われてもすえにあわんとぞおもふ
メキシコ人には驚かされることが多々ある。それは僕の常識というものが全く役に立たないことを突きつけられていて僕にはとても心地が良かった。
突然仕事に来なくなったクラウディアは申し訳無さそうに電話をかけてきた。妻が電話に出たのだが、電話の主がクラウディアとわかると、僕は首を振り受話器を受け取ろうとはしなかった。それどころか、電話でクラウディアと話す妻にも八つ当たりをする有様。
それはまさに昭和の頑固オヤジの絵である。
妻の声を聞いたクラウディアは
「ごめんなさい。」
と繰り返していたらしい。
僕とは違って人間ができている妻は優しく対応し、後ろでふてくされている僕との間に挟まってさぞかし面倒くさかっただろう。
彼女が辞めた理由は今でもわからない。
だけど、幼馴染の婚約者が、彼女が街で働くことを快く思っていない。
という話をいつかしていたのを思い出した。突然辞めて、どうやっても辞める理由を口にしない彼女に腹を立てた僕は、今から思うと本当に心が狭い男だった。その後、数ヶ月経って僕が買い物に行っている間に店に来た彼女はその時も妻に「ごめんなさい。」とだけ言っていたという。
クラウディアは僕達に色々教えてくれた。
「人生は楽しむもの」
そういってそれまでは朝から晩までずっと店に張り付いていた僕達に
「忙しくなるまで私が店番するから、せっかくメキシコにいるんだから2人でお茶でも行ってきなよ」
と僕達にいつも癒やしの時間を作ってくれた。そのおかげで僕達の夫婦関係も良好に保たれていたし、気持ちも楽になり客観的にお店の事やメキシコでの生活の事が考えられるようになったのだ。本当に今でも感謝している。
クラウディアとの後日談がある。
彼女が辞めてしまって、人手に困っていた僕は街中に求人の張り紙を貼った。そして電話をかけてきたのは彼女のお姉さんだった。その時は僕のメキシコ生活歴も浅く流石に「いやいや。。突然辞めた人の姉を採用するわけないでしょ。。。信用できないし。」と皮肉交じりで断った。
「辞めたのはクラウディアで私じゃないでしょ。」
と今なら理解できる正論をぶつけてきたけれど、
まだまだメキシコ初心者だった僕はどうしてもお姉さんを採用することは出来なかった。
さて、突然辞めたクラウディアのお姉さんを採用することはなかったけれど、2020年、コロナ禍の最中にどこかで見たことがある顔がちょくちょくお店に来てくれていた。
「最近なんどもお店に来てるけど、覚えてないのね?それともまだ怒ってる?」
と言ったのはクラウディアのお姉さんだった。
クラウディアがお店で働くようになって、お姉さんのベビーシャワーに招待された時、彼女のお腹にいた赤ん坊は立派なやんちゃ坊主に育っていて、どことなくクラウディアに似ているなと思っていたお客さんは紛れもないお姉さんだと思い出した。
「あはは、思い出したよ。クラウディアは元気?」
僕もあれからちょっとは大人になってたみたいだ。
そう言って僕はお姉さんと話すようになった。
数日後、13年ぶりにお母さんになったクラウディアがお店に来てくれた。
僕は自分でもわかるくらいくしゃくしゃになって笑っていた。
つづく