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真理を行う力を神から受ける
22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
24 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。
ガラテア5:22~24 新改訳
43 悪い実を結ぶ良い木はないし、良い実を結ぶ悪い木もありません。
44 木はどれでも、その実によってわかるものです。いばらからいちじくは取れず、野ばらからぶどうを集めることはできません。
45 良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。なぜなら人の口は、心に満ちているものを話すからです。
46 なぜ、わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、わたしの言うことを行わないのですか。
ルカ6:43~46 新改訳
さて、あなたはなぜ、主の言うことを行わないのですか?
その答えは明白です。
ガラテア5;24に書かれている通り、
「キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまった」
上記から判断してください。自分を十字架につけられない、つまり、キリストと関係がないからです。
これが、語られない説教は異端です。
もっとも、もし、語ったとしたら、教会から人はいなくなります。
しかし、わたしは真理を語り、行います。
父なる神から引き寄せられない限り、イエスのもとへ行けないからです。
真の弟子となる人たちに語るからです。
あなたの上に、神の赦しと祝福があれば、上記はむずかしくはありません。
その人は、悔い改めているので、あらゆる悪からきよめられています。
悔い改めは、人間が悪を捨て去らないといけません。
捨て去って、初めて神がきよめてくださるからです。
「主よ、主よ」と泣いても無駄です。
さて、救いはここにも来たのです。