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#ネタバレ 映画「一度も撃ってません」

「一度も撃ってません」
2020年作品
おじさんの生態に迫る
2020/7/20 22:14 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)

おじさんの気持ちを描いた映画「ランボー ラスト・ブラッド」は心にしみましたが、同じく、おじさんを描いた映画「一度も撃ってません」は、今一つの感がありました。

なぜなのかは、すぐに思い浮かびません。

アクションも少なく、人間ドラマとしても、それほどではなく、ただ、バーでたたずむ石橋蓮司さんを愛でる映画だったのでしょうか。

でも、石橋蓮司さんよりカッコよかったのは、女性のバーテンダーでした。

★★★☆

追記 ( おじさんの生態に迫る ) 
2020/7/21 6:44 by さくらんぼ

もしかしたら、この映画「一度も撃ってません」は、「パワハラとの戦い」を描いていたのかもしれません。

そして背中で、「本物のパワハラはこうゆうもの」と、私たちに教えているのでしょう。

最近の風潮を憂いたおじさんたちが。

そうであれば、弱者の一人として、その「志」には共感するものもあります。

追記Ⅱ ( 新人と上司 ) 
2020/7/21 15:42 by さくらんぼ

>最近の風潮を憂いたおじさんたちが。(追記より)

週刊誌などに「ちょっと注意するとすぐパワハラだと言われる」「部下をどう指導したら良いのだ」などと、おじさんたちの困惑が記事になっていることがありますが、これは、その事です。

この映画「一度も撃ってません」にも、こわいもの知らずな、部下である新人編集者君が出てきます。

上司に反して「こんな原稿を本にしても売れませんよ!」と平気で意見するものだから、カチンときた上司は「新人の癖に本が売れないと決めつけるのは生意気だ!」と言うと、新人君は「それはパワハラです」と返すのです。

一呼吸おいた上司は、「手が空いたら俺のところへ来い。本当のパワハラが何かを教えてやる」と去っていきます。

(寝てたのかもしれませんが)ところが、その説教シーンがありません。

その代わりに、二人飲み屋の片隅で、売れない老作家・市川(石橋蓮司さん)(裏の顔は「殺し屋」の指示役)を待っているシーンになるのです。

待っている間に上司は、「つまらない原稿ばかりでも、あの作家に強く意見を言えないのは、作家の裏家業が殺し屋かもしれないからだ」と吐露するのです。これこそが本当のパワハラに苦しむ姿だと言いたげに。

そして、その上で、新人君に担当編集者をやらせるのです(報復人事か)。

しかし、それでも新人君は臆せず、遅れてやってきた作家に「あそこを訂正して、もっと儲かる原稿を書いて欲しい」と単刀直入に意見してしまい、案の定、作家と対立してしまうのです。

追記Ⅲ ( 「太極図」のごとく ) 
2020/7/21 15:53 by さくらんぼ

「歴史は夜作られる」とか申しますが、ハードボイルドの世界でも、夜は昼と同じぐらい重要な舞台のようです。

昼と夜、男と女、善と悪、酒とたばこ…

そんなものが混じり合った、混とんとした世界から産まれてくるもの、そこに彼らは生きているようです。

そこにこそ真実があるとでも言いたげに。

そこで、昼だけ、男だけ、善だけ、酒もたばこもやらないという、半分の価値観しか持ち合わせていない若者が、感化されていくのを期待する作品なのかもしれません。

追記Ⅳ ( 「映画「永遠の0」や・・・ ) 
2020/7/21 16:07 by さくらんぼ

( 映画「永遠の0(ゼロ)」、映画「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」のネタバレにも触れています。 )

老作家と新人編集者君のエピソードからは、映画「永遠の0(ゼロ)」や、映画「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」を連想しました。

共に、ベテランと新人が「太極図」の完成を目指した作品だと言っても良いのかもしれません。

しかし、映画「一度も撃ってません」では、新人君が出てくるのは前半だけで、あとは居なくなるのです。そこに私が迷子になった理由があるのかもしれません。

追記Ⅴ ( おじさんの生態に迫る② ) 
2020/7/21 16:14 by さくらんぼ

>待っている間に上司は、「つまらない原稿ばかりでも、あの作家に強く意見を言えないのは、作家の裏家業が殺し屋かもしれないからだ」と吐露するのです。(追記Ⅱより)

