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第16話 曖昧なルールの境界線

メキシコで。。中南米で起業したりお店を開いたりするとこの

「曖昧なルール」

というものに出くわす。 

経験された人も多いはず。

”担当者によって言うことが違う”
”昨日はOKだったけど今日はNG”
”締切はとっくに過ぎてるけど、受理された”

などなど。

いろんなケースのセーフティネットに関わるところまで到達すると一気にルールは厳しくなるけれど、それまでは寛容でその幅が広いのがメキシコの特徴で、それが格差の坩堝のこの国でとても上手く機能している。気がする。
少なくとも日本も少し見習うべきだとは思う。

・・・・・・・・・・

路地裏のテーブルは誰かの、きっと120%の確立で近所のレストランの通報で置けなくなった。広場の看板も撤去させられた。

「ごめん。。市役所の見回りが来て。。もうテーブルは出せないんだ。」

何人のお客さんにそういっただろう? 中にはその度に残念そうな顔をしてテイクアウトをしてくれたけど、やっぱり ”それじゃあ” と帰ってしまうお客さんの方が多かった。 

お店がある路地は坂になっていて、上の方が幅が広くなっていたからかどんなに暑い日でも風がときおり吹いてそれが心地よい。なによりも世界遺産の街の喧騒から二十歩くらい離れてあまり人が通らない。

いや。。ほぼ人通りはナイ。。

路地裏でランチを、しかも日本のお惣菜を食べるという事があまりにも非日常的で、しかも隠れ家風どころか完全に隠れている自分だけが知ってるシークレットスポットで食べる事がお客さんの自尊心をくすぐっていたからこのままこの路地裏をテラス席にすればきっとこのお店は人気が出るってワクワクしていた。なのに一瞬で広場の看板もテーブルもなにも外に置けなくなってしまった。

高揚から一瞬で奈落に落とされることはここメキシコでは良くあることだけど、お店を開店してからそんなジェットコースターの様な毎日が続いていて少しづつ僕の感覚も麻痺してきていたみたいだ。

この頃に前職のボスに近況を報告するメールの中には
「僕の料理を美味しいって言ってくれる欧米人のお客さんは増えてきたけど、”店内は暑いからテイクアウトで” や ”店まで来てくれるけど、狭い店内しかないと知ると何も食べずに買わずに帰ってしまう” メキシコ人はまだこの店をチャイニーズフード店だと思ってて、僕はチノって蔑まれるんだ。」と愚痴を書き連ねていた。。。笑

フランス人のナタリーはこの頃からまたお店に来る回数が少しづつ減ってきていて、来てくれてもやっぱりテイクアウト。そして表の広場で食べていた。

美味しい料理もそうだけど、まず、食べる事を楽しめる環境を整えろ

ナタリーの苦笑いがそう言っているようだった。

お客さんからは

「私達が座る時だけテーブルを出して、帰ったらまた引っ込めればいいじゃない。」

なんてアドバイスを沢山もらったけれど、誰も知らない路地裏をいつも誰かに見張られてる気がしてそんな気になれなかったから消極的にそのアドバイスに受け答えるしかなかった。

実際。。僕は見張られていたに違いない。得体の知らないアジア人が路地裏とはいえ自分たちのテリトリーで商売を始めたんだ。面白いと思ってくれる人と同じ数だけ面白くないと思っている人がいることは知っていた。

僕が路地にテーブルと椅子を置いてそこでお客さんに食事をしてもらうことを始めた頃、表の広場のレストラン、10あるレストランの中のオーナー達が広場のレストラン事情と勢力図を教えに毎日入れ替わりで来ていた。

