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第15話 どうやら通報されたらしい。

ナタリーは路地裏にテーブルを出すようになってから殆ど毎日来てくれるようになって、いつも同じお惣菜を選んで同じ飲み物を頼む。一見すると飽きちゃんじゃないかな?と思ってしまうけど彼女は同じ物を毎日美味しそうに食べていた。僕達も慣れたもので、「いつものだね」と言った具合にそのやり取りが楽しくなっていたし、毎日食べるものでも今日が一番美味しいって言ってもらえるように。そんな事を思って作るお惣菜を嬉しそうに「美味しい」と言って食べてくれる彼女を見るのが嬉しかった。

ナタリーはいつも12時過ぎにやってくる。時には一人、時には同僚のフランス人を連れて路地裏のテーブルで束の間のフランスを過ごしているみたいで、それを見て他のお客さん達もこぞって路地裏の仮テラス席を期待するようになってきていた。

提供するお惣菜に対しての評判は少しづつ良くなってきて、路地裏に設置したテラス席の効果も出てきたとはいえ、相変わらずお店は忙しくはなかった。テラス席とはいえ即席で、そしてメキシコ人の中には店内で食べたいというお客さんもいてその度に僕はテーブルを持って中と外を行ったり来たりしていたから、効率も悪いしそもそも3つしかないテーブルを回しているだけで客席数が増えることじゃなかったから、誰かが外に座っている時は店内に座りたいといわれても座る場所がなかったのだ。

メニューについても、欧米人には開店以来すぐに受け入れられた感じがある僕のJapanese Delicatessenつまりお惣菜デリカはメキシコ人にはほとんど理解されず、いつもパンダエクスプレスに似せたチャイニーズフードと間違えられる始末で毎日僕はお客さんと戦っていた。

「YakimeshiヤキメシとSweet&Sour Chicken揚げ鶏の甘酢はないのかい?」

毎日毎日こんなことを聞かれる僕の心は少しづつ荒くれていった。

「そんなのはねぇよ。うちはジャパニーズなんだ。チャイニーズじゃねえ。」

「なに?チャイニーズじゃないのか?嘘だろ?お前は中国人で。。え?中国人じゃない?? じゃあ何フードを売ってるんだ?チャイニーズフードじゃあないんだったら帰るよ!」

「帰れ帰れ!お前に食わす惣菜はねえ!」

なんて言う正に頑固親父のうどん屋みたいなやり取りを日々繰り返していた。個人的には何人に思い込まれようがあまり気にしない。だけど、あまりにも毎日毎日思い込みでチャイニーズフードと言われる日々に疲れていた。

この頃、日本食を提供するお店は首都や隣街のような大きな街には沢山あったけれど、僕が住む田舎の街には世界遺産といえどもそういうお店はなかった。反面、チャイニーズフードのお店は沢山あってそれがここに住む人々にとっては一番馴染みが深いアジアンフードなので僕のお店もそう思われるのは仕方ない。 

せっかく野菜中心のヘルシーなお惣菜を並べても結局彼らの欲しいものはカロリーが高そうなチャイニーズファーストフードで売られている見慣れたもので、それを提供できないと聞けば何も買わずに、何を作っているか見もせずに帰っていく人が驚くほど多かった。

そんな状況からどうやってこの小さな街で日本のお惣菜を野菜中心のヘルシーな食事を地元のメキシコ人に食べてもらって人気店になり繁盛したのか?改めて別のテーマで書こうと思います。

表の広場に出ると広場を囲むように並べられたそれぞれのレストランのテラス席が賑やかで、マリアッチが昼間から陽気にギターを鳴らし歌を歌う。広場にはこんなに沢山人がいるのに、路地に一歩入るとそこは未知の世界に引き込まれるかのごとく細い路地の先は薄暗い。まさか誰もその先にお店が、ましてや日本食のそしてお惣菜のレストランがあるとは想像することもできない。僕は広場のテラス席に座る人達をみながらこの人達が僕のお店に来るにはどうすればいいのか?ばかりを広場のベンチに座って考えるようになっていた。

広場には7つレストランが並んでいてそのそれぞれがテラス席を設けていたから、遠目に見るとどこのレストランがどのテラス席かがわからない。そこで各レストランは大きさはバラバラでも黒板や板に店名とメニューを表記してアピールしていた。それを見て僕は閃いた。

「これだ!だいたい何もないからこの路地の先にお店があるなんて誰にもわからないんだ!先ずは路地の入口を見つけてもらって、お店に繋がる路地に入ってもらおう!」

僕は半ば興奮して近所の大工の工房へ走った。それから文房具屋に行って筆とペンキを買って、即席の看板を簡単に作ってもらった。それに色を塗って矢印とお店の名前を書いた。表の広場にでて、それを路地の入口にある植木に立てかけた。

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こうして見ると路地の入口は変な馬車みたいな植木鉢に覆われてて、そりゃあ誰にも気がついてもらえないよな。そう思った僕は広場の向こうからも入念に矢印が見えるように看板を立てることを毎朝の日課にした。

