救世主現る
「お前は労働ビザを持っているのか?!」
市役所の人間にここまで言われることはありえない。
意外とメキシコの行政は縦割りで各部署間は繫がっているようで繫がっていないのが僕の経験上の印象だったのだ。しかも、市役所は文字どおり「市」で移民局は「国」、連携があったとしてもこんな路地裏の日本人の取締を市がするわけがない。と何故か自信満々だった。
特に、この日突然来た市役所の人間はテラス席の許可云々よりもいきなり営業許可や労働ビザのことを僕に問い詰めだしたので、僕はきっとこれは誰かの嫌がらせということをすぐに悟った。
この手の嫌がらせは何度か受けていたので、慣れたものである。
「労働ビザは持ってるよ。それよりもあなた達は市役所のIDを持ってるの?見せてくれる?」
「市役所の人間が来たら必ずIDを見せてもらう」これはメキシコで事業をする上で覚えておいたほうがいいチップである。
僕がそう言うと、彼らは「今日はもう仕事は終わったからIDは持っていない」と言った。市役所の制服を来ていたので市役所からというのは証明できるけど、IDを持っていないということで僕の疑念は確信に変わっていた。
「じゃあ名前を教えて、明日にでも市役所であなた達が来たのを伝えるから。それからこれが僕の労働ビザだよ。」
そういって、労働ビザを提出し、彼らの名前を聞いた。途端、彼らは「まあ労働ビザを持ってるんならいい。」と言って店を出た。
案の定、彼らはテラス席のことにはなにも触れず、路地を広場の方へと去って行った。
開業して数年はこの手の嫌がらせは度々で、この頃にはもうあまり気にしなくなっていた。気にしなくなると比例して段々とその数も減ってくるから面白いものである。
この日はテラス席については事なきを得たけれど、許可がないことには変わりはなかったし、またいつ市役所が確認しにくるかわからない。既に警告書も受け取っているので、なんとかこの問題を解決したいと思っていた僕に救世主が現れた。
これから10年、色々なことが起こる路地裏の小さな店が行列の出来る繁盛店に成長する最初の1歩を後押ししてくれる救世主の出現だ。
つづく