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#ネタバレ 映画「響 -HIBIKI-」
「響 -HIBIKI-」
2018年作品
映画「響 -HIBIKI-」からも、LGBTQの気配が
2018/9/25 17:54 by さくらんぼ
( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)
ヒロインの内面は男なのか。だから苛立っている。彼女(彼)にとって小説とは、唯一、統一された自己の存在証明か
先日、映画「太陽がいっぱい」について書いたばかりなのに、又、この話をするのは恐縮ですが、映画「響 -HIBIKI-」からも、LGBTQの気配がします。
ヒロインの内面は男なのかもしれません。だから苛立っている。彼女(彼)にとって小説とは、唯一、統一された自己の存在証明なのでしょう。
LGBTQを斬新な物語に仕上げた才能に、拍手を送ります。
★★★★☆
追記 ( ヒロインの心の中は )
2018/9/26 10:10 by さくらんぼ
自分の秘密が小説家につながった。しかし、マスコミが押しかけ、プライバシーが危機的な状況に
私の話は原作とは違うかもしれませんが、映画と原作は、必ずしも同じではありませんので、私は映画について書こうと思います。
何年か前のある日、小学校の高学年か、中学生の頃、ヒロインは自分の中に「何し異質なもの」を発見したのです。
否定しがたいそれは、毎日少しづつ成長し、やがて、自分の中に蠢く「男」を発見し、驚愕することに。
ヒロインは女子高生です。恥じらい多き年頃であり、時に露骨なイジメもある場所です。
「絶対、誰にも知られていけない」。
彼女はそう決心しました。
現在では、LGBTQ問題を、恥じることでも、差別することでもないと理解している人は多いと思います。しかし残念ながら、世の中のすべての人がそうだとは限らない。会社においても、学校においても、差別・蔑視は、まだ存在しているのだと思います。
ヒロインは、誰にも相談できない(と思いこんだ)悩みを解決するヒントを探すためや、現実逃避をかねて、もともと好きだった小説を、大人が酒に頼るがごとく、浴びるように読み続けました。
やがて、ヒロインの中の何かが起動し、彼女もまた、胸に溜まった想いを吐きだすがごとく、ペンを取るようになったのです。
自分の秘密を守ることが、小説家につながるとは夢にも考えていなかったヒロイン。しかし実力はどれほどのものなのか、大学進学の共通テストみたいなつもりで、腕試しをしました。
しかし、それが、あまりに素晴らしい出来だったために、一人歩きを始め、とうとう芥川賞、直木賞、同時受賞になってしまったのでしょう。
するとマスコミが押しかけ、ヒロインのプライバシーが危機的な状況になるのです。それが、ますます彼女の気持ちを不安定にさせました。
追記Ⅱ ( 一本の指 )
2018/9/26 11:13 by さくらんぼ
指を折られた乱暴者の男子生徒は、ヒロインの内面の男と相似形になっている。つまりヒロインは男性器を持たない男子生徒
映画「さらば、わが愛/覇王別姫」は京劇役者のお話です。日本の宝塚みたいに主役の二人とも男性ですが、一人が女を演じます。
しかし、その女を演じる男は、内面も女だったのです。
いわゆるLGBTQ。
彼の幼いころのエピソードに、6本あった指の一本を(整形のため)切り落とすものがありますが、あれは「去勢の記号」だったのでしょう。余分な指は男性器の記号で。
この映画「響 -HIBIKI-」にも、ヒロインに「殺すぞ」と、胸ぐらをつかんで迫った男子生徒の指を、ヒロインが一本へし折るシーンがあり、あれが、この映画を「LGBTQの話」だと思った、最初のポイントです。
あの乱暴者の男子生徒は、ヒロインの内面の男と相似形になっているようです。つまりヒロインは男性器を持たない男子生徒なのでしょう。
他にも探せば、意味深なシーンは色々ありそうです。
追記Ⅲ ( ペン )
2018/9/26 11:23 by さくらんぼ
ネットで応募する事が必要条件なのに、「知らずに原稿用紙で応募した」という設定、これもペン(男性器の記号)を強調したいが為の演出か
映画の冒頭、「原稿用紙にペンを走らせる様子」が映しだされます。
ネットで応募する事が必要条件なのに、知らずに原稿用紙で応募したという設定ですが、これもペン(男性器の記号)を強調したいが為の演出だとしたら合点がいくわけです。
追記Ⅳ
2018/9/26 15:43 by さくらんぼ
いろいろ出て来る「男性器」と「相似形」の記号
映画の終わりごろに、記者会見でマイクをぶん投げますが、マイクも男性器みたいでした。
それはそうと …
その時側にいた、ヒロインの友だちとなる女子学生は、「心の中を人に見せない女」と言われていました。だから友だちもいないと。これも、ヒロインと相似形ですね。
さらに、相似形の本棚を前にして、一冊の本を右に入れるか、左に入れるかで、ヒロインと(しつこく)もめていました。あのエピソードはそれを補完するものなのでしょうか。
追記Ⅴ ( 二つのもの )
2018/9/26 16:04 by さくらんぼ
ヒロインは、女友だちの趣味でロリータ・ファッションをさせられた、あの時の、とまどう仕草は男性が女装したときのもの
ヒロインの名前は、鮎喰響(あくい ひびき)。
鮎(アユ)と言えば「友釣り」(ともづり)ですね。そこに居るのは二匹の鮎。