その効果があってか少しづつまたお客さんが増えた気がした頃、店に2人組の強面の男たちがやってきた。腰には無線器をぶら下げ、いかにも嫌な奴を醸し出している。手には僕が手作りした看板を持っている。

僕を見るなり半ば放り投げるようにして看板を僕に渡した。

「デリカミツ?」

「そうだけど?」

「これ、この看板あんたとこのだよな?」

「そうだけど。。えっ?なんであなた達が持ってるんですか?」

2人組の男達のうちの1人は腰に下げていた無線で誰かと話していて僕に見向きもしない、もう1人が高圧的な態度で言った

「自分たちはfiscalizaciónフィシカリサシオンから来ている。あんたはこの看板の許可を持っているのか???」

「フィシカリサシオン?? なんですかそれは??許可??」

僕はわけがわからなくて混乱していたけど、せっかく店の場所をお客さんに知らせることの出来る看板を勝手に持ってきていた彼らに腹を立てていた。

「フィシカリサシオンは市役所の保安課で俺たちはあんた達レストランがちゃんと許可を取って営業してるかを取り締まっているんだ。あんたはこの看板の許可を取っているのか??」

「許可??? 許可なんているのかい? そんなの知らないよ。。。看板なんて表の広場のレストランはみんな出してるじゃないか。僕は路地裏にいるからお店の場所を知らせるために置いてるだけだよ。」

「駄目だ駄目だ!! 表のレストランは表のレストラン。ちゃんと許可を持っている。あんたは路地裏にいるんだから勝手に看板を出すのは許されない!」

そう言ってその男はますます高圧的になっていく。

許可を出せ。持っていない。無許可だな。知らなかった。許可を取れ。そんな押し問答が続いていた。時折なんだか変な言い回しをしたりして。僕は幸いにも鈍感だから全く気が付かなかったけれど、様子を見ていたお客さんに後から聞くと、どうやら賄賂を要求している素振りだったという。そんなことに気づかない僕はとにかく ”知らなかった” を押し通して、実際に許可がいるなんて知らなかったのだけど、とりあえず看板は引き上げるから許してもらうように説得した。

「仕方ない今日は許してやろう。だけどもう勝手に広場に看板は出すなよ。今回は警告だけだけど、次見つけたら没収、罰金だからな。」

「わかった、明日直ぐに市役所に行って許可を申請するから。」

僕は憤りを抑えながらとにかく大事にならないようにうまくあしらって帰ってもらおうとした。

だけど、押し問答も終わって2人は顔を見合わせた。さっきから無線で誰かと話していた男が一緒にいた男に耳打ちをして、少しニヤッとした気味悪い表情を作って聞いてきた。

「おい。。ここにテーブルを出すのには許可がいるけれどこのレストランはそもそも営業許可を取ってるのか??」

その言い方はなんとも表現がし辛いけれど、金になるネタを見つけたような、いやらしい言い方でそのうえ何故かはわからないけれどとても高圧的だった。

「取ってるよちゃんと。」

と店内に入って営業許可を見せようとしたら、2人組の男は既に店内に入ってきて、ジロジロ店内を見回していた。

「アルコール免許もちゃんと持ってるのか?」

「いや。。ビールもアルコールも売ってないから。それはない。必要ないし。」

「そうか。じゃあ、あの外に置いてあるテーブルは?許可はあるのか??」

「許可?テーブルを路地に置くのに許可がいるのか?許可は持ってないけど、だけどいつもは置いてないんだよ。今日はさっきたまたまお客さんに外で食べたいといわれたから出しただけなんだ。いつもは中にあるテーブルをね。だから今日だけというか今すぐ店内に戻すから。」

「おかしいな。そんなはずはないはずだ。最近この路地裏にテーブルが出ていて邪魔だという通報があったんだけどな。」

「通報??」

耳を疑ったけれど、決して彼らは広場にある看板を注意にするためにここに来たんじゃないという事がわかった。広場の看板はオマケみたいなものだったんだ。路地裏にテーブルを出していることを誰かが不快に思って通報したのだ。路地にはテーブルを置いても歩行者に十分なスペースはある。だいたいすぐ近くの屋台なんて路地の半分以上を塞いでいるし、表の広場のレストランだって忙しい時にはここぞとばかりに広場一杯にテーブルを出している。僕が誰にも見えない路地裏にテーブルを置いたって誰も迷惑するわけない。それなのに誰かが邪魔だといって通報?そんなはずはないことは誰の目にみてもわかることだった。

だけど

そんな僕の思惑も疑問も彼らは聞く耳も持たなかった。

「とにかく、無許可で外にテーブルを置かないように。次に見つけたら即営業停止だからな。」

営業停止。。。

初めて聞いたその言葉に僕は怯えるしかなかった。明日にはまたナタリーが来てくれる。だけど僕はテーブルを彼女の為に出すわけにはいかなくなってしまった。

「ちょっと待って。許可を取ればいんだよね?どうやったら許可をとれるんだい?」

僕の質問に無線の男も、さっきまで調子よく僕を煽っていた男も答えずに

ただ

「わかったな。テーブルは出すなよ!」

と言って去っていった。


つづく






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