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長編|ルナティック・リフレイン⓪
魔法は、この世界にとって当たり前のものだった。
だが、それを生まれ持つ者と、そうでない者が存在するのもまた事実だ。
生まれつき魔法の才能を持つ者は、その能力を「天賦魔才(てんぷまさい)」と呼ばれていた。天賦魔才は一人ひとり異なり、火を操る者もいれば、時間や空間に干渉する者もいる。どんな魔法も、善にも悪にもなり得る。それはすべてーー使う者の心次第だった。
そして、天賦魔才を持つ者は、高等部に進学する際に必ず魔法学院へ入学することが義務付けられている。これは魔法の力を適切に学び、制御するための必要な教育だった。学院は自宅から通う形をとっており、生徒たちは家族と日常生活を送りながら、魔法の学び舎へと足を運ぶ。
アリアもまた、その一人だった。
彼女は生まれつき感情と魔法が強く結びつく天賦魔才を持っている。喜び、怒り、悲しみーーそのすべてが魔法に影響を与え、無意識に力があふれ出すのだ。
現在、アリアは祖母と二人で暮らしている。両親は仕事で世界中を飛び回っており、家に帰ってくることは滅多にない。幼い頃から祖母に育てられてきた彼女は、温かい家庭の中で育った一方で、自分の魔法に対する不安と向き合う日々を送っていた。
そして今日ーーそんな彼女の新たな一歩が始まる。
魔法学院の校門をくぐった瞬間、アリアの胸は高鳴った。目の前に広がるのは、広大な校庭と荘厳な建物。古びた石造りの壁には蔦が絡まり、歴史の深さを物語っている。朝の柔らかな光が学院全体を包み込み、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
(大丈夫、大丈夫……)
アリアは深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。しかし、胸の中の緊張感は消えない。それどころか、手のひらがじんわりと熱くなり始める。魔法が感情に反応している証拠だった。
「……落ち着かなきゃ」
自分の手をぎゅっと握りしめ、アリアは校舎へと足を進めた。
入学式は学院の大講堂で行われた。高い天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、壁には歴代の偉大な魔法使いたちの肖像画が並んでいる。アリアは特待生として選ばれた数名の生徒と共に、最前列に座っていた。
周囲を見渡すと、同じく特待生として選ばれた生徒たちの顔が目に入る。誰もが自信に満ちた表情をしているように見えた。アリアはふと、自分だけが場違いな場所にいるのではないかと不安に駆られる。
だが、考える間もなく、壇上に立った学院長の声が講堂に響いた。
「新入生諸君、魔法学院へようこそ。本日から君たちは、自らの天賦魔才と真剣に向き合うことになる。魔法は便利で強力な力だ。しかし、その力は善にも悪にもなる。だからこそ、己の心を鍛えることが最も重要だ。ここでの学びが、君たちの未来を形作ることを忘れないように」
学院長の言葉は重く、そして力強かった。アリアはその言葉を胸に刻みながら、静かに頷いた。
入学式が終わると、特待生クラスの生徒たちは一人ずつ自己紹介を行うことになった。講堂の一角に集められた彼らは、順番に名前と能力を述べる。
アリアの番が来たとき、彼女は少し緊張しながらも前に出た。
「アリアです。私の天賦魔才は……感情が魔法に反映されることです」
簡潔な言葉だったが、その内容は十分に異質だった。ざわめく声がわずかに聞こえたが、アリアは気にしないふりをして席に戻った。内心では、これからの学院生活がどうなるのか、不安と期待が入り混じっていた。
他の生徒たちも自己紹介を続け、それぞれの天賦魔才が明らかになっていく。彼らとの出会いが、アリアの運命をどう変えていくのか。それは、まだ誰にもわからない。