またヒロインは、女友だちの趣味でロリータ・ファッションをさせられましたし(あの時の、とまどう仕草は男性が女装したときのもの)、最後には黒っぽいフードのある服を着て(たぶん出版社の女から着せられて)、逆にダークな男性っぽい雰囲気が似合ってました。
そして、もうご承知のとおり、チラシの写真の、股を広げたお行儀の悪い仕草は、不良っぽい男子高校生のものですね。
追記Ⅵ
2018/9/26 16:38 by さくらんぼ
記者会見は、「ヒロインの外面と内面が違う」こと、ヒロインが一番恐れていたことへの最接近
これら「相似形」「二つのもの」がどこへ繋がっていくのかと言うと …
ラストにある(マイクを投げつけた)記者会見の場で、記者は何を言ってヒロインを怒らせたのかというと、「小説を書いたのは、ヒロインではなく女編集者ではないのか」というセリフです。たぶん「少女が書いたという話題作り」のために。
確かに、ネット応募必須なのに、ヒロインが原稿用紙で応募したので、(ヒロインとは連絡が取れず、締め切りも迫っていたため)編集者が無断でPCにタイピングしたのは事実なのです。
何も知らないヒロイン。
ドキッとして、言葉を詰まらせる女編集者。
さらに、映画には直接描かれてはいませんが、時間が無いため、女編集者が独断で多少の推敲を入れた可能性は無いのでしょうか。
その時、「女編集者を守るため」に、ヒロインは(男気を発揮して!?)マイクを投げるつけたのでした(そう言えば、他の場面でも「女友だちを守るため」にセクハラおやじを蹴飛ばしています)。
この記者会見は、やはり「ヒロインの外面と内面が違う」こと、ヒロインが一番恐れていたことへの最接近でもありました。
追記Ⅶ ( バッジ )
2018/9/27 9:20 by さくらんぼ
ヒロインの襟には不思議なバッジ。赤色と星印からは、どこかの国旗も連想。確かに分断された国家も近隣にはある
ヒロインの襟には不思議なバッジがありました。
赤く丸いバッジで、中央には水平に一本の線が走り、分断された上下には、それぞれ金色の星が一つずつあるのです。
赤色と星印からは、どこかの国旗も連想しました。確かに分断された国家も近隣にはあります。
国境線を行き来した「左右の本棚のトラブル」に登場した一冊の本も、確か、戦争だとか、戦車だとか、の話でした。意味深です。
そこまで深追いをしなくても、バッチからは「相似形」「二つのもの」を連想させますが。
追記Ⅷ
2018/9/27 9:33 by さくらんぼ
不条理こそ条理
私の勘違いでなければ、ヒロインが劇中、寝転んで読んでいたのはカミュの「異邦人」でした(この映画「異邦人」の私のレビューは、2023.2.11現在、タイトルで検索すると、なぜか出て来ません)。
「不条理」について書かれたと言われているこの小説ですが、映画「響 -HIBIKI-」のヒロインが、内面と外面の不一致に苦しんでいたとしたら、彼女は「自分の存在そのものが不条理だ」と感じていたとしても不思議ではありません。
追記Ⅸ ( チラシに見る世界観 )
2018/9/27 22:27 by さくらんぼ
乱雑に積まれた本、崩れた格好のヒロイン、斜めになった写真と文字。そこに書かれている「私は、曲げない。」の言葉が不条理
>私の勘違いでなければ、ヒロインが劇中、寝転んで読んでいたのはカミュの「異邦人」でした。(追記Ⅷより)
チラシの写真。
乱雑に積まれた本、崩れた格好のヒロイン、斜めになった写真と文字。
そこに書かれている「私は、曲げない。」の言葉が不条理。
追記Ⅹ ( 映画「この世界の片隅に」 )
2018/9/28 8:58 by さくらんぼ
映画「響 -HIBIKI-」のチラシの写真を見ていたら、韓国国旗である「太極旗(テグッキ)」にも見えてきた
映画「響 -HIBIKI-」のチラシの写真を見ていたら、韓国国旗である「太極旗(テグッキ)」にも見えてきました。
中央のゆがんだ青いヒロインと赤い文字が「陰陽」の「太極」で、背景のギザギザ本が「卦」と呼ばれる黒いマークにです。もしかしたら、この写真は「太極旗(テグッキ)」を記号化したものだったのかもしれません。
すると思いだすのが、映画「この世界の片隅に」です。あのアニメのチラシにある、「ヒロインが野原でしゃがんでいる絵」も、「太極旗(テグッキ)」を記号化しているように見えました(詳しくは映画「この世界の片隅に」の、私のレビューをご覧ください。ないレビューは順次掲載中です)。
そして、この二本の映画が語っていることも、ある意味似ているように思います。
追記11 ( 至福の時間 )
2020/3/8 9:29 by さくらんぼ
「自分の心に触れている時間というのは、自分自身で居られる至福の時間である」
映画「響 -HIBIKI-」をBSで放送していましたので、また少しずつ観ています。
そのなかのヒロインの言葉にハッとしました。「小説は読むのも書くのも好き。自分の心に触れている気がするから」と言ったからです。だから書き続ける。
私は小説をあまり読みませんし、書いたこともありません。せいぜい稚拙な映画のレビュー程度のものだけです。
しかしヒロインの言葉から、「自分の心に触れている時間というのは、自分自身で居られる至福の時間である」ことに気づいたのです。
私はLGBTQではありませんが、この延長線上には、ヒロインの苦悩もあるのでしょう。
( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)