【連載小説】雨がくれた時間 13.かけがえのない時間
前回の話はこちら 第12章『告白』
始めの話はこちら 第1章『思わぬ雨』
13 かけがえのない時間
「すまない。驚かせて」
そう頭を下げる澤村の顔は、頬に浮かぶ静かな笑みとは裏腹に少し青ざめて見える。
「本当は墓場まで持ってくつもりだったんだがな……うっかり口が滑った」
覇気のないその笑い声が、無理に明るくふるまう澤村の胸中をそのまま表しているようだった。
「墓場だなんて……なに言ってるんだろうな、俺は」
なにげなく“墓場”という言葉を口にしたことに気が咎めたのか、乾いた声で笑いながら彼はバツが悪そうに首の後ろをさすった。
「君との関係をどうこうしようなんて、これっぽっちも思ってないんだ。だから、なにも心配しなくていい。さっき言ったことは、ただの戯言だと思って忘れてくれ」
困ったように眉尻を下げながら、澤村は早口で一気にそう言った。
私にはそれが彼の精一杯の強がりに聞こえて、懸命に自分の想いを伝えようとしたけれど、頭の中は混沌としていてうまく考えがまとまらない。
「あのね、澤村。私ね……」
「それにしても、ついてなかったな」
なんとか気持ちを言葉にしようとした瞬間、彼はいきなり話題をかえた。
「……ついてないって、どうして?」
なにがついていないのか見当がつかず、まじまじと澤村の顔を見つめてしまう。
「いちばん雨がひどい時だろ? 君が悟のところへ行ったのは」
確かに彼の言うとおり、ひどく雨が降っていた。
けれども、ついていないどころかむしろ私には、あの雨が必要だったのだと思う。
冷たい雨に濡れながら歩くことで、自分の気持ちと向き合うことが出来た。
それに、もし雨があれほど強く降っていなければ、あの道で澤村に出会うことも、彼の本心を知ることもなかっただろう。
なにもかも、あの雨のおかげだった。
「たしかにひどい雨だったけど、かえって良かった」
「なんでだ?」
「だって……今、あなたとこうして、ここにいられるから」
どうして私がそんなことを言うのか、わけがわからないといった表情でこちらを見る澤村へ身体ごと向き直ると、自分の想いをはっきりと告げた。
「あなたのことが好きなの」
「そんなに笑うなよ……」
「ごめん。でも無理」
自分でもひどいことを言っているとわかっていたけれど、澤村のこんな表情を見せつけられて「笑うな」なんて、無茶な話だった。
「そこまでひどいか? 俺の顔は」
「まるで【鳩が豆鉄砲を食ったよう】っていう諺のお手本として、辞典に載ってそうな顔してる」
こみ上げる笑いを噛み殺しながらそう言うと、はぁと澤村が大きくため息をつく音が聞こえた。
「でもね、そんな表情でも素敵よ」
「き、君は、そういうことを……さらっと……」
力が抜けたようにへなへなと頭をかかえて座り込んでしまった彼の耳が、真っ赤に染まっている。
「意地悪しすぎたわ、ごめん」
思ったことを素直に伝えただけだったのに、ひどく衝撃を受けている澤村の様子があまりに不憫で、とっさに謝ってしまう。
そしてまだ、うずくまったままの彼の背中をそっとさすった。
「ほら、立って。もうすぐ電車がくるわ」
彼は元気のない声で「ああ」と答えてようやく立ち上がったものの、右手ですぐ顔を覆ってしまい、その表情をうかがい知ることは出来なかった。
(続)
次回は近日中に投稿予定です。
Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり から
「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。
というお題より。
もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。
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