広場で一番古いカフェのオーナーは開口一番に

「角のレストランには気をつけろ。彼奴等がこのあいだ市役所に通報した奴らだから。」

と言い。

その角のレストランのオーナーは

「あそこのカフェのDoñaドーニャ(おばさんの意)とは付き合うな。それよりも俺が会長をやってるレストラン協会に入るんだ。なんでも助けてやるぞ。」

と僕を誘った。 

その次の日はその2つのレストランの間に挟まれているメキシカン食堂のセサールがお土産のテキーラを持って来て

「いいかノリ、あの2つの店とは関わらない方が良い。協会に誘われても入るんじゃないぞ。ロクなことがない。」

と言えば

僕と同じ外国人、フランス人でフランス食堂を広場で経営しているミシェルは

「ノリ、協会に入ればテーブルを路地に出す許可を取れるわよ。会長はとても権力があって市長とも友達だから。私も助けてもらってるのよ。」

とアドバイスをしてくれた。

だけど僕は何故か鬼太郎の髪の毛がピンと立つような肌感覚を抱いていてどうも彼らの言うことが信用できなかった。

そもそも僕みたいな小さなお店がたとえ外国人だからといって彼らの大きなレストランの脅威や商売敵になるはずがない。きっとあの広場にはレストラン間での勢力争いみたいなものがあって路地裏で浮いていた僕を自分の勢力の中に取り込みたいだけなんだ。僕は役所のインスペクションが入ったこともテーブルも看板も撤去させられたことも誰にも話していないのに、とにかく広場のレストランの皆が知っていた。おかしいじゃないか。。

そう考えながらいつものように広場のベンチに座りながら、市役所のシルビアが言っていたのを思い出した。

「ノリ。いい?何か困った事があったら必ず市役所に来るのよ?貴方のお店の近くの広場の人達には助けを求めない方がいいから。困った時は市役所に来なさい。わかった?」

僕はシルビアの言葉を思い出しながら広場のレストランの人間模様を冷静に観察していた。

一番古いカフェのおばさんは悪い人ではなさそうだけど、とにかく角のレストランの協会長とその仲間のフランス人ミシェルを嫌っていた。角のレストランの協会長はとにかく悪代官ぽさが半端ない。いつも政治家みたいな物言いと態度で、広場では顔だった。そして、僕は会う度に彼に協会に入るように勧められて困っていた。

ミシェルは広場では唯一外国人、そして女性経営者できっと困った事が沢山あって、それは僕も経験したからわかるけど、でも彼女は市役所ではなく悪代官会長に助けてもらっていた。セサールは誰にも属さない一匹狼的な存在で会長にもおばさんにもミシェルとも話してるところは見たことがなかった。僕はシルビアの助言を思い出しながらとにかく広場のレストランには関わらず僕は僕のやり方で乗り越えようと決めていた。

路地裏のテーブルを置けなくなって2ヶ月が過ぎた頃、この件については関わりたくなかったけれど、毎日違うお客さんに ”外にテーブは置けない” と言わなくてはならないし、その度に残念そうにテイクアウトをする姿を見てはいられなかった。僕は市役所に行ってシルビアに相談することにした。

シルビアは僕が路地裏、つまり公共スペースにテーブルを置きたいことには賛成してくれたけど、その許可については珍しく顔を曇らせた。

「テーブルの許可。。ね。それは残念だけど私にはどうすることもできないわ。営業許可とは違って複雑な気がするの。私には無理だけど今から2階に上がって総務に行きなさい。そこに市長直属の部署があるから、そこで尋ねればいいわ。」

僕はシルビアの言う通りに市役所の2階に向かって少し仰々しいオフィスに向かった。

「公共スペースに置くテーブルの許可を取りたいんだけど。。。」

そう言うと僕は市役所のもっと奥、市長の秘書官の秘書のオフィスに通された。

「テーブルを置きたいって? 場所はどこなんだい?」

「サンフェルナンド広場の近くにある路地です。」

「サンフェルナンド広場。。。 無理だね。許可は出せない。」

「許可は出せないって。。? でもあの広場のレストランはみんなテーブルを出してるじゃないですか? 僕のお店は広場ではなくてその裏の路地なんです。」

「すまないけど。それは無理なんだ。許可は出せない。」

”市長の秘書官の秘書”とは僕が勝手に考えた役所だけれど、おそらく彼はそんな感じの風貌で僕の問い合わせに「無理」だと何度も繰り返した。

「だけど、僕のお店はとても狭くてテーブルを公共スペース、つまり路地におかないと商売ができないんだ。直ぐ表の広場のレストラン達はみんな出してるじゃないか!だからせめて許可の取り方だけでも教えてください。」

何度もしつこく詰め寄る僕に彼が諭すように言った言葉は今でも忘れられない衝撃なものだった。

「悪いけどそれはできない。そもそもあの広場のレストランはテーブルを出す許可は持っていない。」

「へ?? 許可を持っていない??」

これが、この先、何年も許可と無許可の曖昧な境界線に翻弄される路地裏のテラス席のはじまりだった。

つづく。。



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