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シン・短歌レッスン184
NHK短歌
“私”に出会おう 〜2年目の飛躍〜 題「鍵」
川野里子さんが選者の「“私”に出会おう」、飛躍の2年目、レギュラーの内藤秀一郎さんと深尾あむさんも、いよいよラストスパートに。司会はヒコロヒーさん。
詩になる瞬間。一言の言葉で日常世界を詩的に変える言葉の発見。その意味でのキーポイントとしての「鍵」なのか?
繁殖期の
ごときひかりよ
窓際に
解体された
扇風機の羽 竹中優子
竹中優子だけどよくわからん短歌だ。なんで扇風機の羽が繁殖期と結びつくんだ。「ごとき」は直喩で、呼びかけの「よ」か?「ひかり」はよく使われる詩的言語だと思うが、生物的比喩で非生物を語るということだった。扇風機の羽の意味がよくわからない。天使の羽に見えたとか?無機物なものに生命力を感じさせる。
閉じられた扉を開けろ四文字の君の暗証キーは神の四文字 やどかり
君と僕
喧嘩もないし
平和だね
少しは鍵を
開けてみようか
上句がどうでもいいと思ってしまうので上句と下句を入れ替える。
次の鍵を
開けてみようか
君と僕
喧嘩もないし
平和だけれども
入れ替えて言葉を変えると不穏な雰囲気になるという。これは川野先生の願望だな。
<題・テーマ>大森静佳さん「書く(テーマ)、枡野浩一さん「さようなら/おげんきで」(テーマ)
~2月3日(月) 午後1時 締め切り~
<テーマ>横山未来子さん「花」、荻原裕幸さん「四月」
~2月17日(月) 午後1時 締め切り~
『昭和遠近』島田修三
クレゾールに女店員が浸しるる足は霜焼けて暗きくれないゐ 中条ふみ子
『乳房喪失』(1954年)そんなことがあったのか(昭和二十年代の光景だという)?雪国なのか?今はないだろうが。クレゾールは霜焼け治療なのか、足の匂い消しかなんかか?今の時代は霜焼けもあまりないような。そうだ、あかぎれとか昔はあったな、と思い出す。今は乾燥肌で痒くなる。
休日の朝自転車をこぐ我に「ああ上野駅」流れてきたり 西勝洋一
似たような情景の歌というか自転車の短歌で印象的なのは。
したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ 岡崎裕美子
たとふれば百鬼園先生のけぞりて後頭を地にうつほど貧し 草野比佐男
百鬼園先生は「内田百閒」。漫画的で面白い。百鬼園先生は昭和二十年代後半に貧乏話の随筆で人気だったとか。今の作家は金持ちだよな。だから作家志望が多いのか?
もういいかい樫の根方に残さるる 家に灯はつく母のこゑする 岩田正
ノスタルジーの短歌だな。「もういいかい」が詩語的なんだろうか?母の声はセンチメンタル。
節分にもういいかいと豆持ちて隠れおり子はもう二十歳なり やどかり
センチメンタル短歌。そうだ寺山修司の短歌があった。
かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭 寺山修司
センチメンタルでもこのぐらいになると面白い。
病みて臥す冬のまひる間コトコトと蓬をすりて餅作る母 中村規子
病気の子どもと母の取り合わせはセンチメンタル短歌。でも蓬餅を家で作るのか。スーパーとか寅さんの実家のお団子屋さんとかのイメージ。
東京タワー見ればうれしも世界一高かりしこともありしタワーぞ 松崎健一郎
ちょうど「東京タワー」から「東京スカイツリー」に代わる時代だったのか。これもノスタルジー短歌だよな。「東京」の人はわざわざ「東京タワー」に行かない。田舎の親戚が来たとき「東京タワー」に行った思い出がある。有名人にサインを貰ったのが「バーブ佐竹」。もう過去の人だったが親とかが騒いでいた。
懐メロも「東京タワー」も過去になりデズニーだけがまだまだ現役 やどかり
「ディズニー」じゃなく「デズニー」なのだ。
水飴と梅ジャム煎餅手に持てば「黄金バット」は正義の味方 八木幹夫
これもノスタルジー短歌だな。確かに懐かしいという気持ちがあるのだが、あまり面白くない。
「黄金バット」で育ち子は「ゴールデンバット」にむせたあと葉っぱ吐き出す やどかり
定型にならないな。「ゴールデンバット」の両切り煙草が上手く吸えなかった思い出。今、「ゴールデンバット」は廃止になったんだな。
夕刊を配る少年など見なくなり昭和は遠くなりにけり嗚呼 小澤一恵
新聞屋の販売店が新聞少年を奴隷のように使う宅配制度が日本の社会を麗したものなんだろうか?こういうノスタルジーには腹が立つというか、実際に新聞少年の苦労話とか聴いてみたらいいよと思ってしまう。奨学金に騙されて金で繋がれるのは、女郎屋と同じかもしれない。その合間に折込チラシを入れたり、朝や夕方だけ配ればいいというものじゃなかったという。そこを逃げ出してマトモな仕事に付けたと喜んでいたが、そこもノルマの激しい販売店だった。