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「ビートルズの魔法」

ある夜、リバプールの小さなパブで、僕は一人ビールを飲んでいた。そこは観光客がほとんど来ない、地元の人々が集う場所で、壁には古びたビートルズのポスターが貼られていた。
リバプールはビートルズの故郷として有名だが、このパブにはそんな観光地の喧騒は一切なく、ただ昔のままの姿が残っていた。
パブの隅には、常連らしき老人が座っていた。白髪混じりの髭を生やし、古びたレザージャケットを着ている彼は、グラスを傾けながら静かに「Let It Be」を口ずさんでいた。僕は何となしにその姿に惹かれ、ビールを持って近づいてみることにした。

「ビートルズがお好きなんですか?」僕がそう訊くと、彼は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで答えた。
「ああ、好きというか、昔から聴いているんだ。彼らの曲には特別な思い出があってね。」
「どんな思い出ですか?」
老人は少し目を細め、遠い記憶をたどるように話し始めた。「60年代の終わり頃、僕はロンドンで音楽をやっていたんだ。あの頃はみんなビートルズに夢中だった。もちろん僕も例外じゃなかったさ。彼らの音楽に触発されて、バンドを組んでギターを弾いていたんだ。でも、才能の違いは明らかだったね。僕たちは彼らの足元にも及ばなかった。」
「それでも、やめなかったんですか?」
老人はグラスを置き、ゆっくりと首を振った。「いや、途中で諦めたよ。ちょうどビートルズが解散する頃だった。それを機に僕もロンドンを離れたんだ。音楽の夢を追うのをやめて、リバプールに戻った。結局、僕は彼らとは違う道を歩むことになったんだよ。」

彼の話に耳を傾けながら、僕はなんとも言えない切なさを感じた。ビートルズが解散した時、世界中のファンが感じた喪失感は、彼のように夢を追いかけていた人々にはなおさら大きかったに違いない。

「でもね、不思議なことに、彼らの音楽だけは僕のそばを離れなかったんだ。」老人はそう続けた。「どんなに年月が経っても、彼らの曲を聴くたびにあの頃の気持ちが蘇る。特に『Let It Be』を聴くと、過去の自分が慰められているような気がするんだよ。」
その言葉を聞いた時、僕はふと「ビートルズの魔法」という言葉が頭に浮かんだ。彼らの音楽は単なる娯楽ではなく、人生の一部として人々の心に寄り添い、時には人生を変える力さえ持っている。老人の話は、そのことを何よりも雄弁に物語っていた。

「またバンドを組んでみる気はありませんか?」僕は何気なくそう尋ねた。
彼は微笑みながら首を振った。「いや、もう若くはないしね。でも、音楽は続けているよ。たまにギターを弾いて、このパブでビートルズを口ずさむ。それで十分さ。」
その言葉に僕は頷いた。音楽の夢を追いかける形は人それぞれだ。そしてビートルズの音楽は、どんな形であれ、まだ彼と共にある。

その夜、僕は彼と一緒に「Hey Jude」を歌った。古びたパブの片隅で、僕たちはそれぞれの過去と未来を重ね合わせ、歌声を響かせた。その瞬間、ビートルズは僕たちの中に生き続けていた。

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