はじめての一人旅のはじめての夜
ばばばー♪ばー↑ばー↓ばー↑ばー↑ん♪(暴れん坊将軍登場のテーマ)
はじめての一人旅のはじめての夜、ホテルでつけたテレビでは、お笑いの特番がやっていた。昔(15年くらい前)はエンタの神様や、爆笑レッドカーペットなどお笑い芸人さんたちがネタを披露する番組をたくさんやっていたが、最近は減っているように思えた。とはいっても、就職を機に一人暮らしを始めてからテレビを見ることがめっきり減っていたから、ネタ番組が減っているのは気のせいかもしれない。
数多くのよくテレビで見る芸人さんが出てくる中、暴れん坊将軍のBGMと共にリズムネタ(?)を披露する芸人さんがいた。関西を主たる拠点としているようで、関東のテレビではあまり見かけず、この日のようなお笑いの特番でしか見かけることのできない存在だった。
好きな芸人さんは何組か存在するが、その中でもなかなかテレビで見れない芸人さんが見れて幸せな気持ちになれた。なんせ、はじめての一人旅のはじめての目的地を世界一くらげがいる水族館にしたことで、初日にしてすでに心が少しばかりくじかけていたからだ。そんな中ひさびさに見た特番に映る芸人さんは、相も変わらず暴れん坊将軍のBGMを口ずさみながら、しょうもない(褒め言葉)ボケを続々と繰り返し、お客さんからたくさんの笑い声をもらっていた。
そんな芸を見て、私自身も笑っていたが、幸せな気分になれたのは笑っていたからではなかった。私は、芸人さんに限らず歌手やスポーツ選手など、観客を魅了している人を見ていると、魅了されて満足するのではなく、魅了する側に廻りたい、あの人たちのように観客を熱中させてやりたいという何とも場違いな嫉妬心が湧いてしまう性格をしている。
このはじめての一人旅は、当時社会人2年目半ばの出来事で、仕事にも少しは慣れたがこのまま一生こんなことをするのか、という虚無感や、一丁前に経験した失恋や、学生のころには飲まなかったお酒をよく飲み夜遅くまで遊んでいることで、社会の一部に混ざることができた、大人になったんだ、と自分を認めようとしていた、若かったでは済ますことのできない恥ずかしさが満載の時代の思い出だ。若くてまだ何もわかっていないのにわかった気になり始めて、お金の管理も杜撰で金もないのに目的もなく一人旅に出ることで、大人の仲間入りをした気になっていたクソガキが、一人ぼっちで見知らぬ土地に観光客としての夜を過ごす中で、自分の中にある今後の人生において忘れてはいけない感情を、はじめて言語化できそうなほど強く実感したきっかけとなったような、そんな記憶なのだ。