そんな強面の作家も、裏の顔は恐妻家であり、妻には頭が上がらないのです。

ですから、誰が一番パワハラをしているのかと言えば…。

追記Ⅵ ( 老いたガンマン ) 
2020/7/21 23:00 by さくらんぼ

「 ハードボイルド気取りの売れない老作家・市川には、旧友の石田から依頼を受けて動く、殺し屋という裏の顔がある。しかし、実際の暗殺は他人任せで、実務は標的の行動調査だった。 」

( ぴあ映画生活『一度も撃ってません』あらすじ より抜粋 )

と書いてありますが、私は「本当は撃ったことがある」と思いたいです。

ときに物語には、「描かれていない真相」とか、「どんでんがえし」などというものがありますから。

すると、ラストの味わいが違ってきます。

追記Ⅶ ( 映画「許されざる者」 ) 
2020/7/22 7:18 by さくらんぼ

>と書いてありますが、私は「本当は撃ったことがある」と思いたいです。(追記Ⅵより)

アーチェリーでは相手のフォームを見るだけで、実際に射たなくても力量が分かるものです。

同じように老作家・市川には、自分に拳銃を構える自称・殺し屋が、素人なのを瞬時に見抜きました。

市川は、自分の経験から「素人には容易に人を撃てない」事を知っていたから、自分も撃たなかった。市川の情けです。

それに、撃てば血が流れ、今日で閉店するこの店に、最後の最後になって、上得意だった自分が迷惑をかけることになるから、避けたかったのです。さらに撃てば大きな音がして、気絶していた妻が目を覚まし、目撃されてしまう恐れもありました。

店主はというと、今は堅気になっているようですが、入れ墨や傷跡で、かつては裏社会の人間だったことが伺えます。しかし、お店の最終日に面倒には関わりたくないので、(気づかぬふりをして)カウンターの向こうに隠れていました。

しかし、市川と殺し屋とのにらみ合いが終わる気配はありません。そして、それが「相手と、お店に対する配慮」でもあることに気がついたのです。

そうであれば、キャリアのある店主の自分が隠れていては男が廃ります。いや、この争いを止められるのは自分しかいない。

だから店主は飛び出し、「二人とも素人だ、人を撃ったことのない者に、人は撃てない」と半分嘘を言って仲裁に入ったのです。

そうやって騒動が終わり、客たちがみんな帰ったあと、店主は閉めた戸をもう一度開けて、市川たちの後姿に深々と頭を下げました。

あれは、送別会に集まってくれたことと、無事に閉店させてくれた市川への、お礼だったのでしょうね。

そして市川は、気絶して経過を知らなかった妻をタクシーに乗せ、自分は一人、ふたたび夜の街を楽しむのです。

もし、市川が本当に素人なら、売れない作家が裏社会でボスのように顔が利くとは思えませんし、生死をかけた決闘の後に、何事もなかったように遊びに行くとは思えないのです。

追記Ⅷ ( クライマックスも「パワハラ」 ) 
2020/7/23 6:18 by さくらんぼ

>上司に反して「こんな原稿を本にしても売れませんよ!」と平気で意見するものだから、カチンときた上司は「新人の癖に本が売れないと決めつけるのは生意気だ!」と言うと、新人君は「それはパワハラです」と返すのです。

>一呼吸おいた上司は、「手が空いたら俺のところへ来い。本当のパワハラが何かを教えてやる」と去っていきます。(追記Ⅱより)

>だから店主は飛び出し、「二人とも素人だ、人を撃ったことのない者に、人は撃てない」と半分嘘を言って仲裁に入ったのです。(追記Ⅶより)

映画の前半と後半(クライマックス)にある、印象的な二つのエピソード。

これは共に「上位の者が下位の者に対して精神的な苦痛を与えている」点で、言おうと思えば「パワハラ」というワードを連想させます。

やはり、この作品の主題、この辺りにありそうです。



( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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