【連載小説】雨がくれた時間 1.思わぬ雨
1 思わぬ雨
雨が降っていた。傘なしでは歩けないほどの雨だ。
家を出たときは太陽が気持ち良さそうに顔をのぞかせていたせいで、折りたたみの傘すら持ってはいなかった。
「天気予報、ちゃんと見てればよかった……」
――明日は昼すぎから雨になるでしょう――
昨夜、点けっぱなしにしていたテレビからそんなひと言を聞いたと、今さら思い出してため息が出る。
「そういえば……テレビなんて、まともに見たのいつだっけ……」
毎日が目まぐるしく過ぎていって、気がつけば自分の時間なんてこの何年もないに等しかった。なぜか突然、言いようのない寂しさが胸いっぱいに広がって、またひとつため息をついた。
「大丈夫ですか?」
驚いて声がしたほうへ顔を向けると、駅員さんが心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。
「ごめんなさい、なんでもないんです。傘を持っていなくて。どうしようかと」
「ああ、そうだったんですね」
まだ、あどけなさの残る顔にほっとしたような笑みが浮かぶ。
「傘、お貸ししましょうか? 僕の置き傘で良ければ」
駅に置いてある傘が今ちょうど壊れていて、と申し訳なさそうに彼は頭をかいた。
好意に甘えようかと思ったけれど、さすがに見ず知らずの駅員さんから傘を借りるのは気が引けた。ふと、道の途中にコンビニがあることを思い出して、そこまで走って行けばなんとかなるだろうと思った。
「ありがとうございます。でも、大丈夫」
「雨のなか濡れて歩くには結構な距離ですよ。なんならタクシーにでも」
彼の視線が、私の抱えた花束に注がれている。
「傘を買おうかと。この様子だと当分やまないだろうから」
「そうですか……なら少し遠いですけど、この道の左側にコンビニがありますよ」
彼は穏やかに微笑みながら、わざわざ軒下まで出て場所を教えてくれる。その何気ない優しさが今の私にはとても眩しくて、思わず目を細めた。
「本当にありがとうございます」
まだ心配そうなまなざしを向ける彼に心から感謝の気持ちを伝えると、駆け足で小さな駅舎を出た。
(続)
第2章「十年の歳月」はこちら
Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり から
「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。
というお題。
もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。
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