあまり使わない言葉って噛みやすいよね、何回も朗読練習するしかないよ」

見せかけの悩みを神原主任は原稿を読み込んで親身に答えてくれたことに罪悪感を感じる。
全く別な部分で悩んでいるのに俺はどうしても言いたくなかった。
じゃないと今笑ったことすべてが嘘になりそうな気がしたから。

神原主任の言われたとおりに練習をするもまるで迷い猫のように部屋中をうろうろしながら読み上げる度、不安は膨らむばかりだった。

どうしよう。





「安田。ちょっとこい」

不意に来た鈴木の声に涼介はびくっと肩を上げて返事をした

「はい、どうしましたか」

涼介が鈴木のデスクに向かうと眉間にしわを寄せたまま尋ねた。

「今何してんの」

「メールの確認してました」

「急ぎの仕事は?」

「今日の分の発注も終わったので今のところは…」

「じゃあちょっと付き合ってくれ」

鈴木はデスクから立ち上がると涼介が親鳥についてくる雛のように鈴木の後に続いた。

部署を抜け社内の廊下ですれ違う社員が鈴木を見るや否や挨拶をするも、
鈴木の方は「ん」と返事をするだけで立ち止まることなく中央をどかどかと歩いていた。
もはや暴君のように歩く鈴木に涼介は肩身が狭くなりながらちょこちょこと足並みをそろえて数分、たどり着いたのは喫煙所だった。

「お前煙草は?」

「いえ、自分は吸わないです」

「そうか…」
取り出そうとした煙草を懐に戻そうとする鈴木に涼介は慌てて言った。

「いや、大学の頃は吸っていたので大丈夫です!」

「おう。すまんな」

軍隊のように直立不動のまま換気扇に吸い込まれる煙を眺めた涼介に一息煙を吐いた鈴木は涼介の方に顔を向けた。

「どうだ、進捗は」

「進捗?」

「コンペの件。発表明日だろ。」

「一応原稿もできたので何とかは」

「そうか。あとで見せてくれよ」

「あ、わかりました」

そういってまた鈴木は大きく紫煙を吐いた。
涼介が煙草のフィルターをみると一度むせてからそれ以来吸っていないタールのきつい煙草のフィルターだった。

部署に戻り昨夜何度もうろうろしながら練習していた原稿を渡すと鈴木は引き出しから眼鏡を取り出し読み始めた。

「…………」

「どうでしょうか…?」

「うん。まぁわかりやすいな」

ほっと胸をなでおろした涼介に鈴木は眼鏡をつけたまま上目づかいで涼介の方を見た。

「これさ、お前の言葉で書いた?」

「えっ、ちゃんと自分で書きました」

「そんなことは百も承知だけどさ。お前らしくないよなこれ。なんか言わされてるって印象があるな」

「言わされてるわけでは無いんですが…」
思わず口答えのような形になったことに気付き、涼介は尻すぼみなトーンで話しつつ鈴木から目を逸らす。
そんな姿に鈴木は何も言わずまた原稿に目を移した。
呪文のように原稿を早口で音読し終えると眼鏡を外した。

「発表。明日の何時から?」

「二時半です」

「俺も参加するわ」

「え?!」

「発表を見に行くってことだぞ。もしこれで商品化になることもあり得るんだし、二時間くらい大丈夫だろ。とりあえずこのままやってみろよ」

「わかりました……」

「まぁ、一回は失敗してもいいじゃねえの」

そっぽを向いて放った嫌味のような言葉は涼介にとっては一番求めていたものに近い言葉だった。





コンペ当日

「次で最後のグループとなります。それではよろしくお願いします」

小さな研修室はプロジェクターを使用するのでカーテンで外の景色は閉じ切られて真っ暗だ。

冷房によって冷えきった空気感に身震いしてしてしまい背中には脂汗が伝う。
どうして緊張しているのだろうとか意識を空に投げて俯瞰してみたが、直ぐに切迫感が天井を作り意識を引き戻す。

呼ばれた業務外の出来事。高々数分話すだけ。
結果が悪くたって自分は特に何もお咎めなんてない。減給もなければクビにもならない。人生が終わることなんかないのも明らかだ。

失敗に終わればそれでも大丈夫。「ドンマイ自分」と、肩を叩いて慰めの言葉をかけて終わるんだ。

気休めの言葉はいくらでも浮かぶ。けれど依然と汗は伝い、動悸がする。

隣の高山さんは話すこともないのに手元がわずかに震えていた。
あの時お店で言ったことは、彼女にとって紛れもなく目標なのだろう。
そんな姿に俺はボンヤリと、じっとりと迫る劣等感があった。

彼女は震えながらも気丈にまっすぐと顔を上げていた。
強い人だと思った。

「なに?」

「あ、いや…」

にへらと笑うと高山さんは視線を舞台に戻した。まるで俺の顔に興味がないかのように、あの時初めて会った時もそんな風だったことを思い出す。

俺っていつもどんな風に人と話していたかな。

どうしてこんな時に考えたのかわからないままゆっくりと舞台袖から足を進める。

嫌でも目を開いて立っている壇上の先は暗くてうっすらと人の顔が認識できる程度だった。
どれも表情はわからないがこちらを見ていることだけはわかる。そして、対照的にスクリーンは自分の影をくっきりと逃げ場のないように照らされている。
静かなたたずまいが却って自分の鼓動の音が大きいことを裏付けた。

口角が情けなく上がりそうになるのを抑え、俺は乾いた唇を舐めた。

「えっと…では。私たちが提案した我が社のオリジナルキャラクターはこちらです」

壁面を覆う大きなスライドには突き刺しそうな縦に黒目を伸ばした大きな目の『リンクル』が映し出された。

「で、では私たちの発表を始めさせていただきます……」

館内に小さく響いた拍手がどうにも耳をつんざいてしまいそうで不快だった。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門


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