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雑記 62 / 真摯な仕事は時間を超えて
美術作家の大槻香奈さんが作った半オープンスペース「ゆめしか家」。
スタートのお祝いに、自宅で眠らせていた父の作った食器を僅かながら寄贈した。ありがたいことに大槻さんはじめ、ゆめしか家にやってくる皆様に大変ご好評をいただいている。
シラスでのお勉強会やこのnoteやらで、父から教わったことやその器を取り上げていたこともあり、何より手に取った実際の使い心地によって局所的に評価がうなぎのぼりになっている。
本人は全く知らない。笑える。とても嬉しい。本当にありがたい。
父の営んでいた窯を畳んだのが2015年。もうすぐ10年。いろんなことがうまく行かなくなってた頃に自分が手伝いに入って、結局立て直すことのできないままに終わってしまった。
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そもそも焼き物の販売の世界に携わろうと決めたのは「良いものを作っていても我が家の生活が苦しいのは、販売がうまくいってないからだ。我が家だけの問題ではなく、真摯なものづくりをしている多くの人が報われるべきだ。そしてマーケットそのものが小さく、焼き物の良し悪しがほとんどの人には伝わっていない。自分は作ることはできないけど、ものの価値を伝えながら販売をすれば、たくさんの人を幸せにできるのではないか」と考えたからだ。
こうやって書き出してみると、その目的意識自体は変わっておらず、より強くはなっている。とはいえ振り返ってみると、前に進んだというよりも深く穴を掘り続けた10年だったようにも思える。
その穴は時に壁を補強しながら、岩に当たって少し横にずらして、岩を掘り起こしたらまた元のルートに戻って・・・というようなことを繰り返した穴だ。歪ながらそれなりに深くて、いろんな物事が埋まっていたり、新たに投げ込まれたりしている。
この一年はその穴の形とかありようみたいなものを再確認する時期だった。必死に穴を掘り進めて、そのために必要なものもやたらめっぽう持ち込んでいたので、手元を整理してみると、意外と良いツールがあって驚いたりもした。
それでも穴掘りをしながら途方に暮れることもある。そんな時に現実に引き戻し、初心を思い出させてくれたのが、皆さんの親父の食器への評価だった。
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「使い心地が良い」「持ちやすい」「手から離れない」「ついこれを使いたくなる」「美しい」「素敵」「この良さが分かって嬉しい。日本人でよかった」など。親父が聞いたら喜ぶだろう。僕ですら嬉しい。
もちろんそうであることは知っている。それはいろんなお客様や同業者に教えられて知った。自分にとっては当たり前の食器。物心つく前から、親父や、祖父や伯父たちが作った器を使って育っている。その使い心地は良い悪いではなくニュートラル。それが普通。
その「普通」からスタートして、使い心地という身体的な感覚を、いろんな器に触れながら明瞭にしていって、本や資料で得た知識と照らし合わせていく。そうすると身体感覚もある程度言語化できるようになる。理屈と感覚が一致していく。
「どうやら本当に『良い』ものなんだな」と実感と知識が一致する頃にはもう経営を立て直すことが難しい段階にあった。
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父からは焼き物の見方について多くを教わった。どのように考えて、物を作っているか。時間が経って実感することや理解したこともある。今も物を通じて教わっている。
長い時間が経った後でも、真摯に向き合った仕事は未来の誰かの心を打つ、ということがこの数ヶ月で目の当たりにしたことだ。
今この瞬間受け入れられなくても、いつかの誰かを喜ばせたり、心に寄り添うものになるかもしれない。あるいは、時を経ることでその力が高まっていくこともあるかもしれない。父が昔たくさん作った器は、今や数が少なくなっている。あの頃のものはもう二度と作れない。誰かの手元で、時の洗礼を潜り抜けさせればそれだけ力を増していく。
そうした物と共に時を過ごすことは本当に素敵で、人生を豊かにしてくれる。
あんたは凄いよ、凄えって言われてるぞ、って今度帰省したら父に教えてあげよう。
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