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第14話目 無許可でテラス席を作ってみた


開店から1ヶ月経った路地裏の僕のお惣菜屋は暇だった。
その理由は開店したばかりでも、料理が不味いからでも、5月が1年で一番暑い時期だからでもない。

開店したばかりでも仲良くなった日本人の友人や交換留学生は通ってくれるようになったし、思ってたとおり在住の欧米人には僕の作る味とJapanese Delicatessenというコンセプトを割とスグに理解してもらえて、評判もよかった。この街に移住して初めての5月は想像以上に暑く、狭い店舗でフル稼働するショーケースのコンプレッサから吐き出す熱い空気の側で長男は毎日の日課の昼寝をしていた。3歳半の長男はそのおかげで毎日汗だくだったけど、日本の夏のような湿気はなく、表の広場に連れ出して木陰に入ると木漏れ日から吹き抜ける風が心地よかった。

おそよ20m2しかない店舗には半ば無理やり置いた3つのテーブルだけだったから、この店ではテイクアウトをメインで営業しようとしていた。だけど僕の思惑は一瞬で覆されていた。そう、お店でゆっくりランチを食べたい人が想像以上に多かったのだ。これには僕も焦った。
お惣菜=テイクアウト というイメージが強かった僕はゆっくりランチを食べて過ごしたいという外国のライフスタイルを全く考えていなかったのだ。
まだまだ異文化初心者だった僕の脳みそには日本人のランチ=時間がないからテイクアウトという思い込みが強く、狭いお店でもなんとかいけるんじゃないかという判断をしてしまっていた。 

欧米人もメキシコ人もお店には来てくれるけど、3つしかないテーブルはすぐに誰かが座る。お一人さまのテーブルに相席をお願いするけど断られることの方がほとんどで、店の奥という閉鎖的な空間も相まってテイクアウトなら別のお店に行くと表の広場のレストランへ行ってしまうお客さんばかりだった。表のレストランは広場をテラス席として沢山テーブルを出していたし、世界遺産の街の広場はゆっくりランチを食べるには最高のロケーションで路地裏の薄暗い狭い店内はどうやっても勝てそうになかった。

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「私はパリでもどこでもデリでいつもランチを食べてたの。貴方のは日本のテイストで、こんなお店がこの街に出来てとても嬉しいわ!」

開店してからちょくちょくランチを買いに来る近所のフランス語学校の先生ナタリーは言った。

「でも。。。いつもテイクアウトが嫌なの。出来れば職場では食べたくないし、友達とも来れないのは寂しいわ。だけど、申し訳ないけど店内は暑そうだし狭いから。。。  そうだ!ねえ、そのテーブルを路地に出してくれない?」

「路地に???」

「そうよ。私が産まれたフランスではどのお店も軒先にテーブルを出してるわ。天気の良い日に太陽の下でランチを食べるの。貴方のお店の前の路地は結構スペースがあるじゃない。」

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「ナタリー、君の言うことには僕も大賛成だけど、確か公共の歩道にテーブルを出して営業するには市の許可を取らなきゃいけないと思うんだ。僕はまだお店を出したばかりだし、ちょっとよくわからないんだけど。。」

「だけど、あなたのお店は誰もどこにあるかわからない路地裏にあるから大丈夫よ。それに。。。あのお店だってずと外で営業してるのよ。」

といって、少し坂になっている路地の上、つまり上流にあるローカルフードを売る屋台を指さした。

「あの屋台だって公共のスペースじゃない、道の半分以上も使って。。。迷惑なの、それに歩くのに邪魔なのに平気な顔をして営業してるわ。あなたの店の前は誰も通らないんだから誰も文句は言わないわよ。それに。。。テイクアウトばかりなら美味しいけれどもう来たくないの。」

「そんな。。。よし!わかったよ。そこまで言うなら外で食べな。」

フランス人独特の主張の強い彼女に僕は観念してナタリーの言うことを聞くことにした。店内からテーブルと椅子を持ってきて並べてた。路地は坂になっていて傾いているので、テーブルも傾いていたけど、ナタリーは気にしていないようだった。むしろ路地を挟む家から見える青空を眺めながら自分の名案に酔いしれているようで、僕もそんなナタリーを見て嬉しくなった。日本人の僕はまだまだ欧米人やメキシコ人の習慣を理解できてないようで少し恥ずかしくなった。彼らはただ空腹を満たすだけにランチを食べるのじゃない。その時間も楽しむことに拘っているんだ。

ナタリーは ”正に名案!!” といったように満面の笑みを浮かべながらいつもよりもとても満足しているようだった。

ナタリーが帰った後、店内に戻そうとテーブルを持ち上げた時、それを見ていたアメリカ人の夫妻が嬉しそうに僕に声をかけた。

「おお!もしかして、外で食事できるのかい???」

「いや。。。そうじゃないんです。。」

「じゃあ、そのテーブルは? 外で食べれるなら是非とも外で食べたいな。この店が出来てから何度か来てるけどテイクアウトは気が進まないんだ。かといって、狭くて暑い店内はもっと嫌なんだよ。外で食べさせておくれよ。」

そうだよな。。。今の今まで誰かがそこで食べてたのに、ここで断ったらえらいことになるな。。そう思って僕は仕方なくそのまま店内に入らずに持っていたテーブルを路地に置いた。

「え? もしかして、外で食べれるようになったの?」

アメリカ人の夫妻がテーブルについたころ、今度はカナダ人カップルがやってきた。

「いや。。。。えーっと。。。」

言葉に詰まりながら店内に目をやると、もう一つ小さなテーブルが空いていてそこに座ってもらおうとなんとか言葉をかけるけど、既に外で食べている他のお客さんを見て彼らは頑なに

「ここで食べれないなら帰ろうかな。」

と言い出す始末。僕は仕方なく中からテーブルと椅子を持ち出して先に食べていたアメリカ人夫妻の横に並べた。

「グッドアイデアだよノリ!君の作るデリはとても美味しいしヘルシーだけど、僕達はどうしてもあの暑い店内で食べたいとは思わないんだよ。こうして外で食べれるって嬉しいよ!」

ナタリーもこのアメリカ人夫妻も、そしてカナダ人のカップルもとにかくオープンエアな場所で食べる文化というか習慣をもっていて、”どうせ店は小さいからテイクアウトがメインだろ” と思い込んでいた僕はここでも異文化を知ることになった。面白いのは、メキシコ人の中には店内で食べることを好む人達もいて、たまに来てくれる日本人のお客さんも店内で食べたがる人が多かったことだけど、概ね欧米人やメキシコ人の多くは外の路地裏にテーブルをおいてそこで食べたがる人がほとんどだった。まさしく、自分の日本人としての常識はここ異文化では別の常識だったんだ。

こうまでも毎日毎日 ”テーブルを外に出して” って言われると流石に僕も断れなくなっていたし、ナタリーはあれから週に4日はやってきて自分だけのテラス席を満喫している。僕はもしかしたら市役所から怒られるという不安を忘れて、仕込みが終わって準備ができたら、おもむろに路地にテーブルを出してそのまま営業を開始するようになっていた。そして、それはお店に来てくれる人にとても喜ばれた。

メキシコ人達のランチの時間は15時〜と日本人の僕達の習慣とは全く違う。だから今まで開店してから15時くらいまでは授業を終えた日本人の留学生以外は殆どお客さんが来なかったけれど、テーブルを路地に出すようになってから噂を聞きつけた在住欧米人達がチラホラとお昼時に食べに来てくれるようになっていた。 

「よし!これでもっとお客さんが来るかも!」

ナタリーのわがままがこんな風になるとは思ってもいなかったけど、そのおかげで今まで狭い店内を見ただけで何も注文せずに帰っていってしまっていた欧米人のお客さん達が楽しそうに路地裏に作った即席のテラス席でお惣菜を食べてくれるようになっていた。これは盲点だったけど、僕はチャンスだと思ってそれからは毎日朝からテーブルを外に出すことにした。


そう、奴らがやってくるまでは。。。


つづく



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